初夢
あのキヴォトスの運命を賭けた一日から早1ヶ月半。
ブラックマーケットに有ったために半壊していた事務所の片付けをしたり、
機能不全になっているゲヘナの治安維持代行に参加したりと
それなりに忙しかった便利屋68たちも気がつけば歳の暮れを迎えていた。
事務所が無くなった為、年越しそばも着物も御節も無し、無い無い尽くしの年の暮れではあるが
「せめて初詣には行きましょう」
そういう事になった。
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最寄りの神社は例年通り人で溢れかえっていた。
あんな事があっても、いや、あんな事があったから拝みたくなるのかもしれない。
まだ新年を迎えるまでまだそれなりに間があるが既に参拝者の行列が出来ている。
あちらこちらにいる参拝者の頭の上やら肩やらに緑の不定形生物が載っていたりするのは
色んな意味でたくましいキヴォトス人らしいとも言えるか。
しゃちょー、と言う声に振り向けば便利屋たちに近づいてくる人影が3つ。
シャーレの“先生”と、赤毛の給食部員と、二人と手を繋ぐ赤毛の少女によく似た少女。
あの時、便利屋たちが助けた3人だった。
合流して一緒に並んで話を聞けば、どうやら初めての初詣を真ん中の少女がせがんだらしい。
無邪気なその笑顔を穏やかに見守る他の二人の表情に、少し胸が痛くなる。
先生の中で生を受け、少女の胎の中で産まれ直した、人と“サラダ”の混血の少女。
彼女を鎹に少しずつ距離が縮まっている気がする二人の姿に感じるこの感情を、
便利屋の社長である少女はまだ言葉に出来なかった。
「あら、先生と……陸八魔アル?」
話しながら賑やかに年明けを待っていれば、また声がかけられる。
誰かと思いながら見るも、しかしぱっと見、覚えがない。
いや、あるにはある。
巨大なヘイローに、紫の瞳、捻れた四本の角にボリュームたっぷりの銀髪、
細身の蝙蝠のような翼に、背中に背負われた機関銃。
だがあの少女の胸にしっかりとした膨らみは無かったし、
こんな女性らしい丸みを帯びた体つきでも無かったし、
何より便利屋の社長と視線を合わせられるような身長でも無かった、
そうそれこそ彼女のお腹にしがみついてこっちを睨んでる少女のような姿だったはずが……少女?
「空崎……ヒナ?」
「? そうだけど」
驚きの絶叫が十重二十重と木霊した。
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そんなに驚かなくても……と心外そうな顔をする風紀委員長は
あの後救助されてからずっと入院していて先日退院したばかりらしい。
劇的ビフォーアフターな急成長の原因に心当たりがあるかと問えば、二次性徴ではないかという。
便利屋たちが何がなんだか分からないという顔をする中で言うには、
あの後救助されて入院してから退院まで食事も睡眠もたっぷり取れた事で
止まったと思っていた(実際には始まってさえいなかった)二次性徴が始まったらしいとの事。
「あ、後は、その……この娘がお腹にいた時に女性ホルモンがどうのこうのしたらしいのだけれど……」
と赤面しながら抱きついたままの娘を撫でながら言葉を濁す姿の
女子高生らしからぬ妙な色気に誰ともなくゴクリと唾を飲む。
それを察知したのかしがみついていた娘……“雛”……が便利屋たちを睨みつける。
ただ微妙に腰が退けている辺り、あの時の事がよほどトラウマになっているのか。
とはいえ便利屋とて本当に絶体絶命の窮地だったのだ、謝りはしても後悔はさらさらなかった。
そうして話が途切れた時、すっと風紀委員長が真剣な顔になり……娘と共に頭を深く下げた。
便利屋が動揺する中で告げられたのは感謝の言葉。
先生へ、給食部の母娘へ、そして何より便利屋に、娘を助けてくれてありがとうと。
あの時、“雛”を元凶として全ての責任を押し付けられれば、
給食部の母娘や他にも僅かに産まれた混血児たちはもっと楽に生きられたかもしれない。
だが便利屋たちや母娘はそれを是としなかった。
結局あの一件は首謀者不明のバイオテロで、各学区への侵攻が破綻するギリギリで止まった為に
現状では経過観察状態と言った極めてあやふやなラインで落ち着いている。
ヘイロー持ちの殺傷を躊躇う生徒たちの気質が良くも悪くも作用したと言った所だ。
だが、それも便利屋たちがそうしなかったからだという事を風紀委員長もその娘も知っていた。
その様子に恥ずかしそうに頬をかきながら便利屋はつぶやく。
「アウトローらしくやっただけよ」
だから気にするな、と。
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風紀委員長たちは他の風紀委員会と一緒に参拝するとの事で去っていった。
近くの寺の除夜の鐘も鳴り出し、まもなく新しい年がやってくるだろう。
そんな中で空を見上げながら陸八魔アルは物思いに耽る。
あの一件がキヴォトスに刻んだ爪痕は深い。
時間が経っていけばそれが新たな何かを引き起こす可能性とてある。
だが、誰かが誰かを殺す事にはならなかった。
世界が終わる一歩前に彼女たちは踏み止まれたのだ。
そんな世界で先生たちや風紀委員長母娘らが笑えているのなら、
あの時の便利屋たちの仕事はきっと報われたのだと思う。
見上げていた空からはいつしか少しずつ雪が舞い落ち始めた。
周囲が新年のカウントダウンを始める中で彼女は呟いた。
「来年もよい年になりそうね」
青春の物語は続いていく。