先生のアビドス滞在三日間

先生のアビドス滞在三日間


Day1


「先生。いつもの、やってください♡」


“………他でアビドスサイダー買ってくるよ”


「ダメですよ先生。私のサイダーが一番甘くて美味しいの、先生もわかっているでしょう?ほら……お・す・わ・り♡」


“………わん”


「よくできました〜♡」



成人した大人が犬のように座らせられていて、そのまま頭を撫でられる。口では嫌だと言っていたが割とそこまで嫌というわけではないようで、なんだかんだ言ってハナコに頭を撫でられている最中、割と悪くないというようなリラックスした表情を浮かべていた。なんだか見てはいけないものを見ているような気分にさせるもので、浦和ハナコの親衛隊や先生を慕うアビドス生がこの場面を見てしまえばとんでもないことになるだろう。



「はい、先生。ご褒美の高濃度アビドスサイダーですよ♡ほら、お口を開けてください。あーん……♪」


“あーん……んむっ……っ……!”


「上手ですよ〜♪ほら、もっと、もーっと、たくさん吸ってください♡」



差し出されたハナコのホース。先生はそれを、まるで「良し」と言われた犬のように咥えて流れ出る液体を受け止める。乳のみ子もかくやと言わんばかりに溢れ出るサイダーを飲み込み、表情がどんどん変化していく。多幸感に飲み込まれて、気分がふわふわと高揚して、顔色が赤く染まり、瞳がとろとろになっていく。もう何度も繰り返した行為であるのに、先生は一向に慣れない。



「はい、おしまい。これ以上は先生がおかしくなっちゃいますから……♡」


“ぷはっ……ありがと……あまくておいしかった……”


「もう、呂律があやふやになってしまって。先生ったら……あら?」



これは一体どういうことだろう。ふらふらとした足取りながらも先生がソファに座り、左手でぽんぽんと自身の太ももを叩いている。右手はハナコを呼び招いているので、何かハナコに関係あることなのだろうか?

はて、先生にはもうおしまいと言ったのだからそれ以上のお代わりを求めるような人ではないはず。ならば何か、特別な作戦会議でもするのかと思い、自分の思考を冷徹に研ぎ澄ませながら近づいて……



“んぅ……こんどは、私の番。おいで、ハナコ”


「えっと……?私、そのような年齢では……それに私は今、再教育をする先生ですし……」


“ハナコは子供で私の生徒だよ。ほら、遠慮しないで”


「じゃあ、失礼します……ひぅっ!?」


“ハナコはよく頑張ってるね……よしよし。すごいよハナコは……たくさん甘えて良いからね……”



膝枕をされたハナコの頭に柔らかく、労わるように、ゆっくりゆっくり撫でていく。先程の色気が溢れた空気はどこかに消し飛び、一人の生徒を労る先生の優しさと、その優しさに甘える生徒の穏やかな空間が形成されている。先生の甘やかしが、ハナコの近頃の事態の変動からのさまざまな対応で疲れた心と頭に先生の労りの指と声が沁みていく。

なんだか眠たくなってきてしまって、非常によろしくない。先生に迷惑をかけてしまう。先生だって毎日の激務でお疲れなのだから、手を煩わせてはいけないのだ。そのためのご褒美なのだし。



「先生……もう、やめ……」


“大丈夫。寝てしまっても怒らないよ。ゆっくりおやすみ。いつもお疲れ様”


「先生は、ズルい、です………」






Day2


“よしよし。ヒナはアビドスに来てからも頑張ってるね……偉いよ……”


「ふふ。先生にそうしてもらえるとすごく安心する。今は砂糖も塩も摂ってないのに不思議。ね、先生。いつものして」


“うん、いいよ。………どうかな?聞こえてる?”


「うん。先生の音がして……すごく安心する……先生がいてくれる……」


“安心して甘えて良いからね”



先生の膝の上に乗っかって、そのまま抱きしめられている空崎ヒナ。けれど不思議なことに、インモラルな雰囲気は何一つ感じない。抱きしめられているヒナの表情も、抱きしめて心音を聴かせている先生の表情も、そういうものが一つも介在しないからだ。先生は慈しみの、ヒナは安らぎの、それぞれ、そのような邪念が何一つない、穏やかな雰囲気のまま今この瞬間を作り出しているから。アビドスに来てからも頑張りすぎるヒナには、これは何よりも効く癒しだ。



「ね、先生。これだけじゃ足りない」


“わかった。痛かったり、早すぎたら言ってね”


「………ふふっ。大丈夫。すごく安心するよ……」



とん、とん、すり、すり。ヒナの背中をゆっくりと、あやすように、労るように撫で、軽く叩いていく。人が安息を覚えるような、そんな絶妙なリズムと力強さで、ゆっくりとヒナをリラックスさせていく。これもまた先生の役目だ。これがあるからヒナはより頑張れるとも言える。



「もう良いよ。ありがとう、先生」


“こちらこそ。……もう寝ちゃうかな?”


「ううん。先生に“お返し”しなきゃ。そうだよね?」



その言葉を機に、空気は一転する。先程までののどかで朗らか。そんな様子はどこへやら。それをはっきりと物語っていたのは、二人の表情である。先生は労る顔つきからどこか緊張したものに。ヒナは安らぐ顔つきからどこか悪戯な顔つきに。



「いつもは機関銃でしょう?今回は趣向を変えてみたの。……ほら、拳銃。これでゆっくり、一発ずつ、色んなところに撃ち込むね」


“………また塩の弾丸?”


