刀剣解放・第二階層
虚夜宮・天蓋外
「“刀剣解放・第二階層”」
悪魔を思わせる姿に変貌したウルキオラに、一護を庇うように武器を握ったカワキの手に自然と力が込もった。
「十刃の中で俺だけがこの二段階目の解放を可能にした。この姿は藍染様にもお見せしていない」
『……“君だけ”……そうか、安心したよ』
禍々しい姿にも怯まぬ不敵な笑み。色彩が反転した瞳に疑念が芽生える。
「…………どういう意味だ?」
『他の破面まで君と同じ事が出来るなら、滅却師としてはとても困るから』
そうなれば虚圏侵攻は計画から練り直しだ……とカワキが胸の内で呟く。
凛とした美貌に絶望の影は微塵も無い。
滅却師——虚を滅却する者としての発言と受け取って、ウルキオラがどこか不機嫌そうな雰囲気を滲ませた。
彼我の差に息を呑んだ一護も、カワキに勇気付けられて刀を握り直す。
「……この姿を目にして、未だ戦う意志が在るのか」
微かに眉を寄せたウルキオラだったが、ふと、ある事に気付いて言葉を止めた——一護の手が震えている。
それは一護が恐怖を感じぬ程、混乱している訳では無いと示していた。だが、命を捨てた眼もしていない。
——勝てると思っているという事か。
「…………いいだろう。ならば貴様等のその五体、塵にしてでも解らせてやろう」
始まった攻防。速度を上げたウルキオラが一護の頭を側面から掴んで投げ飛ばす。
反応しきれなかったことに歯噛みして、カワキが更に霊圧を解放した。
柱に激突した一護を狙って飛翔するウルキオラに威力が増した神聖滅矢が迫る。
素早く旋回し、弾丸を躱したウルキオラが先程のカワキの台詞をなぞった。
「——! やはりまだ霊圧が上がるか。俺の買い被りでは無かったようで安心した」
『知った風な口をきかないでくれ』
そのまま翼を羽ばたかせてクルリと方向を変えた。
宙を駆けながら迎え撃つカワキは援護に戻った一護を制して、陣を描くかのようにゼーレシュナイダーを投擲する。
投げられた柄にウルキオラが空中で軌道を変えた。
「無駄だ。その術はもう知っている。お前の仲間がヤミーに使っていたからな」
『あぁ、石田くんか。“無駄だ”と思うならそのまま進めば良い……出来ないの?』
石田が使う以前にカワキはこれを使って尸魂界で東仙要を撃破している。
元より情報共有は想定内——ウルキオラの意識を分散させる事こそ、真の狙いだ。
当然、チャンスがあれば起爆する。対処しない選択肢など与えない。
その意図を読み取ったウルキオラが辟易した気持ちで小さく顔を顰める。
「見え透いた挑発だな。お前のもくろみはわかっている。その手には乗らない」
罠の存在によって思考のリソースを奪うだけで十分だ。一護と合流したカワキが、静かな声で言う。
『虚化は負担が大きい。ここだと思う隙が出来るまで温存だ。私が前に出る』
「……ああ、解った。頼んだぜ、カワキ」
仕切り直して戦いが再開した。
今度はカワキを中心に狙うウルキオラ。一護の体力を回復させる為、積極的に応戦するカワキ。
ウルキオラが心底、理解できないという声色で問い掛ける。
「————何故だ?」
『何が?』
「お前は黒崎一護の仲間の中で、最も冷静で容赦が無い……俺たちに近い思考形態をしている」
だというのに志島カワキは黒崎一護と共に挑んでくる————あろうことか切り札を伏せたままで。近いからこそ、似ているからこそ……余計に違和感を強く覚えた。
カワキが何を言っているんだというように首を傾けて引き金を引く。
『滅却師が“虚に近い”だなんて、妙な事を言う。滅却師は虚を滅却するものだ』
「そういう事じゃない。何故、お前のような者が他者の為に命を懸けるのかと聞いているんだ」
ウルキオラは弾丸を尾で弾き飛ばした。
自明の理を語るような淡々とした声。
「お前は自分の危機には対処が早いが他者の危機には反応が遅れる。己以外の為に命を懸ける人間では無い証拠だ」
