初めて狭く感じた部屋
ロビンが目を覚ましたのは、エレジアの城に着いてから間もなくだった。
「…ん」
「あ!ロビンが起きた!」
「!ロビン…!!」
身体を起こしたロビンにナミとチョッパーが駆け寄る。怪我などほぼ無いと言っていいのに、優しい彼ら彼女の気持ちが嬉しいのでロビンはそれらを素直に受け取る。
「ウタは…」
「まだ寝てるわ…少し過呼吸起こしたけど喉も問題ないって…少し右腕に怪我をしてたけど平気よ」
「怪我…?いつ…まさか」
ウタ本人は隠そうとしたが、ロビンは馬鹿ではない。寧ろ頭がいい…あの時の事をきちんと思い返せば、すぐに能力を使った時、またはその後に攻撃をされたのではとすぐに察してしまった。
「怪我からばい菌が入ったのか少し熱も出てたけどもう下がったし大丈夫だ。今日の夜には起きるよ…メンタルはどうなってるか分からないけれど」
チョッパーに宥められてすぐに落ち着くが心配なものは心配だった。だから彼女は?と聞いたロビンが城の医務室に案内されてそこでルフィやゴードンなどが眠っているウタについて見ているのを見てようやく安堵ができた。
ウタワールドで見た苦しげな表情はなく、むしろ穏やかな顔で眠っている。
「ロビンー起きたか!よかった!」
「ルフィ…ええ、大丈夫よ、ありがとう。ねェ、ゴードンさん」
「?何かね…ロビン殿」
言うべきだと思った。もしかしたら、ウタはもう12年前に本当は何か起きたか知っているかもしれないと…だが、それは今目の前にいるこの島で彼女の為に大きな隠し事をしながら一緒に生きて来た彼の12年の否定にも繋がるかも知れなかった。
「…ウタの、いえ、これは彼女が言うべき時に自分で伝えるべきかも知れないわ」
だから、やめた。何よりウタが話してないのは話したくないだけの理由があるからだろう。推察出来る理由だけでももし自分だったら言わないだろうなと思えるものばかりだったから。
「ねえルフィ」
「ん?なんだ??」
だから、その代わりの提案だ。
「彼女って…少しは寂しがり屋だったりするかしら?」
「おお?そりゃあこんな島でずっとでシャンクス達とも会えてなかったなら…そうじゃねえか?元々フーシャ村ではおれが面倒見てたくらいだしな」
「多分逆だと思うわよそれ」
「ルフィに人の世話は無理だ!!」
「なにをぅ!?失敬だな!!」
騒ぐルフィ、ナミ、チョッパーの声を聞きつつ、ロビンはウタの眠る側に座り、起こさない様、そっと頭を撫でた。
「不安や恐怖でいっぱいな時、一番安心する目覚めがあったりするのだけれど…」
───────
大丈夫だ。そう言われて、背中を優しく叩かれる。彼が来てから、彼の手に、あたたかさにとても救われている。
「お前は悪く無いぞ、ロビン守ろうとしたんだよな?ありがとう」
だけど、分からない
「怪我、痛いだろ、おっさんの所に帰って手当うけて休もう…大丈夫、大丈夫だ」
私には、こんなに優しくされる資格はない
ルフィは友達だと言ってくれたけど、差し引いたって助けてもらえる奴じゃない
「誰もお前を責めちゃいない。泣かなくていいし、謝んなくていい……」
ずっとずっと申し訳ないままだ
哀しくて、苦しくて…どうにもならない
「お前が優しいやつなのは小せェ頃からよォく知ってる…!よく分かんねえマボロシなんかよりぜったいだ…!!」
ごめんね、ルフィ…私、きっとそんな風に言ってもらえる様ないい子じゃなかった
沢山の人の命を奪ってしまった
守ってくれたあの人達を逆恨みした
何も知らないでのうのうと生きてしまった
そんな私には…私は……
【一人で地獄におちればいいのに】
──────
「………」
