先生キス魔

先生キス魔



いつからかだろうか。

私の思考の枕詞に『先生』がつくようになったのは。


いつからだろうか。

報われないであろう恋慕の念を、先生へと向けるようになったのは。


……私は先生のことが好きだ。それは友人や同僚といった括りではなく、1人の男性として先生に恋してしまっている。

自惚れではないが、後輩たちからは気のいい姉気分くらいに見られていると思う。

だが私も1人の女だ。当番の日にはそれなりにおめかしをして、喉元まで出かかっている言葉を押さえながら先生と接している。


後輩たちの抱えているイメージとは真逆のような存在。それこそが私本来の姿なのだ。



━━━━ある夏の日の昼下がり。店の入り口の鈴が鳴る。


「いらっしゃい〜」


そう言いながら入り口へ顔を向けると、そこには意外な人物の姿があった。


"やあ、ルミ。まだやっているかな?"


そこには先生が立っていた。予想だにしなかった客人の来訪に、少し驚いてしまう。


「う、うん。大丈夫だよ。好きな席に座って」


そう言われると先生はカウンター席へと腰掛けた。

店は現在、先生と私の2人っきりだ。


「こんな時間にやってくるなんて珍しいね?」


"そうだね。ちょうど山海経に用事があって、せっかくだしルミの所でお昼ご飯を食べようと思ったんだ。"


「ふふっ そう言ってもらえるとなんだか嬉しいな。」


「…...先生がよければなんだけど、今新メニューの開発をしてるんだ。良かったら食べて見ない?」


"本当!?ぜひお願いするよ!"


「よかった。じゃあ作るから少し待っててね」


そう言って私は厨房でそそくさと料理に取り掛かった。

新メニューなんて言い方をしたが、その実以前から考えていた先生「だけ」の為の、精のつく食材中心のメニューだ。


手際よく料理をしていくが店のクーラーをつけているとはいえ厨房は蒸し暑く、汗が滲んでしまう。


次第に料理が出来上がり、先生のもとへ配膳した後、隣の席へそれとなく座った。


「はい。どうぞ」


"美味しそうだね!ぜひいただくよ!"


「うん めしあがれ!」


先生が手を合わせていただきますと言うと、すぐさま料理へとがっつき始めた。


"とても美味しよ!"


「ふふっ あんまりがっつきすぎるとお腹がびっくりしちゃうよ」


"あはは、こんなに豪勢な料理は久しぶりでね。"


━━━私の料理を食べている先生の姿に思わず釘付けになってしまう。

嬉々として箸を進め、食材を口へ運んでいく先生。私の目線は、手元から首筋、唇へと移ろいゆく。惚れた欲目なのか、はたまたありのままなのか。なぜだかいつも以上に先生の姿が魅力的に見えた…のだが


「先生、最近はちゃんと寝ているの?」


先生の目元には、大きな隈があった。


"…いや〜実は最近あまり眠れていなくてね。

たまってた仕事も今朝消化できた所なんだ。"


「そうなんだ…山海経で何か問題があったなら、私に言ってくれたら対処したのに」


"ありがとう。でも、生徒を頼りすぎるのは良くないからね。"


"それに、あまり生徒へ負担をかけたくないんだ。"


「もう…そんなんじゃいつか体を壊しちゃうよ?」


「それに…私も責任の重さも良くわかってるつもり。だからこそ、その重さも大変さも分けて欲しいんだ…」


"…本当にルミはいい子だね。私はそんなルミの優しさが好きだよ。"


思わず一瞬だけ心臓が早鐘をうつ。


この人はいつもそうだ。微笑みながら優しい言葉を送ってくれる。


……送られる側の気持ちもよく知らないで。


"さてと、ご馳走様。とても美味しかったよ"


「お粗末さま。少し休んで行きなよ」


"うん。そうさせてもらうね。" 


先生はお冷を飲みながら、ハンカチで汗を拭っている。


「クーラーの温度をすこし下げようか?」


"ああ、大丈夫だよ。食後で体温がちょっとの間上がってるだけだと思うから。"


