兄カルナルート 御前試合編その1
青天の霹靂とはこのようなことをいうのだろうか。
「お前の出来ることは俺にも可能だ。アルジュナ、俺と勝負しろ。」
神聖なる御前試合に飛び入りした、赤と黄金の鎧を纏った白い男は弓をつがえてそう言った。矢は標的を的確に捉えていた。
「王族であれば、参加を認めよう。何処の国の王か、名乗りなさい。」
「王族が負けることを恐れるか。」
「カルナ、そいつは御者の息子だ。実力はアルジュナと同等と言っていいだろう。」
王ではないとドローナ師が言った。恙無く演舞も終わりに近づいていたというのに、平民が、王子の晴れの舞台を汚すとは。叔母上の顔色も悪くなってしまった。平民は作法も知らないのか。
「なんだお前、平民風情がアルジュナに殺される価値があるとでも思ってんのか?」
「ビーマ、抑えなさい。よいですか。王族以外のものが王族と戦うことは出来ないのです。」
ユディシュティラが厳かに平民を諭す。ここは御前試合。王族が権威を示す場なのだ。
「法の元にそう決まっているのです。立ち去りなさい。我々は民あってのもの、寛容を見せましょう。」
ユディシュティラらしい慈悲であった。正しく王の器、クルを引き継ぐ法の神だ。
「遺憾である!!」
かん高い、声変わり前の少年の声。白い男の隣の仮面を被った子どもの声であった。
「貴方達は王族ではないでしょう。民には民の在り方があるのです。慎みなさい。」
「では王族の寛容で俺の兄様の力を示させては貰えないものか?」
「何故、その必要がありますか?今は王族の場です。」
「何故?見てわからんのか?此れがどうして普通の人であるものか。黄金の鎧と耳輪を持ってして生まれる偉業を成したもの。恵まれた体躯に太陽神の加護を強く持つもの。」
子どもの訴えに同意するかのように、黄金の鎧は太陽のように煌めいた。
「かつて神代にて太陽神は雷神に敗れた。パーンダヴァ第三王子は雷神の半神、カルナは太陽神の依代である。これは、新たな神の写し身による神代の再現である!」
神の名を驕るか、愚かな子どもだ。そんな戯れ言を誰が真に受けるというのか。
「この男はただ一つの国王の器にあらず。世界をも欲しいままにする値打ちあるものである。空いている王座など、有るであろう。王位を賜る神性は十分に持ち合わせている。そんな甲斐性もないとは、クルの王家も堕ちたものよな。」
子どもは、言ってはいけないことを言った。王家は正しき血統を迎え、この瞬間ほど正しくあることはないというのに。
「ユディシュティラ、ここは我ら百王子に任せていただきたい。」
諭そうとしたユディシュティラには悪いが侮辱には制裁を与えねばならない。あれは、許してはならぬものだ。
「私は百王子長兄スヨーダナ。王家を侮辱されては私も子供の戯れ言と見過ごすことはできない。」
ここで潰さなくては、あの白いものごと、消さなければ、いけない。
「これは、決闘ではなく子供の悪戯に対する罰である。問題はない。やれ、弟よ。」
小さい方の獲物を見るに棍棒術の使い手なのも都合がいい。百王子の得意も棍棒術である。平民を正すのも王家のため、致し方ない。
「「・・・」」
「加減はするな。百王子として正しきを導くがいい。それが百王子長兄の意思である。」
「兄様は下がっていてくれ。俺だけでいい。」
「任せよう。」
白い方が下がる。小さい子どもが相手とは、なめられたものだ。
「お前たちは、それで、よいのか?」
「「・・・」」
「そうか、来い!」
子どもも中々に棍棒術を学んでいるようだったが弟たちの打撃をいなすことしか出来ないようだった。
「口だけだな。いなしているだけで勝てるとでも。」
「・・・良く見てみろ、あいつ、一歩も動いてない。」
「動けないの間違いだろ。」
一度でも打撃が入れば骨でも砕けるだろう。本当に愚かな子どもだ。法を犯すことの重要さをこれでわかればいい。
