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筋書きから大きく外れた終幕は、しかしきっと、最良の終わりとなるだろう。


ガラ、と先端がぐしゃぐしゃになったパイプが地面に転がる。パイプを放ったネモの眼前に並ぶコンテナの中には、おそらくは反社組織が集めたひでんスパイスが詰め込まれているだろう。ネモはパーモットにコンテナの側面に穴を開けさせて、案の定中から溢れ出た大量のスパイスを睨む。

「トドロクツキ、"かえんほうしゃ"」

ネモが指差したコンテナに、トドロクツキが"かえんほうしゃ"を吐きつける。火のついたスパイスは瞬く間に燃え上がり、煙からはさまざまな香りが混ざってネモはうっ、と口を手で覆った。一つ一つはいい匂いだったのかもしれないが、混ざり合ってもはや異臭の域に達していた。

「ちょっともったいないきがしますの」

ハンカチで口元を覆って眉をハの字にした此方側のポピーが、少しだけ気落ちした様子で言う。ネモはゆるゆると首を横に振って。

「でも、悪い人たちに悪いことに使われるくらいなら、全部失くしちゃった方がよっぽどマシだよ」

「それは……たしかにですの」

うーむむ、とポピーは腕を組んで首を傾け、考え込む。それに、とネモはスパイスを燃やす炎をじっと見つめるトドロクツキを見遣る。ひでんスパイスは元々エリアゼロに自生していたものを、ヘザー達エリアゼロ観測隊が発見、持ち帰った代物だ。本来なら地上に在らざるそれは、テラスタルエネルギーの増加に伴ってテラレイド結晶と共に地上でも発生していたにすぎない。であれば、推定ボタンによってテラスタルエネルギーを枯渇する勢いで消費した今後であれば。

「今ここにある分全部燃やしちゃえば、もうエリアゼロに潜る以外でスパイスを手に入れる手段はない。そして、この人たちは私たちがここで叩きのめすから……」

少なくとも、ひでんスパイスの悪用だけで見ればこれで解決するはずだと、ネモは言う。よくわかっていないような顔で、トドロクツキがぐぁん、と鳴いた。

燃え尽きるまでもう少し時間もかかるだろう。ネモは今のうちにポケモンの回復をしようとして———瞬間、後ろの方から満杯のバケツを一息にひっくり返したような音———の百倍ほど大きな音がした。何事、とネモとポピーは後ろへ視線を向け、トドロクツキはギャンっ、と鳴いて翼をしおしおと地面に垂らした。

「なんの音……ていうか誰だと思う?」

「トップのミガルーサちゃんのアクアカッターは、どっぱーんってかんじじゃなくてザシューッ、ズバーッ、てかんじなので、ええっと、ええっと……」

「ハルト達が合流したのかなあ。でもハルトのマリルリはテツノブジンと交代でボックス……あ、待って今のナシ」

「ネモおねーちゃん???」

失言だった、とネモは口を抑えた。やっぱりちょっとだけ聞き捨てのならない単語が聞こえた気がしたポピーは追求を考えたが、おそらくはぐらかされることはわかっていたのでそれ以上は何も言わない。

さて、気を取り直して誰がさっきの水の音を立てたのやら、考え直す二人の思考に映写機を向けられた銀幕のように写ったのは。

「「ハイダイさん(おじちゃん)?」」

閃きを覚えたネモとポピーは、揃って顔を見合わせた。


「いやー、壮観壮観」

「地獄絵図の間違いじゃない?」

眉尻を下げながら赤いスターモービルの荷台の縁に寄りかかるナンジャモの独り言に、必要を覚えてアカデミーの医務室からかっぱらってきた医療品を用意するミモザが突っ込んだ。ハイダイのケケンカニによって流し去られた反社組織の下っ端とそのポケモン達は、進路の端で水浸しの状態で伸びている。同情はしないが、それはそれとして哀れ。