悪夢だ。最近は、ルフィ達が来て、チョッパーの薬も飲んでたからとても久しぶりに感じる。
しかし怖くて目が覚めた、というよりは…そうだよなという諦念が強かったし、静かに目が覚めた気がする。
「?…?……ぁ」
少なくとも自室ではない天井に違和感を持って起きあがろうとして、その手にまた何か違和感を感じてそちらを見た。
「ルフィ…ロビンさんも……それに」
ルフィが握りしめてくれていた方ではない手を使って改めて上半身を起こして周りを見た。どうやらここは自室でもなければ医務室でもなく…よくゴードンとお茶をしていた城の談話室だ。天井を見ようとした事は確かにあまりなかったから覚えてないのも当然だけど、問題はそこじゃなくて…
「なんで…みんな……」
そこには、ルフィやロビンだけではなかった。ナミもチョッパーもサンジも、なんならほとんど話した事のないウソップにブルックにフランキーにジンベエまでいた。
皆ベッドなんかないこの部屋で、各自毛布やら枕やらを持ち寄ってあちこちで雑魚寝していたのだ。
唯一寝るのに問題無さそうなソファは自分が先程まで横になっていて、向かい側のもう一つのソファはナミとロビンがチョッパーを抱えながら二人で座って眠っていた。
慌てて自分が能力を使って無いかを確認したがそんな事もない。ウタワールドはとっくに閉じてるし、ロビンを眠らせた時の時間なら、窓から見える月の感じからとっくに一度は目覚めてないとおかしい。
つまり彼らは、わざわざ自分の近くで寝ていてくれたわけだ。目を覚ました時、寂しくないように。大して話してもない人達まで、自分の為に……
「…なんで」
疑問そのものが口から出かかっていた時、談話室のドアが開いた。
「!ウタ…!」
「ゴード、ン」
皆の分のお茶でも用意しようとしたのか、カップやポッドの乗ったお盆を手に入ってきたのはゴードンだった。
「目を、覚まし、たのかい…よかった、傷が痛んだり、は、して、ないかい…ぅ」
「…とりあえずカップとか置きなよ、すごい重そうじゃん……」
「す、すまない」
ウタを入れなくても大人数だ。その人数分のカップやポッドなんて今まで二人で暮らしてたら入り用には勿論ならないし、重いだろう。カチャチャ…と少し震えた腕で持ってる為に食器の擦れる音がしていた。
やはり重かったようで、手近なテーブルにそれらを置いてから手をプラプラとさせる様子のゴードンに少しだけ安堵した。12年ですっかり日常の一部となっている彼の姿を見たのは大きいだろう。
「…皆、私が起きるの待ってたの?」
「ああ、起きた時に誰もいないのは寂しいのもだが……その、能力を使ったりしたそうだね」
「……」
「そんな事は気にしてないどころか自分の為に頑張ってくれたとロビン殿も言っていてね…寧ろ歌えるきっかけが出来てよかったとルフィ君も喜んで……だから、その」
一拍置いて、ゴードンはもう一度口を開く。こんなにも音楽以外の事で多弁な彼を見るのはいつぶりだろうと思いつつ、ウタも耳を傾けた。
「お前が何かと気にして距離を取らない様にと…皆で一緒にいようと、ロビン殿が提案してくれてね……あ!ゾ、ゾロ殿も今は昼に海賊が来たのもあって、不寝番でいないだけで先程まではちゃんといてくれてたんだ…!それに…」
「いいよ、ゴードン」
別に疑いはしない。彼ら彼女らはそうなのだろう。
そういう…優しい人達なのだろう。とっくに知っている、分かっている。…でも、分からない。
「なんで、こんなに私に優しくしてくれるんだろうね…?」
「それは、ウタが心配で…」
「心配だから、船長の友達だから、で…こんな精神状態の私の面倒を見続けるなんて普通は負担でしかないじゃん…返せるものだってない…」