「おい、早く片付けろ。」
「弱者は黙れ。」
白い方が此方を見る。
「・・・あいつ、強いな。」
「ええ、兄ちゃん。派手ではありませんが技量、技術の方が素晴らしい。」
「は?」
百王子の棍棒術があの子どもに劣っていると言いたいのか。
「良く見ろ。いなしてるだけじゃねぇよ。勢いをそのまま相手に返してやがる。強く穿てば自分に戻ってくる。」
力は受け流され返す要領で反されている。いなして返しているのだ。切り崩すことが出来ずに返された打撃の何発が弟の仮面を掠める。
「「ああ、邪魔だ!」」
ずれる仮面を外そうとした弟に思わず声が出る。
「止めろ!!」
私の声が聞こえているはずなのに、弟は仮面を脱いだ。その仮面はお前たちの精神を守るもので、外せば直ぐに魂が希釈されてしまうのに、そう教えられているのに、どうしてその顔はそんなに楽しそうなのか。
「もう止めろ!!早く仮面を着けろ!聞こえないのか!おい!」
長兄の言うことを聞いてくれ。弟たちよ。
「大丈夫か?」
「ああ、ビーマセーナ、頼む弟を、」
「終わったな。」
ビーマから視線を戻すと既に弟たちは地に伏していた。
「スヨーダナ、だったか?百王子の長兄よ。」
恐ろしい怪物に見えた。半神ではない、ただの人の身に見える。仮面に遮られていても怒りに満ちていることがわかる。
「まさかとは思うが、こやつらの名前を知らんとは言うまいな?」
「弟たちは、弟たちだ。他にどんな認識の仕方があると言うのか。」
百王子は長兄である私を頂点とした一つの肉なのだ。頭の意思がすべてなのは当たり前のことだ。
「兄の風上にも置けんな!弟はみな同じ?同じなわけなかろう!馬鹿か!」
「当事者でないお前には解るわけがない。我ら一より分かれし百王子。一の肉と魂が分かれ希釈されたのが我が弟たちである!」
そう、我らは元々一つ、お前に我らの何がわかると言うのだ。
「元が一つというのであれば、お前の弟はかつて無用の暴力に曝されていたが、お前も傷ついていたのか?」
「そんなわけないだろう。弟にそんな感情はない。」
一から分かれた筈なのに、兄弟としてあれたことはない。我らは本質的に一つなのだ。弟は感覚のない手足、正しき王家を導くための敷石なのだ。
「お前はお前の肉を傷つけられてもよいのか?」
「弟たちが正しさの元に捨て石となったとして、何が問題なのだ?」
これは、正しいことなのだ。国を導く私の最善である。どうして国民であるのにわからないのか。どうしてそんなに怒ることがあるのか。
「肉と魂を分けた弟たちが傷つくことを善行とするお前が王として認められるものか!スヨーダナ?大層な名前だな!!名前負けしすぎではないか!!この悪い男が!うわっ、」
「ビーマ!やれ!!」
いつの間にか回復していた弟たちが、上半身と下半身をそれぞれ背後から押さえ込んだ。白い方は別の弟たちが立ち塞がる。
一陣の風というには強い、嵐の化身が反逆者の前に立つ。
「言いてぇことはそれだけか?」
半神の手が仮面に手をかかる。小さなからだでは弟二人の力には及ばない。彼の兄も嵐には間に合わない。
「顔すら見せない奴の兄にアルジュナと戦って死ぬ資格はねぇな!」
軋む音は一瞬で意図も容易く仮面が割れる。子どもの長髪が風に煽られる。競技場に死角はない。
その顔は弟たちに良く似ていた。
スヨーダナ(ユユツ):なにも知らなかった長兄(仮)。彼が悪いのではなく教育したものが悪いのです。黒幕がぜーんぶ悪い!
話せば話すほど周りの印象が悪くなるのも黒幕のせいです。
兄様カルナ:身長は伸びた。素カルナより12cm位高い
弟ヨダナ:食育には成功した。
クンティー様:気絶しそう。
余談
カルナ語録
弱者は黙れ。
→戦況もわからず弟の素晴らしさも棍棒術の熟練度もわからないのですね。残念です。いいから黙ってろクソが。