チラ、と視線だけを上に向けたナンジャモが、タイカイデンを制空権を維持するために奔走するハッサクのオンバーンとグルーシャのモスノウへ指先の動きだけで加勢の指示を出す。先のケケンカニの一撃を目撃して動揺したモルフォン達に、ナンジャモの指示を受けて戦域に乗り込んで来たタイカイデンが狙いを定めた"ぼうふう"を見舞った。

「地上気にしなくていいの楽だー」

「ハイダイが全部やっちまったからね……怖かった」

「ライムさんがビビるレベルってそれもう天変地異とかそんなんなんよ」

タイカイデンの"おいかぜ"が空を駆け回る味方と、二台のスターモービルの背中を押す。オンバーンが普段よりもずっと速い動きでデリバードの集団を翻弄し、追突事故を起こしてパニックになったところに"りゅうのはどう"を叩き込んだ。

宙に退避していたアオキとカエデを運ぶウォーグルが、赤いスターモービルの荷台に降りる。来た来た、とミモザは医療品を抱えてウォーグルへ近付いた。

「カエデさん一旦降りてください。ちゃんとした手当しますので」

「えっ、いや、その〜……止血はしてありますから大丈夫で」

「ダメです」

「ひ〜んっ」

この間十秒足らず。ナンジャモは顔だけそちらへ向けて、自分の怪我もそれくらい気にしてくれたら良かったんだけど、と独りごつ。何せミモザの掌は処置は済ませてあるといえ未だ包帯に覆い尽くされていたのだから。

ミモザはカエデの肩の傷口の血を堰き止めるワナイダーの糸を腕の力だけで引きちぎって、かっぱらってきた医療用のハサミで袖を裂く。ギャア、と普段のカエデからは想像の付かない悲鳴を上げるのを無視して、白日の下に晒された皮膚が破れて赤黒い肉の見える傷口に精製水をぶちまけて洗った。控えめに言ってグロ画像。

「これで戦闘続行しようとしていたんですか、カエデさん」

うわ、とスターモービルのスピーカーから流れる音楽に掻き消される程の声量で、アオキが引いたような声を漏らす。ミモザは手際良く大きめに切って軟膏を塗ったガーゼを傷口に当てて、テープと包帯で固定した。

「と言うわけでカエデさん、暫く安静ね」

「う〜ん、遺憾の意」

「こっちのセリフなんですよねそれは」

不満を隠さないカエデにアオキは薄ら溜息を吐く。不意にバサ、と音がしてアオキが振り返ると、メッセージを書いた紙を別行動を取っていたハルト達に届けるために飛ばしたムクホークも一緒に乗っていたらしい。タムタムと歩み寄ってきたムクホークの首元を、アオキは片手で撫でてやった。ムクホークは嬉しそうにクルクルと鳴く。

そこに、モスノウの"ふぶき"の壁を強引に突き破って突っ込んできた血走った目のアメモースが、翅を凍り付かせてボロボロの状態でミモザへ向かって飛んできた。ハルトがボールを手にして、投げる。

「ビビヨン、"まもる"!!」

ボールから飛び出したのは"りんぷんポケモン"のビビヨン。素早く飛んできたアメモースとミモザの間に飛び込んで、"まもる"で防御したビビヨンは、防がれた反動で後ろへ仰け反ったアメモースに"ぼうふう"を見舞う。吹き飛ばされたアメモースは、岩壁に激突して戦闘不能になった。

「流石、トップのミガルーサとゴーゴートを一方的に蹂躙したビビヨンですね」

「改めて強すぎんかー?」

「虫ポケモンちゃんをと〜っても強く育ててくれてるのは、虫使いのジムリーダー冥利に尽きるわ〜」

ジムリーダー達のコメントはそんなもの。ちなみに楽園防衛プログラムとの最初の戦いで、AIが最後の一体として出したテツノブジンを吹っ飛ばして壁に叩きつけたのもこのビビヨンであることなど、ハルトと話を聞いた他の子供達以外は知る由もなく。ハルトはビビヨンにそのまま制空権掌握に向かわせると、視線を前に戻して指を指した。

