刎頚

刎頚


葦を啣むif

真希真依生存

真人死亡

捏造情報詰め込み








十月三十一日 渋谷

――禪院真人 死亡





「……きて、起きて」


真希は禪院の家に行った。そこに保管されている呪具を新しく当主となった伏黒恵の後ろ盾を使い回収する。そのはずだった。

「なんで来たのよ……馬鹿」

「真依!」

忌庫の扉を開き足を踏み入れれば、そこに呪具はなく父がいて、そして血を流し倒れ伏す真依がいた。

「さらば、我が人生の汚点」

術師として真希は父に負けた。扇の刀は真希を傷つけた。どくどくと体から血が流れ、真依とともに引き摺られる。そして禪院が飼う呪霊の巣へ放り投げられた。

やがて呪霊は、真希と真依を喰い殺すであろう。

――母さんも親父も、真人のことを一度も口にしなかった。

私達の妹のことを。



「起きて、真希」

波の音が真希の耳に届いた。

目を開けると視界に空が広がっていて、空には雁が群れを成して飛んでいる。

「真人?」

「やっほー」

真希はいつの間にか砂浜に横たわっていた。そして傍らに真人がいる。

「なんで……。お前、渋谷で」

「死んだね。禪院真人は死んだ。だからちょっとズルしてんだ、今」

頭に継ぎ目のある男、加茂憲倫――羂索の手によって。真人は死んだ。真希の、真依の、二人にとって大切な妹は殺された。

大事な妹だ。大切な妹だ。二人のために真希は居場所を作りたかった。――だが、何もかもが足りなかった。

このザマだ。真人のことを守れなかった。死に目にあうことすらできなかった。血を流す真依のことだって、真希は助けてやることができなかった。

大事な、大切な――生まれたときから一緒であった妹であるのに。

何一つ守れない。

「一卵性双生児って、呪術では同一人物としてみなされてるんだよ。真希と真依はおんなじ存在ってこと」

傍らに座っていた真人は立ち上がり、海へ足を浸からせる。風が強かった。海から吹く風が、真人の三つに結んだお下げを靡かせた。

「でもその繋がりは俺には適応されていない。もう知ってると思うけどさ、俺って一度死んでるんだ。まだ胎児だった頃、腹ん中にいたときに。その死んだ胎児に呪霊が入り込んで、生まれてきたのが俺」

「何、言ってんだ」

「もう知ってんだろ? あの家で、俺がどうしてあんな目で見られてきた理由を」

真人は呪力がある。術式がある。相伝ではなくともとても強力な術式だ。術式もなく呪霊が見えない真希と、術式はあるが戦いに向かない真依。二人の姉と違って、真人は強かった。

だけど禪院の家は真人を排除した。父も母も真人を見なかった。他の人間も真人を蔑んだ。真希達以上に真人を腫物のように不当に扱い続けた。

昔は何故、真人がそのような扱いを受けるのかと憤った。真実を知ってさらにその思いは高まった。だから当主になって、妹のために居場所を作りたかった。

「俺は人の呪いから生まれた呪霊だ。半分は人間で半分は呪霊。中途半端なんだよ。だけど一度死んでるから俺には二人の間にある双子の繋がりっていうものが適応されていない」

波風が立つ。真人はさらに水音を立てて海の中に進んでいった。一歩、真希はその姿を追いかけるため足を出した。だけど真希より後ろにいた人物が先に前へ躍り出た。

「待てよ」

「待ちなさい真人!」

「……真依も来たね」

「貴方、何考えてるの!?」

「何って、真依とおんなじこと。まあ既に死んじゃってるから厳密には違うけど」

激昂する真依に真人は飄々と答える。

「真依がずっと悩んでいたのを知ってる。真希がどんなに頑張ったって真依がいる限り強くはなれないことを。真希は真依で、真依は真希なんだから」

真依は強くなりたくはなかった。例えどんなに落ちぶれていってしまっても、姉と妹と三人でいれたならそれで良かった。戦うのが怖かった。だから呪術師になんてなりたくなかった。

真依は気づいていた。自分が姉の足を引っ張っていることを。

だから、自分が何もかもを持っていき真希を強くするのだ。父に斬られたとき、懲罰部屋に放り投げられたとき、そう覚悟した。

「俺は二人に生きてほしい。他の何が犠牲になっても。だから俺がすべてを持っていくことにした」

「わかったから、戻れよ」

「戻ってきて、行っちゃだめ、真人」

「半端者はさ、俺だけで十分。“真人”だなんて名前で枷を嵌められても、どう頑張ったって人間にはなれないし」

真人が振り返る。にかっ、と笑った。姉達だけの前で見せる、特別な顔だ。

「俺がすべてを持っていく。俺の術式で二人の体を作り替える。あいつにつけられた傷も、双子の繋がりも、呪力も何もかも。……真依にはちょっと手伝って貰うけど」

一人で行ってしまう真人を引き止めたい。行ってしまう。遠くへと、遠くへと。人間(私達)が行くことができない遠くへ。

だから服が濡れるのも厭わず海の中へ足を進め、その手を掴む。真希も真依も真人に行ってほしくない。

潮の香りを伴って風が吹く。ゴウと一際大きな風を切る音がする。

「大好きだよ、お姉ちゃん」

握っていた手は小さかった。

「呪い(私)のとこに来ちゃだめだからね」

幼い少女が笑っていた。黒髪の少女、傷なんてものはない顔で朗らかに笑う。

「全部壊して」

少女に渡されたもの、手を離した隙に握り返すことが出来ず行ってしまった。妹、真希と真依の、二人の妹。

――真人。



目を覚ますと、呪霊が二人を喰い殺す機会を今か今かと待っていた。

真希と真依の手はしかと握られている。二人の間には長大な刀――釈魂刀。真依も真人の力によって構築されたレプリカ。

体が作り替えられた。父に斬られた傷はなかった。真希の体に呪力はすべてなくなり、真依との間にあった繋がりは断ち切れた。

涙が流れる。

どこにもいない。

妹は手を繋ぐのが好きだった。

手を繋いで三人で並んで歩くのが好きだった。

だけどもうどこにもいない。

「真人」

「なんで行くのよ、馬鹿」

妹はどこにもいない。

その温もりを握ることはもうできない。


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