「ええ。本当は砂糖も使いたいけれど、ハナコがサイダーを先生に飲ませてくるんだもの。なら、私は塩を先生にあげないと」



艶かしく、首元に左腕を回す。そのまま右手の拳銃で首筋を撫で、おもむろに突きつけ、一発。射出された塩の弾丸は痛みなく先生の体に溶け込み、頭を冷静にすると共に多幸感を与える。先生の瞳が妙に据わりだしているのはその証拠だ。緊張で荒かった呼吸も落ち着いてくる。



「極度の緊張からのクールダウン。戦場でも使える手だけど、日常で使うとまた別になるの。とっても気持ちいいよね、先生」


“うん……っ、あ……”


「心臓。きゅーって冷えるけど気持ちいいよね。大丈夫、先生に耐えられる範囲で楽しもうね?返事は?」


“………はい”


「良い子……じゃあ次は……」






Day3



「うへ〜……動いてないのに暑いよ〜」


“お疲れ様。お水飲む?それともサイダー?”


「お水で〜……はぁ……先生は元気だねぇ〜。おじさん疲れちゃった……」



先生がアビドスに来てからはこんな感じの風景がずっと続いている。アビドスの生徒たちの諍いの調停を先生が務めてくれるようになったので、いくらか楽になったのだ。だからこんな風な、いつぞやの水着の時の冗談も言えるようになった。アビドスにオアシスがあればみんなで水着を着て楽しむこともできるのだけれど……まあいいや。今はこれで。もっと頑張れば良い方向に迎えるよ。



「………先生。今日は何か食べたの〜?」


“……おにぎり、かな?”


「お塩使ったの〜?」


“私、何もつけずに食べても美味しく食べれるから……”


「そうなんだ〜。……ね、先生。あーげる。頑張ってキャッチしてね」


“っっ!??あむっ”



なんだか最近、先生が塩飴を口でキャッチするのが上手くなってきた気がする。今もポイっと放り投げたのに上手く口でキャッチしてる。本当は喉に詰まらせかねなくてとても危険だと思うのだけど、なんだか先生はそんなこともなく口の中でコロコロと飴を転がしている。なんだか小動物みたい。私よりもとても大きいのに。



「………先生、おじさんちょっとミスしちゃって〜」


“どうしたの?”


「食べてたらわかると思うけど、それアビドス砂漠の砂糖も塩も入ってないんだよね〜」



わざとである。なんだか、ふと気になったというか、不安になったというか。先生がアビドスのこの毒に染まり切ったのか気になって投げてみた。しっかり中毒になった人たちは、アビドス生だろうがそれ以外だろうが、基本はアビドス砂漠の調味料を使っていない、普通の砂糖や塩の飲食物の味を美味しいと感じない。まずいと言うのだ。事実、私もそこまで美味しいと思えない。食べられないわけではないが、美味しくない。不毛に感じる。不毛なものを食べているときほど心も不毛になる瞬間はない。

だからきっと、先生もそうなのだろうと思う。これは心の問題ではなく身体の問題、味覚の問題だ。だからそうなって当然だし、何も恥ずべきことではない。ただちょっと、自分勝手な期待を先生に寄せただけ。先生は隠れて薬を摂取するのを回避してる、中毒になってない、強い先生なんじゃないかなって。だから……



“……美味しいよ?”


「………本当に〜?不味いのを美味しいって言い張ってるだけじゃないの〜?おじさんのことは気にせず言ってよ〜」


“ホシノが私のために手作りで作ってくれたものだもの。不味いわけないよ。そりゃあ、とんでもない悪魔的レシピで作ってたら別かもしれないけど……あ、もう一個もらえる?”


「──────はっ、ははっ」



そう来た、そう来たか。私が作ってくれたから美味しいというのか。アビドス砂漠の砂糖や塩が美味しいのは事実だろう。普通に作られたものならそれらを混入していない飲食物が不毛に感じるのは事実だろう。そしてこの塩飴も本来ならそちらに分類されるはず。

だがここに一点、先生の大事な生徒が作ったという要素が入るだけ。それだけで、先生にとっては美味しいのだ。生徒が先生のために頑張って作った、それが最高のスパイス。だから普通の調味料を使った塩飴でも、美味しい。だってこれは小鳥遊ホシノが作ったものだから。理屈はない。ただそうであるというだけ。それが先生としての生徒への愛なのだろう。愛が味覚を凌駕する。



「はい、もう一個。……うん、ナイスキャッチ〜。……ねぇ先生」


“どうしたの?……って、うわっ”


「お願い。ちょっとだけこうさせて。痛いかもしれないけど、ごめんね〜」



跪くように先生の前に崩れ落ちて、先生の右手を両手で取る。そのままぎゅっと握りしめる。先生の手は砕かないように気をつけながらも、溢れ出るこの衝動を解放する。

安心した。先生がいれば、私は悪でいられる。どうしようもない巨悪として、アビドスを盛り立てる存在として、私の仮面を被っていられる。先生がいてくれる。先生が寄り添ってくれる。私が先生を壊してしまったのに、先生はそれでも私のことを生徒として愛してくれている。これほどの奇跡は他にない。

この奇跡がある限り、私たちはどんなものにも負けない。カイザー?ゲマトリア?連合軍?そんなもの、すべて食い尽くしてみせる。だから、ねぇ、先生。



「先生。どうか私の手を離さないで。……ずっと、握っていて」


“………うん。離さないよ。先生はいつだって、ホシノの味方だよ”


「ふふっ。ありがとう。おじさん嬉しいよ」





────────嘘つき。いつかきっと、この手を離すくせに。私を助けるために、あなたはそうするくせに。


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