兄弟の盃とウタ
「えー!?兄弟の盃を交わした!?」
ウタの大声が森の中に響いた。『音楽家』を自称するだけあって、彼女の声はよく通る声であった。
「何それ!何で私も誘ってくれなかったの!?」
「いやぁ、それはその…だな」
「どしたウタ?何があったんだ?」
躊躇わずに詰め寄るウタに、サボはバツが悪そうに口ごもる。大声で騒いでいる幼馴染の声を聞いて、木材を運んでいたルフィが駆け寄って来た。ウタが騒ぎ立てるなか、エースは1人、黙って運ばれて来た木材の選定を行っていた。
ここはコルボ山の森林の中。エース・サボ・ルフィの3人は今、ガープから預けられている山賊ダダン一家から独立するため、住むための拠点を自分たちで作っている途中だった。この3人、先日『兄弟の盃』を交わし義兄弟となったばかりであった。
ウタは、かつて赤髪海賊団の船に乗っていた"音楽家"であった。現在は何故か理由も分からず船長『赤髪のシャンクス』にフーシャ村に置いていかれてしまい、現在はマキノの家に住んでいる。ルフィがコルボ山に預けられて以降、暇な時はこうして定期的に3人の所に遊びに来るのがお決まりになっていた。
今日も、その『お決まり』で3人の家づくりを手伝いに来ていたのだが…その矢先に今回の事実が発覚したのであった。
「ありゃ『兄弟』の誓いの盃なんだ、女のお前は入れねェよ」
「何それ!?ひっどい!男女差別!信じらんない、エースの鬼!!」
エースが『兄弟』を強調しながら嫌味ったらしく答える。その言葉にウタは更に憤慨した。
「ま、まあまあ落ち着けって…」」
「おー、何とでも言え。お前が赤髪の船長に置いてかれたのは同情するけど、おれはまだお前の事完全に認めたわけじゃねえからな」
「認めるって何よ!何であんたなんかに認められなきゃいけないのよ!私は赤髪海賊団の"音楽家"で、海に出たことないあんた達と違って航海の経験値があるんだから!」
「それでも戦闘した事ねえんだろ?だったら半人前だ!半人前の女が海賊だなんて、おれは認めねえ!!」
サボのフォローも無視して言い争いを続けていた2人だったが、やがてエースは作業に戻って行った。
「エース最低!悪魔!人でなし!」
「エースのばか!そばかす!」
「何でお前までどさくさに紛れておれの悪口言ってんだルフィ!!」
エースの態度に腹を立てて悪口をまくし立てるウタ。いつの間にか、何故かウタに便乗してルフィも自分に対して悪口を言っていることに気付き、思わずエースはツッコミを入れた。
「落ち着けってお前ら!エースも言い方ってもんがあるだろ?なあウタ、これには訳が…」
サボが騒ぎ立てる3人を諌めようと声を張り上げた事で、ようやく全員が口を閉じた。ようやくウタにフォローを入れようとするが、ウタは自分が仲間外れにされた事で完全に機嫌を損ねてしまったらしい。
「…サボもルフィもひどいじゃない、何で盃かわす時に私を誘おうって思わなかったのよ」
そう言うと、ウタは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
「お、おーいウタぁ、こっち向いてくれよぉ…」
「ふん」
ルフィが様子を伺う様にウタの顔を覗き込む。が、ウタはますます反対側を向いてしまうだけだった。
「あの盃は単なる兄弟の契りじゃねェんだ」
そんなウタに対しても、サボが諦めず説明を試みる。
「おれ達、どうも3人とも別々の船長になりたいみてェでな…たとえ別々の船出になっても、ずっと3人の絆を繋ごうって意味の盃だったんだよ」
「ふーん、私との絆は切れてもいいんだ」
サボの説明に対しても、ウタは拗ねた様に返す。
「そんなことねェぞ、ウタ!」
「いや、別にそういう訳じゃねェよ!だって…」
「だって?何よ」
拗ねた答えを否定しようとするルフィと、なんとか弁明しようとするサボ達をウタは横目で睨む。ルフィとサボの後ろで、エースはこちらを振り返る事なく適当な木材を見つけて長さの調節に取り掛かろうとしていた。