『そうだろうね。私が君と戦うのも、一護を護るのも……全て私自身の為だ』
「……死地へ向かうような真似をする事がお前自身の為だ、と?」
『答える必要の無い問いだ。つまり、私は死ぬつもりなんて無い』
生の輝きを宿した蒼い瞳と苛立ちが垣間見える反転した瞳がかち合った。
————この女は本気で力を伏せたまま自分と戦って生き残るつもりでいる。
恐怖を感じる程の実力差の相手に勝てるつもりで戦いを挑む一護も、出せる筈の力を使わずに無謀な戦いに身を投じるカワキも、ウルキオラの理解の外の思考だった。
「……それが貴様等の言う心というものの所為ならば、貴様等人間は心を持つが故に傷を負い、心を持つが故に命を落とすという事だ」
表情が抜け落ちたウルキオラが、一気に攻勢に出た。鞭のようにしなる尾が目にも止まらぬ速度でカワキを狙う。
⦅今だ————!⦆
カワキは尾の動きを読んでタイミングを合わせた。虚空を切った尾が戻る一瞬の隙を狙って踏みつける。
「!!」
思わぬ行動に動きを止めたウルキオラを銃口が見つめた。
一護が己の頭から顔を撫でるように手を引き下ろして虚の仮面を出現させる。
「月牙——……天衝!!!」
月牙天衝の黒と神聖滅矢の青が交じって爆風と共に視界を塞ぐ。やった————そう思いかけた瞬間だった。
「————お前が全力なら、今の連携で俺を仕留める事も出来ただろうな」
『! 馬鹿な……』
煙の向こう側から伸びた黒い腕が神聖弓を持つカワキの腕を掴んだ。
ぞわりとした悪寒がカワキの背を這って咄嗟に振り払おうとするも間に合わない。
「……は?」
煙が晴れ、一護がぽかんと口を開けた。
その視界に映ったものは————ある筈のものが欠けた、友の姿。
「——————!! ッカワキ!!!」
翼の至る所が穴があき、体に欠けた箇所があるウルキオラ。その手に握られる細腕はどこへも繋がっていない。
溢れる血がバチャバチャと音を立てた。
『……ッ!』
カワキは遅れて襲った激痛を振り切って逆の手でゼーレシュナイダーを一閃した。
重心が崩れて空を切るも、カワキの執念を警戒したウルキオラが距離を取る。
「驚いたな。その体でまだ動けるのか」
『……片腕を失ったくらいで……戦えなくなる程……ぬるい鍛え方はしてないよ』
途切れ途切れに言葉を紡いでウルキオラを睨みつけたカワキ。
ウルキオラが何か返答する前に黒い影が凄まじいスピードでウルキオラに迫った。
「てめえ!!!」
『一護、待っ……』
著しく冷静さを欠いた一護がウルキオラに突進した。怒りで一時的に力が向上していても、消耗が無くなった訳ではない。
対してウルキオラの負った傷は超速再生で既に殆どが塞がっている。
「愚劣だ、黒崎一護」
冷酷な目でウルキオラが呟いた。そして————
◇◇◇
天蓋にあいた穴から二人の人影が夜空へ躍り出る——石田と井上だ。
「黒崎の霊圧を感じない……どこだ!?」
一護の姿を探して駆け出そうとした石田の足先に柔らかい何かが当たった。足元を見る。
————落ちていたのは女の腕だ。
微かな音を立てて揺れる銀色の飾りは、二人にもよく見憶えがあるもの。ザッと血の気が引いた。
井上が青ざめた顔で叫んだ。
「————カワキちゃん、どこ!?」
殆ど同時、屋根が揺れる程の衝撃と共に上から何かが叩きつけられる。
『ぐ……ッ!』
「——カワキさん!! 君、腕が……!」
『私より一護を……!』
右腕を失い、傷だらけのカワキが睨む先には月に届くような円柱。黒い翼。
「……来たか、女」
「……黒……崎……くん……?」
カワキの視線を追った二人の目に、首に尾を巻き付けられて力無く吊り下げられた一護が見えた。
月を背に立つウルキオラの指先が一護の胸を指す。
「丁度良い。よく見ておけ。お前が希望を託した男が、命を鎖す瞬間を」
指先に集まる黒い光。この先に待つ未来に真っ青な顔で井上が叫んだ。
「やめて!!!」
——悲痛な叫びは虚しく光が放たれた。