「キハダ先生とリップさん!追いついた!」

「屍の山の上に堂々と立ってるの控えめに言って世紀末のそれ」

「実際この世界だいぶ世紀末ちゃんだろ」

スターモービルの荷台から少しだけ身を乗り出したハルトとボタンは、地上で反社組織の構成員達を地面に転がして足蹴にしていたリップとキハダにおーい、と手を振った。二人は二台のスターモービルが自分たちに追い付いてきたことに気付くと、余裕そうな笑みを浮かべてハルトとボタンに手を振り返す。

「お怪我はありませんが、二人とも。あとリップさん髪どうした」

黒い方のスターモービルの荷台から、音楽を止めたオモダカが尋ねた。

「私もリップも細かい擦り傷なんかはともかく、特に大きな怪我はありませんよ!」

「多分後はもう尻尾巻いて逃げようとするお偉いさんだけだと思うから、スターモービルだと小回り利かないしみんな降りて包囲網作らない?」

「血の気。いやまあ元よりそのつもりですし賛成なのですが……」

オモダカはスターモービルから飛び降りて、タン、と着地する。綺麗に決まった、十点。その後に続くようにグルーシャとチリが、ミライドンに三人乗りしたハルトとボタンとペパーが、ウォーグルに掴まってアオキが降りる。カエデも続けて降りようとしたがミモザに安静と念押され、ハイダイに顔も向けられないまま大人しくしていなさいと言われて渋々床に着席した。

「ハッサクさん達降りないの?」

グルーシャがスターモービルに残るハッサクとコルサに問いかける。

「スターモービルを見ておく係が必要なのですよ。それに、何人か残っておかないとカエデさんが飛び出しかねませんですからね」

「ワタシはこちらのハッさんを捕まえておきたいしな」

「うーん否定できない」

ヒラ、と手を振るハッサクとコルサにグルーシャは肩をすくめた。此方側のハッサクはもうずっとコルサに繋がれたままの手をじっと見つめる。

「さ……て、サクッと見つけて捕まえて、ボコボコにしてしまいましょうか」

ゴーゴートをボールから出したオモダカが、グッと腕を伸ばした。



罪と愛は、何処へ往く。


ダダダッ、ドドドドドッ、ウィーンッ。それぞれの走行音を地鳴りのように響かせてゴーゴートが、クエスパトラが、ケンタロスが、ミライドンが、それぞれのポケモンが自身のトレーナーを背に乗せて散開しつつ反社組織の首領を探す。空からは二体のチルタリスとムクホーク、アーマーガアが大きく円を描くように旋回した。

「パラリラパラリラー!道開けないと交通事故になっちゃうぞー!」

「事故っちゃうんだぜー!」

「人追いかけながら言うセリフじゃないんよ」

撥ねないように速度を調整しつつ、ハルト達はミライドンで反社組織の下っ端を追い立てる。そのまま偉い人のところまで逃げくれればヨシ、そうでなくても他の面々のノイズを捌けさせることができるのだからやり得だ。ドリフトしながらミライドンはバリバリと電撃を放って威嚇する。その脅威を利用しようとしただけに、パラドックスポケモンがどれだけ恐ろしいかを知っている連中は、腰を抜かして這々の体で逃げていった。

ゴーゴートを駆り全身を斜めの姿勢の状態で維持したまま岩壁を走るオモダカは、髪の毛一本見逃すものかと周囲を観測する。逃げる下っ端と小隊長、それを追いかけるジムリーダー達。そろそろネモ達が向かったひでんスパイスの保管場所に着きそうなものだが、それにしたってどれだけ広い土地を拓いて埋め立てて囲ったのやら。その労力と財力とやる気と根気を別のことに使えと、心から叫び散らかしたい気持ちになる。最もそれは、コイツらの首領を顔が変形するまで殴ってからだ。オモダカは単純に、"パルデア"を荒らされたことに対してブチ切れているのだから。

背中を軽く丸めて姿勢を低くしたオモダカは、この忌々しくもしょうもない連中への怒りを圧縮するために、肺に溜まった息を大きく長く吐き出した。小出しにするよりも、溜めに溜めて一息にドカンとぶちまける方が勢いがあるのだこういうのは。それはハイダイとケケンカニが実証済みである。

