再生 壱
徒花と化して散る秋桜を横目に、1人村へ歩き進める。呼び出しの手紙は唐突に。歩く速度は減退し。傍にいる餓者髑髏は何も言わず、何もせず。空虚な時間が続いていく。
「...生きていたんだ、当主は」
1人ボソッと呟く。秋風が言葉を攫い、枯れ葉が零士の髪を撫ぜる。ふと右目を掠めた枯れ葉に傷口が痛む。
「痛ッ...」
《如何した、零士。》
「いや...右目の傷が痛んだだけ」
生まれた頃から存在する傷。縦に入った傷はいつまでも癒えず、永遠に残り続けている。何かを示すかのように。その傷を覆い隠すかのような長い前髪はいつも視界を遮っている。だから、左だけ切られているのだ。
「...行こう」
きっともう、どうにもならないだろう。
誰とも会う事なく朽ちるのだろう。
そう確信している。分かっている。もう2度と誰にも会えない事。もう2度と御三方に会えない事。
けれど、それでいいのだとすら思う。
ー...やっと、死ねるのか。ー
肩の荷が降りた感触がする。けれど、まだ降ろしてはいけない。ほら、早く歩みを進めろと風が急かす。
《零士、平気か。》
「...うん、平気だ。行こう。」
また歩き出す。小道を歩き続けた先に暗く澱んだかつての我が家がある。2度と戻りたくなかった恐神の家がある。
そこまでゆっくりと、1人歩んでいく。
餓者髑髏と、歩む。
「...餓者髑髏、一ついいか?」
《何だ。》
「...縁切り鋏を持っていけと言ったのはどうしてですか。」
そう。本来ならば要らぬ持ち物の筈だった。それどころか露鐘に貸していたものであり、今回の呼び出しにも必要のないもの。餓者髑髏に言われて持ち出したこの鋏は、何のために。
《何。老耄の勘と云う物だ。》
「...奇妙な勘だ。」
《そう云うな、必要になるかもしれんぞ。》
「...悪いけれど、嫌な予感しかない」
ポケットに入った古びた鋏を取り出す。錆びずにピカピカと輝いているそれは、安土桃山から繋がる恐神家の秘具。何のために作ったのか、何のために鋏にしたのか分からない。それを知る手段も兼ねて村に行こうとすれど、先に食らったのは母家への呼び出し。
「...これさ、呪具というより」
《見えてきたぞ、零士。》
俯いていた顔を上げ、正面を見る。
そこに木造の大きな家がある。柱が建てられた大きな正門がある。入りたくなかった我が家がある。
「...入るのか、ここに」
《何だ。未だ止まるつもりか?》
「そうじゃないけれど、...餓者髑髏、急かしているのか?」
《急かすだろうに。貴様が愚鈍故な。》
「怯えたっていいだろ...嫌な予感がするんだ。まるで、自分が自分じゃなくなるみたいな」
そう。ずっと抱えているこの感覚。幼い頃から何かに蝕まれ続けている侵食感。異物が入っている異端感。そして生まれてから感じている焦燥感と後悔、そして恨み。
何故あるのかすら分からない感情が、零士を蝕んで呪いから離さないのだ。
《入るぞ、零士。覚悟を決めろ。》
「...うん」
一歩を踏み出す。この一歩は、きっと終わりの一歩。もうどうにもならない一歩。
そうして零士は歩を進める。餓者髑髏を引き連れて、周りの呪霊と危険物に警戒しながら。
ふと、霞む誰かの顔と会話、声が蘇る。
零士は後ろを振り返った。
「...?」
《如何した。》
「...いや、なんでもない。」
そうして向き直り、また歩く。
呼び出した張本人、恐神景親の下まで。
その先に待つのは、終焉。
《...漸くだな、肇。》