再会の姉妹
世界を巻き込む大事件を起こした私は、厚かましくも生き残った。
ウタワールドでルフィに夢を託した私は……そのまま終えるつもりだった。最後に、ちゃんと自分が愛されていたとシャンクス達から教えてもらった私は、それで満足だった。
もう思い残すことは、なかった。そのはずだったけれど…。
アド。私のたった1人の妹。
私の大切な妹が、泣いていた。
昔から体が弱くてどれだけ熱を出しても、私達を心配させないよう無理して笑ってたあの子が、私にすがりついて泣いていた。
寂しいって、置いていかないでって。一緒に連れて行ってって。
12年ぶりに出会って、たくましくなったねって、もう私がいなくても大丈夫なんだねって、勝手に思っていた。
私のためにずっと無理してたんだ。
この子を、こんなに泣かせたのは私なんだ。
でも私はウタワールドの維持もできないくらい弱ってて、もう助からないと思ってたから……あの子にルフィの新時代を見届けてと言葉を残すので精一杯だった。
妹には元気に生きてほしいって、私の勝手なわがまま。アドを解放して私は永遠の眠りにつくはずだった。
でも私は生き残った。
聞けば、初めは私の思いを察して見守っていたみんなが……アドの名前を呼んで泣いてる私を見て予備の解毒薬を飲ませたらしい。それでもみんな死んだと思ったみたいだけど。
長い間生死の境を彷徨ってから、私は目が覚めた。
相当長く眠ってたらしく、起きた時には声も出ず寝返りすら打てないありさまだった。
ホンゴウさんの徹底的な介抱と、みんなの助けと、ラッキールウのご飯でなんとか回復できた私はいろいろと眠っていた間の話を聞いた。
ルフィが海賊王になったって聞いた時は驚いたけど、やっぱりねって思った。
なるってわかってたから……だから私にとっても大切な麦わら帽子を返せた。
再会したルフィは私を見てとっても喜んでくれた。
今でも私はこうして生きてていいのかなって思う時もあるけれど、その時のルフィの顔と強く抱きしめられた時の温かさを思い出せば、そんな考えも少し和らげてくれる。
ルフィにアドのことを聞いてみると、私が起こしたあの事件の後も生きていてくれたみたいだった。
ルフィが大変な時に現れて、いつも助けてくれたって感謝してた。
今どこにいるのかと聞いたら、わからないって。
ラフテルに辿り着いたルフィの、最後の戦いで会ってから、それっきりだって。
ルフィはそう言って「すまねェ」って私に謝ってきた。
謝るのは私の方なのに。海賊王がそんな顔するんじゃないぞって揶揄ってやっても、表情は変わらなかった。
多分私も同じ顔をしていたんだと思う。
それから再会の約束をしたルフィと別れて、私はシャンクス達とアドを探していた。
ビブルカードっていう、今どこにいるのか手掛かりになるものがあるらしいけれど、アドのものは無い。
エレジアでのライブの時、再会したアドに拒否されたらしい。赤髪海賊団にも戻らず、賞金稼ぎのまま生きるって言って……。
どうしてだろう。ううん、私のせい……だよね。
地道に情報を集めるしかなかったけれど、変な喋る鳥さんが有力な情報を持っているって接触してきた。
見返りに私が生きていることを全世界に知らせたいらしい。
シャンクス達は反対したけれど、私は同意した。インタビューにだって答えた。アドに会うためなら、なんだって。
モルガンズと名乗った鳥さんは、とある港町を教えてくれた。
つい先日、大きな海賊団の残党がそこを襲ったらしい。でも返り討ちにあった。その港町にいた賞金稼ぎが撃退したんだって。
その賞金稼ぎが、私とそっくりだったって噂が流れているって教えてくれた。
私とシャンクスは顔を見合わせた。