その一方、痩せ細った身体でウォーター種のケンタロスの背にしがみつく此方側のキハダは、ヒュー、ヒュー、と少し危険に思える呼吸の仕方で息をして、猛スピードでクエスパトラとブレイズ種のケンタロスを走らせるリップとキハダの後を追う。遅れるわけにはいかない。せめて、あの日全てを奪った存在が叩きのめされる瞬間をこの眼で見届けなければ気が狂う。その一心で、不規則に痙攣する膝を強引にケンタロスの脇腹に押し付ける。

不意に、ケンタロスの立て髪を掴む指の感覚が一瞬消え失せた。足の付け根から足首にかけて、ケンタロスの背に跨った上半身を支える力が入らなくなる。目が回って、視界が真っ白になったと思った時にはもう遅い。

身体が限界を迎えて、ケンタロスから落下したのだと理解するのに時間はかからなかった。どうして今、という疑念と共に、遂に来たか、という諦観が胸の内を占める。地面に身体を叩きつける痛みよりも、己が身体を己が意志で動かせないことの方が、此方側のキハダにとってはショックだった。

元々、死の淵の半歩手前で辛うじて踏みとどまっていた身体だった。あの日以来碌に食事も摂らず眠りも浅く短く、衰弱していった身体はそのままであれば今この瞬間に活動していなかった。それでもはたして、此方の世界のポピー達がアオキを"連れ戻した"のを目撃したことで、キハダはその不誠実な希望に縋り付かざるを得なかった。ミモザの協力を得て、どうにか弱り切った身体をポケモンバトルに耐え得る程度に持ち直させて、リップを奪った。必然のように奪還のために乗り込んできたもう一人の自分との戦いと、決着を付けることもできずに乱入してきた強力なパラドックスポケモンとの死闘に巻き込まれ、一体どうしてまだ動けようか。

「こっちのキハダ氏!?」

レントラーを駆るナンジャモが慌てて駆け寄った。動けないまま放心する此方側のキハダは、上半身を起こそうとして腕に力が入らないことにただ絶望する。どうして、こんな時に限って自分は。

「ナンジャモさん、此方のキハダさんをスターモービルへ!我々のことは気にしなくて構いません!」

珍しくアオキが声を張る。アオキはそのままムクホークに乗ったまま己の仕事へ戻った。ナンジャモは言われるがまま、倒れたままのキハダを背負ってレントラーに乗り直し、スターモービルへと引き返す。

……軽い。軽すぎる。ナンジャモは背中にかかる此方側のキハダの体重の想定外の軽さにゾッとする。身長に対して、身体の密度が小さ過ぎた。ジャージの袖口から覗く手首は細く、骨の形が皮膚越しに解る。キハダは自分が情けないやら、血の通った人間の体温に安堵を覚えるやらで張り詰めていた糸が緩んで、フッと意識を手放した。

「———っ、あの、さあ!!」

連れ去られた当初は、文句の一つも言いたかった。しかしながら、此方の世界が受けた傷の深さも、実際に目にしてみれば赦しはしないが同情もする。その元凶に対しての怒りも、一緒くたになって込み上げる。

ああ!やっぱりあの頓珍漢な格好の不審者を、もう十発くらいは殴っておけばよかった!ナンジャモは苛立ちを隠さない様子でギリ、と奥歯を食いしばった。


空からグルーシャは首領を探す。構成員達はどいつもこいつもセンスのかけらもない制服を着用しているせいで、どれがボスなのか判別しづらい。クソッタレ。

少し間隔を空けて飛んでいたポピーを乗せたアーマーガアが急に降下を始めた。なんだ、と視線を向けると一瞬、ポピーの眼がギラつくのが見えた。どうやらポピーはいち早く、標的を見つけたらしい。目敏いことで。

