初めまして

初めまして

シャディクとグエルの初顔合わせ

ミオリネに紹介された姉という少女は、ミオリネとは似ても似つかない顔付きだった。

ミオリネを護るように後ろにつきながらも、ミオリネに手を出そうとする大人を睨む姿は姉と言うより獅子だ。ぎらぎらとした青い瞳は、まだアカデミーに入る前に見ていた地球の青空に似ていて、少し懐かしい気持ちになる。

「初めまして、俺はシャディク・ゼネリ」

君は?と伸ばした手を、彼女は見つめる。じとりとした目に内心イラついた。養子だから見下したか?なぜお前みたいな奴にミオリネは懐いている。優しく、花のように美しいミオリネにはあまりにも似合わない獅子は、目を少し揺らす。

「姉さん、大丈夫よ」

ミオリネの声に、獅子はぴくりと体を揺らした。

「こいつは信用していい」

青い瞳が見開かれる。信用?何の話だ?と引き攣りかける頬を叱咤しながら俺は手を引っ込めようとした。ぱしりと手を握られる。弱々しく、見た目とは裏腹に冷たい手に俺は驚いてしまった。

「…あっ」

「ぐえる…」

「え?」

「…グエル・レンブランです」

よろしくお願いします。震えた声が、騒がしいパーティ会場内でもよく聞こえる。よく見れば唇が青い。呼吸も短く、汗もかいている。大丈夫?と声を掛ければ、グエルと名乗った獅子はふるふると首を振った。大丈夫じゃなかったらしい。

「ねえさん」

ミオリネの不安そうな声に、弾かれるように獅子を抱き上げた。兎に角会場から出さなければならない、そんな考えしか思い浮かばず、俺はミオリネと共に誰にも言わずに会場の外に出た。



噴水が湧き出る、庭にて。ミオリネに背中をさすられながらグエルと名乗った獅子はゆっくりと呼吸を繰り返していた。

「水飲める?」

外に出る前にどこかしらから取ってきたのであろう、ミネラルウォーターをミオリネは差し出す。グエルはそれを受け取りながら小さな声で「ごめん」と呟いていた

「バカね、こういう時はありがとうっていうのよ」

「…あ、りがと…?」

「そう」

「そっ、か…ありが、とう…ミオリネ…」

そんな姉妹の様子を少し離れた場所で見ながら、俺はグエルを睨む。ミオリネの姉だと言うにはあまりにも弱い。アレではミオリネは護れない。そんな言葉を頭の中で何度も繰り返す。それに、唐突に生えてきた姉、という存在が理解できなかった。

「シャディク」

「…ミオリネ」

いつの間にかこちらに来ていたミオリネに笑みを浮かべる。どうしたんだい?と問いかければミオリネは大きくため息を吐いた

「姉さんを睨まないで」

「…なぜ?」

「姉さんは人が苦手なの、今日だって本当は参加する予定じゃなかったのに」

「人が苦手?レンブラン家の長女として欠点しかないね」

棘があったのは認める。その言葉に弾かれたようにミオリネが俺を睨んだのは、理解できなかった。

「…姉さんを悪く言わないで」

「ミオリネ」

「次悪く言ったら、あんたでも叩く」

ミオリネ、君は彼女に毒されているよ。彼女をそこまで護る理由はないよ。そんな言葉が喉元辺りまででかかり、何とかごくりと飲み干した。

わかったよ。聞き分けのいい子供のように。そんな言葉を返してはミオリネはそのままグエルの元へと戻っていた。そろそろ大人たちが騒ぎ出す、その前にパーティ会場に戻らなくては。



ミオリネはデリング総帥に連れられ、そのまま挨拶回りへと行ってしまった。その場に残された俺と、この女…グエルは何も喋らずにノンアルコールのシャンパンに口をつけている。ミオリネがいた時はなにか話していたようだが、彼女がいなくなった途端話さなくなったグエルに俺はため息が出そうになった。ムカつくのだ、何故かとても。スペーシアンの癖に、全てを持っているくせに。まるで何も持っていません、と言わんばかりの顔が鼻につく。無意識に足をぱんぱんと揺らす。ゼネリ家に養子に来る際、この癖を直したのに再発してしまった自分にも腹が立った。