ベックはモルガンズさんからもっと詳しく話を聞いて、間違いないって判断した。音が消えたとか、蜃気楼とか、そういえばアドは不思議な特技を見せてくれた。『私の影響で出る音は全て消えるの術』だとかで、ピストルを撃っても何の音もしなくてビックリしたような……。
モルガンズさんにお礼を言うと、「クワハハハ!『奏でるは死の交響曲!海賊嫌いの歌姫が賞金稼ぎに転生!』よりも『生きていた歌姫!新時代へ捧ぐ歌声!』の方が食いつきが良さそうだ!」とか訳のわからないことを言っていた。
酷いことをしてしまったファンのみんな……私が生きているって知ったらどんな反応するのかな。
怖い……だけど、それでも、私はアドと。
……とにかくその港町にアドがいる。幸い今いるところからはそう遠くなく、数日で着くらしい。
アドがまだその港町にいることを祈って、私たちは海を進んだ。
船首で町が見えてくるのを待っていると、隣にシャンクスが来た。
あの頃と同じ、大きな手で私の頭をそっとなでてくれた。
安心して、思わずシャンクスに不安を吐露してしまった。
アドには会いたい。会って謝りたい。会って、今度こそ姉妹一緒に過ごしたい。
でも同時に怖い。感情の昂るままアドに酷い言葉を投げつけたし、ルフィにしたのと同じように傷つけた。
その上、最後は……それでもすがりついてきたアドを捨てて、私は逃げようとした。
そしてルフィの話だと、ずっと陰でルフィを支えていた。新時代の、ために。
私が最後に押しつけた、呪いの言葉のために。
さんざん酷いことをしておいて、自分はアドに嫌われるのが、面と向かって何を言われるかと考えると……怖い。
また2人でなんて、都合のいいことを考える自分を嫌悪する。
そんな話をしている間、シャンクスはずっと私をなでてくれていた。
吐き出して、覚悟を決めた私は到着した港町に降りた。
海賊達は海軍に突き出されたらしい。町の人は口々にこう言っていた。
『ここには蜃気楼がいる』って。
ベックの提案で、アドにはまず私1人で会いに行くことになった。
いくら娘でも、賞金稼ぎの前に四皇とその幹部が揃って出るのはまずいらしい。難しい話はよくわからないけれど、本当は私たちを2人きりにしてくれる方便なのかな。
町の人たちにバレないよう、大きなジャンパーを着てフードをかぶる。
もちろんライブの衣装とは違う。変装のためだ。
何かあれば駆けつけてくれるよう、シャンクス達は遠巻きに私を見守ってくれている。
そして得た情報をもとに、町外れの森の奥へ向かった。
森の中を歩いていると、何かが私の背中に当たった。
振り返ると、ピストルの銃口が目の前にあった。
咄嗟に歌って能力を使おうとしたけれど、声が出ない。パクパクと口を動かしても、歌うことができない。
「"凪(カーム)"……これで仲間は呼べないよ」
酷く冷たい声。もし私がただの海賊だったら、聞いただけで震え上がってたと思う。
賞金稼ぎ、"蜃気楼"の声。
「この間の海賊の生き残り……?誰から聞いたか知らないけど……よくここがわかったね」
でも私はこの声が誰の声か、わかってた。
「ルフィが作った新時代に……お姉ちゃんが託した新時代に……お前らは、いらない」
私はフードを下ろした。
その姿を、ちゃんと見るために。
「……え」
そこには、あの時夢の中で別れて以来の……私の大切な妹がいた。
「お姉……ちゃん…?」
震える声で、アドが私を呼ぶ。
ピストルが手から滑り落ち、地面に落ちてカチャンと音を立てた。
最後にウタワールドで出会った時よりも、アドの姿は小さく見えた。顔にもその時には無かった目立つ傷があって、私に近づいてくる足取りも、片足を引きずって酷く重い。
私は思わず駆け寄り、アドを抱きしめた。
「アド……ごめんね…ごめんねっ……!」