「トップ!ポピーが見つけた!」

両手をメガホンの形にして、グルーシャは地上を走るオモダカへ声かける。オモダカの顔が数秒上を向いて、すぐに前へ向き直った。ハンドサインで近くを走るリップとキハダ、ミライドンで走るハルト達に目標の方向を示して回り込ませた。

逃げる標的、追うオモダカ、回り込んで進路の選択肢を削るハルト達。暫く威圧感と恐怖の支配する鬼ごっこをしていると、前方にはトドロクツキの頭を撫でながら冷めた眼をした学生服の少女と、アーマーガアに寄り添われた未就学児の二人組ネモと此方側のポピーが偶然にも標的の前に立ち塞がった。

「トドロクツキ、吠えて」

「あ、アーマーガアちゃん、つばさをバッサーってするのです!」

ネモが指を指し示して指令を下す。トドロクツキが前に進み出て、左右合わせて赫い三日月のような翼を広げて、口を大きく開けてギャオンッ、と吠えた。それに合わせてアーマーガアが、鉄の翼を大きく羽ばたかせて草葉ごと風を巻き上げる。標的であるファッションセンスの死滅した服装の、反社組織の首領と思われる男は驚いて、同様のあまり脚をもつれさせて尻餅をついた。

今だ、とオモダカはゴーゴートの角を軽く叩く。ゴーゴートは心得たと言うように頷いて、前脚で急ブレーキをかけ下半身をグッと持ち上げた。オモダカは手綱の役割を果たす角から手を離し、跨っていた背中に両足を乗せてしゃがむような姿勢を取り、ゴーゴートが下半身を持ち上げるのに合わせて跳躍する。嘘やん、とハルト達と共にミライドンに三人乗りして、標的を追い立てていたボタンの呟く声が聞こえたような気がした。

オモダカの身体が高く跳ぶ。新体操のように身体を縦に一回転、右脚をピンと伸ばして鞭のようにしならせて、落下の勢いに任せて思いっきり標的目掛けて振り下ろした。所謂、踵落としである。

「観……ッ念ッ!!しなさい!!」

ドゴォッ!!と人が人を肉弾で暴行したにしては鈍い打撃音が鳴って、首領と思われる男の顔面が地面に叩きつけられた。



朝日が昇り、ヴァルキュリアの眼に光が還る。

光のヴェールに包まれた大地の中心の霧は、時の果てまで溶けて行く。


呼び出しに来たのだろうアオキのウォーグルに先導されて、二台のスターモービルがオモダカ達と合流した時点で、一連の騒動の根本的な元凶らの首領と思われる男は既に顔を打撲でパンパンに腫らして地面に転がされていた。おそらく複数人で袋にした上で、重点的に顔面を殴ったものと思われる。すぐそばでオモダカのゴーゴートが蹄で地面を引っ掻いて威嚇を続けているのが見えて、ハッサクはそっと心の中で両手を合わせた。こういう時に使う言葉が当方の方に確かあったはず。そうだ、南無三。

ミモザと共に此方側のキハダの看病をしていたナンジャモが般若の形相でスターモービルの荷台から飛び降りようとするのを、ライムと此方側のタイムが必死で止める。気持ちはわかるが、血の気が多すぎて怖い。お前そんなキャラだっけ、とライムは内心で疑問符を浮かべた。

「随分容赦なくいったな」

荷台から少しだけ身を乗り出して見下ろすコルサが言う。手を繋がれていた為一緒に荷台の縁まで来た此方側のハッサクは、眼下に映る光景に流石に血の気が引いた。誰もここまでやれとは言ってないが、かといって誰も止める人もいなかった。

「まだジャーマンまではやってませんよ」

ガスッ、と首領と思われる男の脇腹を踵で蹴り付けたオモダカが返す。キサマの力でやると首の骨が折れそうだな、と冗談なのかそうでないのか分かりにくい返しを貰って、オモダカは眉尻を下げた。当のコルサの意識としては半分くらいは本気。その後ろでポピーが罵声を浴びせながら男を蹴り起こそうとしている。それがトラブルが起きた時のチリを彷彿とさせて、ハッサクが眉間を指で揉んだ。