「おやおや、そこにいるのは養子野郎じゃないか」

「ほんとだ、養子野郎だ」

くすくす、と小綺麗にされた少し年上の子供の笑い声が聞こえる。構う気もないのに、勝手に近付いてきた奴らに舌打ちが出そうになるのを押え、笑顔で対応した。

「なんですか?俺に構わず、他の令嬢達とお喋りしたらいかがです?」

「はー?生意気だな養子の癖に」

「どうせ今日もパパに可愛がってもらうんだろ?」

「いーなぁ?どーやって取り入ったんだよ」

あの老体抱けるのか?お前が女なのか?下品な言葉の羅列に怒りが沸く。俺の悪口なら抑えられた、でも、俺を掬ってくれた養父の、サリウスCEOの悪口は、どうしても許せなかった。顔を上げて掴みかかろうと手を伸ばす。それを抑えるように、一つの手が伸びてきた。

「あ?」

「養子、というのならば」

「なんだお前」

「デリング総裁の悪口にも当たりますが」

は?と子供たちの顔にハテナが浮かぶ。言葉を発したのは、俺を庇うように立っていたのは、ミオリネとしか話さないグエルだった。

「私はデリング総裁の養子として、レンブラン家に入りました」

「は?」

「あなた達の言葉……それは、養子の私がデリング総裁に媚びを売り、その立場を獲得した、という話になります」

「何言って」

「ご自覚がないようですね、あなたは今ベネリットグループ総裁の悪評を口にしているのです」

グエルが、一際大きな子供のネクタイを掴み、引き寄せる。


「お前の名前と顔、しっかり覚えたからな」



「…ありがとう」

「……なにが?」

こてりとグエルは首を傾げた。ビュッフェで取ってきたケーキを渡しながら、俺は眉を顰める。

「さっきの、だよ」

「…あぁ」

「君、養子だったんだね」

「うん」

「ミオリネと、血が繋がってると思ってた」

「全然似てないのに?」

グエルがケーキを、フォークで一突きしてはぱくりと食べた。四角の、1口サイズのケーキが口の中に消えていく。もしゃもしゃと食べ終えたグエルはふふ、と笑っては「美味しい」と呟いた。

結局あの後、騒ぎを見ていた子供の親に難癖を付けられたものの、グエルがレンブラン家の人間だと分かった途端に親たちは頭を下げていた。俺の存在にも気付いた親は、懇願するようにグエルに頭を下げる様子をグエルは気にもせずに俺を見ていた。その目は許すか?と聞いているようで、俺はその目に答えるように笑みを浮かべれば、彼女は「気にしてません」とその親と子供をさっさと返す。その目が一切笑っていないことにきっとあの親子は気付いていないのだろう。

「さっきはすぐに返事出来なくてごめん」

「えっ」

「別にお前のこと、養子だからすぐに返事出来なかったとかじゃないんだ」

「……」

「……ごめん…人と話すのが、怖いんだ…」

大分、慣れたんだけど。グエルの手が震える。その言葉で、彼女が養子になる前にどんな生活を送っていたのか、なんとなくだが想像がついた。どうやってレンブラン家の養子にきたのか、どの様な縁があったのかは知らない、でも、彼女が普通のスペーシアンとは違うことは、俺を庇ってくれた時にすぐにわかった。そして、彼女…ミオリネが懐いている理由も。ひとつ分空いていたスペースを詰める。びくりと震えた彼女に、優しく笑みを浮かべた。今度は心の底から、本心で。

「俺はシャディク・ゼネリ」

「?」

「挨拶だよ、さっきはきちんと出来なかっただろ?」

手を伸ばす。もう一度挨拶をしよう。

「はじめまして」

「…はじめまして、グエル・レンブランです」

初めての時よりも暖かく、優しく握られた握手。そんな握手により笑みを深めながら、俺は彼女にご趣味は?なんて最近テレビで見た会話をそのままはじめてみる。再びきょとりとした彼女は、素直に「げーむ?」と首を傾げながら言うので、久しぶりに腹を抱えながら大声で笑ってしまったのだった。


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