声が出るようになった。
なのに嗚咽が止まらず、ちゃんと話せない。
ただ妹を力いっぱい抱きしめて、すすり泣くことしかできなかった。
アドは震える手で私に触れ、確かめるように何度もさすってくる。
大丈夫。本物だよ。
ごめんなさい。置いて行こうとしてごめんなさい。
ずっと会わなくてごめんなさい。重荷を背負わせてごめんなさい。
たくさん酷いことをしてごめんなさい。
あなたを1人にしてごめんなさい。
アドはようやく私を抱きしめてくれた。
無意識なのか、あの術を使ったのか、アドの声は聞こえなくなってしまった。
けれど私の頰や肩に落ちる冷たいものから、アドも私と同じくらい泣いているんだとわかる。
また、泣かせてしまった。
酷いお姉ちゃんでごめんね。
それから2人でひとしきり泣いて、落ち着いてから私はあらためて生きていたことを伝えて、私がやったこと全部謝った。
アドは「生きていてくれたからいい」って言ってくれた。
「ルフィが新時代を作ったから、お姉ちゃんと会えたんだね」
そう言って笑ってくれるアドを見て、私はこの子がそのためにどれだけ頑張ってくれたのかがよくわかった。
怖かったけれど、アドに私が赤髪海賊団に戻っていること、近くにシャンクス達もいることを伝えて、一緒に来てくれないかと尋ねてみる。
アドはちょっとだけ迷う素振りを見せたけど、私をじっと見てから頷いてくれた。
また家族みんなで過ごしたいって、私の厚かましい願いを聞き入れてくれた。
「お姉ちゃんと、今度こそ一緒にいられるなら……」
私はまたアドを抱きしめて泣いてしまった。
こんな私が幸せになっていいのかって、自分を責める声が心の中から溢れてくるけれど、もうこの子から逃げたりしない。
それからみんなのもとへ私達は帰った。
アドとシャンクス達はちょっと距離を感じたけど、それも少しずつ戻っていった。
元通り、というわけにはいかないだろうけど、12年ぶりに家族に戻れた。
私が生きてるって世経の記事になったから、覚悟を決めて配信も再開してみた。
やっぱりいろんな声があるけれど、それでも多くの人達がまだ私のファンでいてくれた。
私の歌が聴きたいって、みんなが言ってくれた。
アドはかなり無茶をしていたらしい。
顔の傷や不自由な足は最後の戦いで負ったと話してくれた。
やっぱり私の言葉のために、新時代のためにアドは全てを捧げた。ルフィの前から去ったのは……見届けた後は、命を断つつもりだったから。
あの日私と会わなかったら、海に出る予定だったと言っていた。
私は残りの一生をかけてアドに償うつもりだ。
それに、12年間ちゃんとお姉ちゃんしてやれなかったから、たっぷり甘やかしてあげたい。
今からも一緒にお風呂に入る。私が洗ってあげるんだ。
近いうちにフーシャ村でルフィ達とも会う予定だ。
マキノさんや村の人達にまた会いたい。
また3人で、一緒に遊んで……。
あの頃みたいに……。
「お頭、ちょっといいか」
「どうした、ホンゴウ。ウタとアドは?」
「風呂だ。聞かれねェうちに、これを見てくれ」
「……アドの検査結果?」
「ああ。酷くやられてたから、徹底的に検査したんだ。外傷は残っているもののほぼ完治しているが……問題は」
「……なんだ、これは」
「呼吸器系や……他の臓器、ようは中身の方なんだが……あの町にあったアドの隠れ家を調べたら、これが出てきた」
「……」
「……あいつは治っちゃいなかったんだ。12年前、あの町が滅びるまでに、あいつの治療は間に合わなかったんだ。こいつは……猛毒と変わらねェ!アドはこんなもんを飲んで戦っていやがった!!」
「……お前の見立てはどうなんだ、ホンゴウ」
「…………これじゃ1年ももたねェ。死にかけの老人の方がまだマシな数値だ」