大人から多くを学んで吸収するのはいいが、学んではいけないことまで学習していることに関してどう矯正すべきだろうか。おそらく九割九分感染源だと思われるチリはといえば、無表情で一緒になって男を踏んづけている。あ、鳩尾に踵がクリーンヒットした。失神することも許されない首領と思われる男は、呻き声を上げてピクピクと痙攣した。

「とりあえず全員で一発ずつ殴ります?」

ひら、とオモダカがスターモービルに乗っているメンバーを招く。眉尻を下げたライムとコルサが目線を合わせて、ミモザのスリーパーを此方側のキハダの介抱のため残して全員でスターモービルから降りた。ハッサクが此方側のチリを抱えて降りてくるのを認めて、アオキは少しだけ眉を顰めた。

「此方のチリさんにはまだ負担がかかるのでは?」

「別に殴らせるつもりはありませんですよ。しかしかといっておいて行くわけにもいきませんですし」

「それはまあ、そうなのですが……」

「……チリちゃん、病人、ちゃうもん……」

「病人でしょう。実質」

ムス、と僅かに頬を膨らませて拗ねる此方側のチリに、アオキは肩をすくめる。精神の方が回復傾向にあるのはいいことだが、身体がすぐに着いてこられるわけでもないのだ。実際今の彼女は、車椅子に乗るか誰かに抱えてもらわなければ移動もままならない。

ゴッ、と音がしてアオキが振り返ると、既にハイダイとカエデが首領と思われる男を思いっきり蹴っていた。首の骨は折らないようにだけ気をつけてくださいね、などとハルトが木の枝で男を突っつきながら言ったのが聞こえた。そういう問題では恐らくない。

ぐぅ、と男が呻く。どうにか気絶も出来ず混濁していた意識を持ち直したようで、腫れ上がった瞼を無理にこじ開けた。

「ぐ……クソッ!よくもやってくれたな……っ」

「こっちのセリフなんよそれ。よくもこっちの世界のウチらとジムリーダー達殺してくれたなこの野郎」

「もっと言ってやれボタン」

スマホロトムのカメラで男の醜態を記録するボタンが冷たく言い放ち、それをペパーが煽る。ジムリーダーたちもハルトもネモも、力強く頷いた。それは本当にマジでそう。

ジャリ、とチリが靴底で砂を擦る。

「パラドックスポケモンが暴れてジムリーダー達が殉職したんは、そっちからしたら事故かもしれんけどな……ハルトたち殺したんは言い逃れでけへんで」

自らの手で破壊したオーリムAIから全てを聞いたチリは言う。ギロ、と赫い眼が鋭く細められて、男を見下ろし睨みつけた。

「自分らが何処でエリアゼロのタイムマシンとパラドックスポケモンの存在嗅ぎつけたんか知らんけどな、それらを手に入れようってだけの為に子供殺しておいて見逃される思ってんとちゃうぞボケナス。第一、自分らがいらんことせんかったら、このパルデアもこないに酷いことなっとらんねん……!!」

ガスッ!!とチリの右足のつま先が首領と思われる男の脇腹に突き刺さる。オモダカはチリの言葉に内心拍手を送りたくなった。割と真面目にそもそもの根本的な原因はコイツらのした"余計なこと"であるので。

「豚箱ん中で一生かけて償え。いいや、来世の人生全てかけて償え。こっちのアオキさんらと、ハルトたちの命の分だけ償えこのドクズが!!」

ゴガンッ、とチリのブーツの踵が男の額の皮膚を破いた。もう一撃、チリが足を上げて叩き込もうとしたのを流石にアオキが止める。それ以上は、別に構わないといえば構わないのだが流石に命に関わる。

全員で手分けをしてコルサのロープで男と、構成員たちを全て縛り上げて動けなくして、黒い方のスターモービルの荷台に乱雑に積み込む。最後の一人を放り投げたハッサクは、大人しくしているのですよ、と吐き捨てて構成員の一人を蹴った。