「…彼らは見返りが欲しくてしているわけでもないだろう」
「そうだろうね……余計に分かんないや」
少し目を逸らす。気不味い。迷惑をかけたという時点ではゴードンにだって言える事で、罪悪感だってあるのに…私には彼らの優しさを受け取れるだけのものは無い。
「…ウタ、は」
「…?」
「…ウタは、その配信をしてた時、誰かに見返りを求めてしていたかい?」
「そんなわけ…!」
「多分、同じなんだ…同じなんだ、ウタ。お前の様な優しさをルフィ君達も持っているだけなんだよ」
私は優しくない。そんな言葉を吐くより先に驚いた。彼は、ゴードンはこんなにも踏み込んで会話をしようとしてくれる人だっただろうか。
良く言えば「遠くから見守ってくれる」人で、悪く言えば「線を引いて近寄って来ない」人だと、思っていたのに。
「…わ、たしは……」
「だから、ウタ、頼ってもいいんじゃないかい?」
「頼るって、もう十分…」
「お前の心を私では救いきれない事を自白する様で申し訳ないが許して欲しい…だがお前はルフィ君達と交流している時はまるで昔の様に目が楽しそうだったから…」
「私、は…ルフィ達に助けてもらっていい人間じゃ…!」
「おー、やっと戻って来れた」
ガチャ、と空気を断ち切る様にドアが開いてそこにはゾロがいた。やっと、という事は城の中で迷子にでもなっていたんだろうか…?
「おう、起きたか」
「ぅ……」
記憶が飛んだわけではない。先の事は覚えている。彼の言葉でフラッシュバックみたいな事になって迷惑をかけてしまった。助けてくれた相手にする態度ではなかった。
「あ、えっと…あの時はごめんなさ」
「すまなかったな」
「え…」
「なんか良くない事思い出しでもしたんだろ…おれには分からなかったが、怖い思いさせて悪かった」
「ち、違う…!私、私が一人で」
「辛え時は大体自分一人だろ、気丈なのは結構だが、弱った時に強がるのはやめろ」
そう言って怪我をした腕とは反対方向の肩にポンと、手を置いてから、次の見張り番だったらしいルフィを起こそうと揺すり始めた。
「おい起きろ船長、お前の幼馴染も起きたしテメェの番だ、見張りの」
「うーん、むにゃ?」
「はあ、起きろルフィ…!!」
そう彼はグイ〜ッとゴムの身体の耳を伸ばしに伸ばして周りを起こさないギリギリの声でルフィを起こす。
「むがっ……おお、ゾロ、次おれの番か…ウタは」
「ああ」
そう言って自分の方を指さしてくる為にゴードンもいるので無理だとは分かっていたが寝たふりも出来ずルフィと目が合う。
「起きたかウタ!シシ、おはよう」
「お、はよう?…夜だけど」
「起きたなら、おはようだろ」
「そう?そうか、な?…まあいいか」
それじゃあおれも寝るぞと、壁やら床に寝そべろうとするゾロを慌てて止めた。
「私、もう起きたし…床なんかじゃなくてここで寝てもらっても…」
「あ?あー……まあクソコックに文句言われそうだが、じゃあ遠慮なく」
そうしてルフィと同じく立ち上がったウタが先程までいたソファにゾロは寝転がり、そしてすぐに寝息を立て始めた。
「え、はや……」
「なはは、んでウタどうすんだ?」
「え…」
「夕飯食ってないし腹減っただろ?なんか食うか?」
「そういえばそうだね…ウタ、何か作ろうか?」
「いや、その」
正直そこまで空いてない。というか、寝起きでそんなにしっかり食べたいとも思わない…が、ずいぶんと、自分を甘かそうとしてくる幼馴染と育ての親の目線に耐えきれず軽いものなら…と答えた辺り、そういうところがこうしてルフィ達と曖昧なまま過ごしてしまっている理由じゃないかと頭を抱えてしまうのだった。