サボは、それを打ち消す様にある言葉を伝える。
「ウタ、お前は赤髪海賊団の"音楽家"で、赤髪のシャンクスの"娘"なんだろ?」
「!」
音楽家。
彼女自身が誇りを持って宣言する自分の赤髪海賊団における"役割"。
その言葉を聞いたウタは思わず反応し、サボとルフィの方を振り向いた。
「赤髪の船長に断りなく、"娘"のお前を勝手におれ達の"兄弟"にするわけにはいかねェからな。それは不義理になっちまう…第一、お前は"音楽家"だから船長になる気はねェんだろ?」
「う…まあ、そうだけど…」
サボの指摘に、ウタはたどたどしくも相槌をうつ。自分は赤髪海賊団の"音楽家"…それは間違いない。
「だから、お前はそのままで海に出れば良いんだ!どうしても乗る船が無かったら、おれ達の誰かの船に乗せてやるからさ!」
サボが努めて明るく、手を広げて言う。それに対してウタは特に反応しなかった。
「…とまあ、これがおれ達がお前を盃に誘わなかった理由だよ、ウタ…な、2人とも!」
「おう!そーいう理由だぞ、ウタ!」
「…………フン」
ウタから反応が無い事に焦ったサボは、何とか空気を肯定する雰囲気変えようと、ルフィとエースに同意を求めた。
だが帰って来た2人の反応は、ルフィは本当に意味を理解しているのか怪しい返答で、エースに至ってはこちらをちらりと一瞥し小さく受け応えただけであった。
しばらくウタは何も答えない状況が続き、ますますサボは焦る。…が、しばしの沈黙の後、腕を組んだウタはルフィに対して詰め寄りながら訪ねた。
「……ルフィあんた、本当にそこまで考えてたの?サボの言ってたこと、ちゃんと理解出来てた?」
「えっ、な…あ、当たり前だろ!ちゃんとわかってるよ!!」
「おい、ちょっ……」
ルフィがサボの話をちゃんと理解していないことを見透かしたかの様に、ウタはルフィに尋ねる。ウソが下手なルフィはなんとかごまかそうとするが、顔や態度に出過ぎていてまるで逆効果だった。それを見てサボはますます焦る。
「……ふーん?」
にやにやと意地悪そうに笑いながらルフィをしばらく見つめると、ウタは組んだ腕を解いて後ろに手を回し、3人に対して言い放った。
「…ま、分かったわ。今回はサボに免じて許してあげる。その代わり、どーしても乗る船が見つからなかったら、あんた達の船に乗せてよね」
最後の方はウインクしながら人差し指を立てて言うウタ。
「おう!もちろんだ!」
「あ、ああ!約束だ!」
「……」
ルフィはノータイムで即座にウタの希望を承諾した。サボはウタが機嫌を直した事に対して(良かった…)と心の奥底で安堵しながらルフィの承諾に続いた。エースは、そんな中でも特に反応せず作業を続けていた。
「なあウタ!おれの船にのってくれよ!」
「えー、ルフィは私より年下でしょ?年下の船長とか、頼りないからやだな〜」
「なんだよー!!」
ルフィの提案に対してからかいながら返すウタ。やがて、ふと思いついた様にこう呟いた。
「あ、でもエースの船だけは絶対にやだ」
「あァ!?」
ウタの言葉に作業の手を止め振り返るエース。彼は、ウタを認めてはいないものの、自分が舐められる様な態度を取られると敏感に反応するのだった。
「いじわるな船長の船なんて、ぜーったいにやだもんね!べーだ!」
「何だよ!!歌うしかできねェ女の音楽家なんてこっちから願い下げだバーカ!!」
さっきのお返しと言わんばかりに、エースに対して舌を出しながら言うウタ。エースもそれに負けじと言い返した。
「あーっ!また男女差別!!エース最っ低!!」
「フン、何とでも言えよ!とにかくお前はおれの船には乗せねェ」
「エース最低!!バカ!鬼!悪魔!」
「エースのあほ!そばかす!」
「だから何でお前までおれの悪口言い出してんだルフィ!!」
「おい、お前ら!いい加減落ち着けって!」
コルボ山に、4人の少年少女達の騒がしい声が響いた。