兄カルナルート、ドゥリーヨダナ成り代わりユユツルート

兄カルナルート、ドゥリーヨダナ成り代わりユユツルート


王宮には百の王子と一人の姫がいる。

王と王妃は健在で、王子たちは正しき道を極めるため、日々精進しているらしい。

ーーーあの日に起きたことは、全てがなかったことにされていた。

長兄には誰かが成り代わり、王妃として父の側に支える何がいるのだろう。

百王子の顔は良く似ているらしい。

ドリタラーシュトラの御者である養父のとこを考慮し、できるだけ仮面を着けて過ごした。ヴァスシェーナは残念そうにしていたが、兄のために、ここで終わる訳にはいかなかった。



時々、夢を見た。7つの頭の蛇の体の上で寝ている夢だ。蛇は此方覗きこむように見ていた。何度も同じ夢を見ていると途中から蛇が語り出す。神々の思惑、王宮の内情、正当なる王の後継、礼儀作法、なぜか棍棒術の真髄に至るまで、様々な事象を教えてくれた。蛇の夢を見る日はいつもの硬い寝台のはずなのに体は普段よりも軽かった。


王宮に前王の王妃と五王子が来た。それぞれ別の神子、半神であった。

カウラヴァは、正しき血統を歓迎するらしい。盲目の王から生まれた王子は祝福された後継ではないらしい。

御者の子として王宮には下働きとして出入りすることになった。百王子の長兄の顔を見たが髪の色以外あまりとは似ていなかった。




ヴァスシェーナはカルナと名を変えた。

その頃に王宮はドローナというバラモンを迎え入れた。全ての武術を極めた武人でありカウラヴァ、パーンダヴァ両方の王子が師と仰ぐと決めたそうだ。

カルナと共にドローナの元で武術を学んだ。カルナは弓、俺は棍棒術に適正があった。




王宮での仕事の休憩中に、形容しがたい鈍い音を聞いた。

宮廷の庭で菖蒲色の半神が仮面を着けた少年を見下ろしていた。

少年の左腕はあり得ない方向に曲がっていた。少年の後ろには同じような少年が庇われていた。

カルナのために、無視すべきだとわかっていた。でも自身の衝動は押さえられなかった。


「止めよ。」


半神の前に立ちはだかってしまった。


「なんだ?お前、百王子か?」


薄色の眼は逆光にあるというのに淡く輝いている。

純粋な人ではない、半神の証。


「ドリタラーシュトラ王ひちては百王子に仕える使用人でございます。パーンダヴァ五王子の御方。百王子に習い仮面を着けさせていただいております。つきましてはーーー」


五王子が王宮に住まうようになり、百王子の負傷が増えていたことに気がついていた。目の前の半神が原因であるということ、他の王族、使用人がそれを問題視していないことにも気がついていた。


「腕が折れているようなので、医療師の元にお連れしてもよいでしょうか。」

「今日の分が終わっていない。少し待て。」


半神は俺を一瞥して拳を振り上げ


「止めよ!」


どうして、仮面を着けていてもわかるほどの震えが理解できないのか。


「どうして、邪魔をする。」


「どうしてわざわざ暴力を振るおうとする!」


「俺は人より力が強い。兄弟たちは問題ないが人の王となるには力の加減を覚えるべきだと。」


民のためである。悪びれもなく半神は言う。

ヴァーユの子、風神の半神、人としてあり得ぬほどの怪力、大食らい、淡く発光する薄色の眼には骨を砕いたというのに何の罪悪も宿っていなかった。


「これは王族の決定だ。使用人が口を出すことではない。」


半神は正しい。正しいだろう。それでも骨を折られると痛い。直ぐには治らない。元のように戻らないかもしれない。暴力を片方が押し付けられることが許容されることは正しき者が行うことではない。


「これ以上は、死んでしまいます。」


凶兆の子を捨てたのだ。百王子は正しき存在となった。五王子も正しき王家として受け入れた。すでに代償は払われている。


「一つの肉から分かれ、元が一つしかないものが百に薄まり自我は長兄しかないと聞いている。」


なのに、どうして苦行を重ねなければならないのか。


「いいものか!薄くなった?自我がない?ふざけるな!」


自我がないものが震えるものか。他者を庇うものか。

背後の少年の仮面ををひっぺがす。以外と簡単にはずれた仮面の下の顔は、痛みに耐える、普通の人の感情を持っていた。ついでに庇われていた少年の仮面もひっぺがした。自分に良く似た顔で泣いていた。


「これが、自我がない顔か?」


どうして、そんなに驚いた顔をお前がするのだ。正しきことを、為している。さっきまで堂々としていたのに。


「正しき悪行を積むがいい。いつか、お前は怪力と大食いの咎めを受けるだろう。」


俺はお前が嫌いになったぞ、ビーマセーナ。





「貴方はスヨーダナ、正しき王家を導く王子。」


百王子の長兄として、この世に生を受けた。

弟たちは同じように壺から産まれたのに、どこか自分とは違っているように感じた。


「貴方は一つの肉から分かたれた最初の子。特別なのです。その分残りの99は薄まり存在が不安定なのです。仮面は存在を安定させるためのもの、外せば残ったものもどうなるかわからないのです。好奇心で外してはなりませんよ。貴方は王家を正しく導く先導者とならねばならぬのです。」


百王子というのにどうして自分だけが孤立しているように感じるのか、母の言葉を聞いても上手く理解が出来なかった。




弟たちとは成長してもあまり会話は成立しなかった。話しかけても聞こえていないように、反応がなかった。どうして自分だけが百に分かれたなかで意識を保っていられるのか、わからなかった。




先代の王の子が王宮に来た。五王子全てが半神、人の手の届かない存在だと一目でわかった。

百王子の長兄といっても特筆すべきことはない普通の人であることを子供ながらに理解させられた。


第一王子は法の神の半神、善き国を治めるだろう。

第二王子は風神の半神、その力により敵を打ち倒すだろう。

第三王子はインドラの半神、祝福された加護はどんな災いも討ち滅ぼすだろう。

第四、第五王子は、双神の半神、まだ幼いが人ならざる威光がある。


正しきを導く、それが自分の役目であれば、正しき後継である五王子を受け入れる、その王道を開くのが正しき行いである。

その為に同胞を差し出したとしても、得られるものが多いなら、特に問題はないと思っていた。




第二王子は怪力で大食いであった。

力加減がわからないらしく、弟たちで練習をしてもらうことにした。母は賛同した。

食事量が少ないとも申し出があった。弟たちの分を半分分けることにした。母も賛同した。


第二王子が弟と過ごすことで弟たちにも変化が出てきた。少しずつだが単調な言動しかなかったものが意見を言うようになった。よい傾向だが全ては正しき王家を導くためだと説くと弟たちは納得してくれた。


ある時、第二王子から練習は十分であり、食事についても大丈夫だと申し出があった。

弟たちは半神の役にたった。弟たちも満足だろう。




カウラヴァが正しきものになるために、百王子の長兄として努力を惜しまなかった。周りもそう認めていた。なのに、どうしてーーー



「スヨーダナ、お前、本当に百王子の長兄か?」


どうして当たり前のことを聞いてくるんだ、第二王子ビーマセーナ。


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