「トップ、スッキリしました?」

くしゃ、とポピーが小さな手で髪を掻いて問い掛けた。オモダカがグリ、と肩の関節を回して答えることには。

「まあ、そこそこ」

やり切った感のある微笑を浮かべて、オモダカは空を見上げた。


黒いスターモービルの、車の運転席に当たる席にオモダカは座る。赤いスターモービルにはそれ以外のメンバーが荷台に乗り、揚々とテーブルシティへ凱旋した。正門前まで辿り着くと、そこでは既に此方側のクラベ……もといネルケとレホール、装置を監視するために残っていたサワロが出迎えに来ている。

「ただいま戻りました、サワロ先生。それに此方の世界のレホール先生と……どちら様でしょうか……?」

困惑したオモダカの声を聞いた此方側のタイムが荷台から様子を伺う。そしてえぇ……と呆れの混じった声を漏らした。

「なんでまだその格好のままなんですか校長先生……」

「おっとタイム先生、オレの正体についてはお口にジッパーで頼むぜ」

ネルケはス、と右手で待てのポーズを取って、一拍置いてからリーゼントを整える。

「今のオレはネルケ。そういうことにしておいてくれ」

「は、はぁ……」

微妙に釈然としない顔のオモダカに、ネルケの隣に並んでいたサワロが申し訳なさそうに苦笑する。赤いスターモービルの荷台の縁から身を乗り出したハルトが元気よく、ただいまネルケ!と手を振った。その後ろで此方側のオモダカとハッサクが宇宙を背負って顔を見合わせていた。ネルケとは一体。結構本気で未知との遭遇である。

「ボタンさん、演算装置の計測器の数値を見るに、パルデアの地上に溢れたテラスタルエネルギーはほぼ使い切ったと言っていい。一先ず我が輩達が帰還する分はまだ残っているが……」

「あ、どうもありがとうサワロ先生。まあ、今は使い切ったって言っても、エリアゼロが健在な限りまたテラスタルエネルギーが地上に湧き出てくるとは思うんですよね。エネルギー濃度はそう遠くないうちにウチらの世界と同じ水準に戻っちゃうとは思うけど……こっちのクラベル校長……じゃないネルケ、暫く様子見してもらってもいい?」

「む、それは構わないぜ。どちらにせよ復興はまだ道半ばですからね」

「ボロが出てるぞ校長」

レホールが肩をすくめる。スターモービルの荷台からやり取りを聞いていたペパーも、うっかりちゃんかよ、と笑った。

スターモービルから全員下車する。気を失ったままの此方側のキハダをライムが背負って、ネルケに引き渡した。此方側のチリは、変わらずハッサクが背負っている。

「ベッドに寝かせてやってくんな。あと栄養あるもんしっかり食べさせて、身体が元気になるまでは安静に」

「わかりました。レホール先生、医務室にいるはずのセイジ先生に、ベッドの用意をして頂くよう伝えてきてくれませんか」

「隠す気本当にあるのか貴様。あともうワタシはアカデミーの教師ではないぞ」

やれやれ、とレホールはコートの襟を引っ張る。眼鏡を正して前髪を払い、すぐに戻るからな、と一言残して校舎の方へ走って行った。ネルケは眉尻を下げて、それでも貴女はオレンジアカデミーの歴史担当教諭ですよ、と独りごちた。

「じゃ、これ以上はボクたち過干渉になっちゃうだろうし、そろそろ帰ろうよ。帰る分のテラスタルエネルギーは残ってるってさっき言ってたし」

「過干渉に関しては今更な気もするんだい……が、確かにこれ以上は口出しも手出しも、オイラたちはするべきじゃないんだい」

グルーシャが頭の後ろで腕を組んだ。ハイダイもグルーシャの言葉に頷いて、アカデミーの方を見る。どっちにしろ自分達もアカデミーのグラウンドに行かなければならない。

「あ、ウチ色々後始末もせんとあかんわ。移動の合間に削除コード組んどきゃよかった」

しまった、と額に手を当てるボタンの肩を、ハルトがドンマイという意図で持って軽く叩いた。


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