初めての家出

初めての家出



 ナギナギの能力で作り出した防音壁の中はとても快適で、一人だけの時間が好きなアドには絶好の能力だった。暇さえあれば、男所帯のレッド・フォース号で(シャンクスが)無理に作らせた自室に籠って防音壁を生み出し、自分だけの世界を作り出す。

 さて、今日もそろそろかなと映像電伝虫を見ると、どこからか念波を受け取ったのかぷるぷると鳴き出していた。早速壁に映像を映してもらう。

 すると、紅白の髪に無地のTシャツのラフな格好、そしてアドと瓜二つの顔をした歌姫の姿が壁一面に映る。電伝虫の先の彼女はウタだよ~と軽い挨拶を済ませると、さっそくと言わんばかりに軽快な音楽を流し始めた。“海賊嫌いのウタ”と称される彼女の代表曲の一つ、『逆光』だ。

 圧倒的なまでの音楽センスに支えられたその力強い歌声は、基本的に自尊心が折れっぱなしのアドの心の隙間を綺麗に埋めてくれる、最高の薬だった。

 しかし、今日のウタの歌は何かがおかしい。いつもならウットリと聞き入っているアドはしこりのように残った違和感に、そう思った。いつもならばもっと活き活きとしてる気がするような、していないような?

 見聞色の鋭いヤソップさんに聞いてみたらわかるかな、でも迷惑だろうなごめんなさいといつものようにやる前から謝ってしていると、どうやらサビに差し掛かったようだ。


『――怒りを!』


 がたりと、椅子から転がるように立ち上がった。

 おそらくアド以外は気づかないような感情の機微の現れだったが、それでも血を分けた妹は理解した。今、ウタに『逆光』は全力では歌えない。ウタに自分の全てを揺るがすかのような何かが起きたんだ。

 でも、自分は何も出来ない。会いに行こうにもウタの所在は誰も分からない。いや、正確には誰も教えてくれないというのが正しい。この11年間でウタがいなくなった当時の事をアドへ話してくれる人は誰もいなかった。ウタがいなくなった当時は泣きじゃくる毎日だったアドも、流石に11年も経てば少しは割り切り、そして誰も話題に出す人がいなくなり、気づけば殆ど赤髪海賊団の中でウタの話題はタブーのようになっていた。

 だから、誰にも相談出来ない。そうして、アドは一人で抱え込む事を決めた。

 アドが今まで目を背けてきた事――ウタに会いに行く。あれだけ不特定多数の人間に配信してるのだから、誰かが所在を知っている筈。ウタの居場所を突き止めて、生き別れの双子の姉に会い、11年ぶりに姉の力になりたい。

 そうと決まれば、普段のアドからは考えられないほど行動は早かった。愛銃2丁に今までの姉の配信や自分の歌声が詰まった音貝複数、映像電伝虫に小電伝虫とどんどん荷物をまとめた。ただ、赤髪海賊団は強力な覇気使いばかりだ。変な気を起こせばすぐにバレてしまうだろう。

 そこで自身のナギナギの実の力が活きる。


「“凪(カーム)”、“凪(クワイエット)”」


 自分から出る音を消す技、そして普段の行動から溢れる気配を“凪”にする技。

 少なくとも、ヤソップかベックマンのどちらか以外にはバレないだろうと高を括り、レッド・フォース号を抜け出す。名残惜しそうに海賊旗を見上げると、メインマストの上にうたた寝をしているライムジュースがいた。夜間の見張りだろうか、アドに気付いた様子はない。

 今赤髪海賊団が停泊している島は大きな港がある。毎朝出港している連絡船に忍び込めば、すぐにでも島外へ出てるだろう。どうやって探すかも、船に揺られながらでも遅くはない。多分。


(…ごめんなさい、お父さん)

アドは父に別れを告げ、姉探しの旅に出た。

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