初代スレ62氏より 壊れてしまった兄ちゃについて独自する凛ちゃんのss
君も被害者なんだ。傷付いているから泣いて良いんだ。悲しんで良いんだ。悪いのは犯人で君には何の非も無いんだ。
そうお医者さんに声をかけられたけれど、当時の凛はとてもじゃないがそんな気にはなれなかった。
今でもなれていない。
兄は、冴はいつも自分に科せられる筈だった分まであの男からの暴力を受けてくれていた。
2人で分け合うべき苦難から凛を庇い立てて1人で背負ってくれた。
その代償に世界一優しかった兄は壊れてしまって。あの親戚の家から自分たちの家に戻れた後も、レ・アール下部組織に誘われてスペインに行ってしまった後も、依然として兄の心が癒えることは無い。
昔の凛のようにふわふわとした笑顔を浮かべてぽやぽやとした物言いをし、それでいて新世代世界11傑に選ばれるほどの力量を持つMFであのルックスとくれば世間は冴を放ってはおかないもので。
遂には日本の至宝とさえ称されるようになった彼のことを、皆は口々に「サッカーは強いのに普段は無防備で可愛い」「天然なのにフィールド上ではカッコいいギャップが好き」と好意的に評している。
……サッカーはともかく、性格のほうは悪意と加害によって歪められた結果の代物だとも知らずに。
「糸師冴選手は愛想良いけど凛は無愛想だよなー」
「わかる。兄貴のいる弟があんな性格なのも弟のいる兄貴があんな性格なのも珍しいよな」
「神様が産む順番間違えちゃったんじゃね?」
「ああ、確かに態度も体格も凛のほうが兄っぽいわ」
ユースのチームメイトが更衣室でそんな風に話しているのを扉の前で聞いて、ドアノブを掴む手を動かせなくなったこともある。
ひゅっと息を呑む音が自分の喉から聞こえた。
冴ちゃんのほうがお兄ちゃんなのに凛ちゃんより小さくて可愛いね、と嗤うあの男の顔が脳裏をチラついて。
同時に、本当にそうであればどれほど良かっただろうと思った。
だって自分が先に産まれていたならば。弟ではなく兄として、冴を守れる凛であれたならば。
きっと兄は心を壊すことも、失った人間性を誤魔化すためにかつての弟のフリなどすることも無く、今も凛の目の前で昔のようなふてぶてしくもカッコいい優しい兄でいてくれただろう。