……いつも目を見て話してくれる先生が、今日はなぜだか目を逸らしている。


そんな様子にすこしデジャブを感じて自分の体を見てみると、下着が少し透けていた。


恥ずかしい話だが、以前に似たようなことがあった時から下着を変えていた。前のような『もしも』があってもいいように。


先生はネクタイを少し緩め、シャツの首元をつかって煩悩を払っているかのようにパタパタと自分に風を送っていた。

なぜかその様子が艶かしく見えてしまい、目が離せなくなってしまう。


「…ははっ 先生、また私の下着が気になってるの?」


"!!"


"い、いや。そんなことは…」


「必死に目を逸らしながら言われても説得力ないよ?」


「それに、全然気にしていないって」


"だからそんなことはないよ…"


「ふーん? せっかくだし、もーっと困らせちゃおっかな…?」


先生との距離を詰めて、耳元でそう甘く囁いた。


"ちょ…!?ルミ、ち、近い…" 


汗ばんだ先生の首元からは、理性を、脳を絆してしまうような色香が放たれている。

思わず我慢ができなくなり、首へ腕を回して抱きしめてしまう。


"ル、ルミ!?いきなりどうしたの?

そ、それに…わたしの腕に胸が当たって…"


「ねぇ、先生。あたしはみんなの料理人で、厨房長で、商会長だけど…。

たまに、たった一人だけの…特別な何かになりたいと思うことがあるんだ。」


「だから先生、今だけは……ひとりの、先生だけの女として…私を見てくれないかな?」


"……ルミ、少し離れてくれるかな?"


━━━先生の声のトーンが下がった。

まるで冷水を浴びせられたかのように我に帰り、自分のしでかした事を一瞬で理解した。


先生に引かれてしまっただろうか?

気持ち悪いと思われたのではないか?

嫌われてしまったんじゃ?


「ご、ごめん先生 気持ち悪かったよね…

私もつい悪ノリが過ぎちゃったと言うか、連勤明けで疲れてるだろうに先生にこんな迷惑をかけちゃって本当にごめ…」


"ルミ。"


終わってしまった。私という女は本当に馬鹿だと思う。少し冷静になればこんなことにはならなかった筈なのに。


暑さからだけではない汗が出てくる。心底軽蔑されてるだろう。よくない考えが次々に浮かんできて、今にも涙が零れ落ちてしまいそうだ。


"ルミ。こっちを見て。"


そう言うと先生は、私の顎へ手を回し、顔を向き直させた。


こんな時でも、先生にときめいてしまっている自分が心底嫌になる。

先生は、今までにないよつなギラついた目をしている。


どのような仕打ちが待っているのか。諦めにも似た感情を決めた次の瞬間


━━━唇に柔らかいものが触れ合った。


理解が追いつかないまま固まっていると、再び唇が触れ合った。


ようやく私は現状を理解した。先生にキスをされているのだ。


「ん…んん…んぅ…」


容赦なく舌がわたしの口腔内へと入り、蹂躙していく。


先生を押し退けることも出来たが、わたしは既に悦びを覚えてしまい、無抵抗のまま快楽を貪り、貪られることを選んだ。


「んあっ♡……むっ♡……んむぅ♡…ぷはっ」キュンキュン


脳に電撃が走る。ただの接吻のはずなのに、下腹部が疼いて、身体が熱ってしまう。


「せ、せんせ、え♡」


"……"


「んぶっ♡…はっ♡、あぁ♡…っ♡」ビクンビクン ジュン


先生の情欲は留まることを知らない。

私はなす術もなく、海に漂う浮き草のように身を委ね続けている。


「せんせぇ、もっと♡」


私はこの状況に悦楽すら覚え、ただひたすらに先生を求め続ける。

外はすっかりと陽が傾き、蜩の声がこだましている。

2人きりの仄暗い店の中では、水飴のように甘い矯正が響いていた。



















 










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