光のゆくすえ・終

光のゆくすえ・終

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「IFローにつけるアクセサリー(遺灰ダイヤ使用)をオーダーメイドしにいくIFラミンゴ」の注文を受けてた宝飾店のお嬢さんの話

前編→https://telegra.ph/光のゆくすえ-09-24




 そのお客さまが差し出してきた商品を見て、私は人生で二度目の「頭が真っ白」を体験した。


 一見さんだった。なのに彼は、私がかつてあるお客さまに仕立てた全てのアクセサリーをそっと差し出してこう言った。

「石だけ外して返してくれ。金属部分は、……すまないが、鋳潰して捨ててくれ」

 私の商品……作品を「捨ててくれ」と言われたのに微塵もショックを感じないほど、私は呆然とアクセサリー達を見ていた。


(このダイヤは全員人間だった)


 声が蘇る。あの日だけのセリフ、あの日以来何度も聞いた声。

 何度もいらしたお客さま。指輪とペンダントとブレスレットとアンクレットのサイズ直しを、ありえない頻度で依頼しにきたお客さま。

 私が細くしていった手枷たち。

 は、と吐き出した息は震えていた。几帳面に並べたアクセサリーだけを見ていた男は、きっと私の震えの気配で顔を上げた。

「……ドフラミンゴの相手をしたのは、あんたか」

 威圧感や脅しの気配は全く無かった。けれど、私にはもう、本当のことを話すしか道は残されていなかった。

「……はい」

「……このダイヤについて『説明』されたか」

 私は。

「はい」

 とうとう涙をこぼした。あっという間に全てがぼやけ、目の前の男の姿も涙に消える。

 入店してきた時に見えたのは、身長の割に痩せぎすの男。その指と長袖から見える片方だけの手首に、長く長く金属を身に付けていた痕。

 泣きながら指輪を細くした夜を思い出す。

 謝りながらネックレスを細くした夕方を思い出す。

 細まる全ては私をも締め付けていた。

 かの上客はもう数年姿を見せていないけれど、きっと罪悪感という名の見えない糸に、私はずっと絡め取られていた。

 涙があふれたのは彼の存在だけが理由ではない。

 ぱたりと一度まばたきして、晴れた視界にアクセサリーの全てを焼き付けた。

 五つ乗せたはずの指輪のダイヤは、たった三つになっていた。ペンダントの石は半分欠けて、ブレスレットは踏みつけたように歪んでいて、その他も、私が作ったままの姿のものは一つも無かった。

「ッ申しわけ、ありま、グズっ」

 言葉にするとまた涙が込み上げる。私に泣く資格なんて無いのに。

「すまねぇな。余計な気を揉ませた」

 それなのに彼は謝った。私はブンブン首を振る。しゃくりあげるのに忙しい私へ、彼は告解のように口を開いた。

「……弔いたいんだ。ちゃんと眠らせてやりてぇ。職人のあんたには悪いが、石だけでいいんだ。依頼できるか」

 私は乱暴に目をこすった。化粧は崩れただろうが知ったことか。

「おまかせください」

 まだぐずぐずに濡れたままの声を、目の前の彼は嗤わなかった。薄く隈の残る目の線を和らげ、健康的に焼けた頬を緩ませ、まぶしそうに唇がたわむ。


 それは私の夢だった。

 きらきら光るアクセサリーを見て頬を上気させ、宝石以上に輝き出すお客さま。

 初めは祖父の、次は母の背中を通して垣間見ていた私の夢。

「いいんです。あるべき姿であるべきところへ還るんです、きっとこの子達も喜びます」

 貴石を生まない私の島。私が生まれたこの島。宝物が羽を休め、装いも新たに巣立ち、かえっていくための場所。

 男は軽く目を見開いて、それから「大したタマだ」と軽口を叩いて微笑んだ。

 私はペンと紙を持つ。

 さあ、仕事を始めよう。

「お名前、よろしいですか」

 そして彼は短い名前を口にした。

 発音の少ない、だけどとても素敵な名前を。


♛︎






2022/12/10追記

同じ小説を2022.10.5. 20:07:10付けで「ぷらいべったー」に投稿しています。非公開です。

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