冒頭
ワノ国から出た先で、鉢合わせた四皇の1人からなんとか逃げ出した──それは、少し前まで共闘していた他船の船長あたりに知られれば鼻で笑われるかもしれないが、予測できなかったような事態相手に死者も重傷者もなく終えられた以上、『決して負けとは言い難い』と、トラファルガー・ローは思っていた。
「それにしてもキャプテン可愛かったよな〜」
「ほんとそれ」
「おれ食うならスケスケって言ってたけど撤回する、シクシクがいい」
「ぶっちゃけもうちょっと見てたかった」
「海王類のエサにしてやろうかテメェら」
…彼らが元気にこんな無駄口を叩けるほどなのだからもう実質勝利みたいなもんだろうと、ローはもはや生産性の欠片も含まない思考を断ち切る。
まず、女になる病なんてバカげたものを早々ぶつけられて、一時は不覚を取ったがスマートに覇気で解決した時点で自分はよくやった方の筈だ。あんな状況下において、普段ならまだ素直に受け取ってやれる見目への賞賛も、あの無駄に重っ苦しい胸元や縮んだ背などへの不快感を考えれば苛立ちにしかならない。治療法の手間を考えれば単なるウイルスではなく悪魔の実の能力によるものでよかったものだ。そう思い無事男に戻った自分の全身を意識して、そしてふと硬直する。
違和感が、そう、状況が落ち着いた今だからこそ漸く気づけるレベルでありながら、とてつもない違和感があった。自身の身体に、強いて言うなら、下半身のとある部分に、である。
「あれ?キャプテンどこ行くの?」
「手洗いだ」
腕に自信がある身と言えど敵の総大将とぶつかった以上負傷は避けられず、その姿に心配していたらしいベポが目敏くこちらへ問いかけた。その配慮に罪はないが、この嫌な予感が当たっているなら、こんな場でバレるわけにはいかないのだ。
戦闘後の興奮の余韻が残る中、やや早足で艦内のトイレへと向かう。バタリと音を立てて戸を閉め、予想が外れていることを願って勢いよく下履きを下ろした。
「ウソ、だろ」
まず、目線の先に、生まれた時から付き合いのある長々とした竿が見当たらない。金玉も見つからない。いや、それだけなら(勿論その点だけでも“それだけ”なんてレベルではないが)まだしも、現実は残酷だった。
股の間に手をやれば、ゆっくりと指が沈む。単に肌の上に落ちたのではなく、自身の肉に裂け目があるかのように。
「……覇気が全てを凌駕するんじゃねえのかよッ!!!」
彼にとって唯一救いだったのは、クルーが全員船内にはおらず、その叫び声が届かなかったこと。
そして、彼にとって不運であったのは、何故か女になる病が『股間部分にのみ』未だ罹患していることであった──