兄カルナルート 御前試合4
御前試合に乱入された時はさすがに心がざわついた。だが彼の足を見ると不思議と心が静かになった。母をみてわかった。彼の足は母に似ていたのだ。
「まさか私に兄が出来るなんて思ってもみませんでした。カルナ、貴方を歓迎します。」
五王子の王宮の一室、パーンダヴァの青を抱く姿は王族に相応しい姿と思えた。夜でさえその輝きは押さえきれていない。太陽神の神性がそうさせるのだろうか。
「不要だ。」
不満そうにしていると、拗ねた弟と重なってしまう。母を盾に連れてきてしまったからだろうか。彼の弟、百王子の長子と離してしまったからだろうか。両方だろう、と一人理解する。
「弟を返せ。俺が母の未婚児であることは問題だろう。火種になることは必須、弟さえ返してもらえるなら、この国を出よう。」
「いいえ、私たちは、貴方も貴方の弟も歓迎します。」
争うことは意味がない。同じ王族、実力は示された、何も問題はないのだ。あの子も百王子を相手取るだけの実力は備わっている。喜ばしいことだ。
「私たちには貴方も貴方の弟と必要なのです。」
私たちはお互いに手を取り合うことができる。そう信じている。カルナの表情は変わらない。
「・・・私たちが信用できませんか?」
「俺を兄だと断定できる理由はない。この鎧の色もただ青いだけだ。お前の兄の証明にはならない。」
「いいえ、カルナ、貴方は私の兄。母が認め、私が認めた。それ以上の説得力はないのですよ。」
たとえビーマやアルジュナが貴方のことを兄としなくても、私が貴方を兄であると確信した。共にあるための手を考えよう。
「カルナ、私の兄に私ができることを提案しましょう。」
あの子の言うとおりにするのは少し卑怯かもしれないけれど、カルナの出生に問題があるなら引き上げればいいのだ。
「アンガ国の王位を貰ってください。政は私の政務官を派遣しましょう。兵力ならビーマやアルジュナが手を貸すでしょう。もちろん貴方の弟を連れていっても誰も文句は言わせません。」
「・・・いいのか。」
「ええ、問題ありません。」
貴方が王族になることでカウラヴァとパーンダヴァが繋がる。願ってもないことだ。
「政についてはいいが、あの暴力的な男は領地にいらん。」
「身内には優しい男ですよ。」
百王子の長子についてはビーマも一枚噛んでいるだろう。気に入らないのがわかる。半神しか周りにおらず、力加減がわからないただの子どもだっただけで、本来は慈悲深い男というのをこれから知ってもらいたい。
「ここにはヤブ医者しかいないのか。」
「赤子の頃に寅を絞め殺していますからね。肉体言語の方が得意かもしれません。兄弟喧嘩くらいなら、許可しますよ。」
やっと兄の表情が緩む。カルナであれば、ビーマも力加減を気にせず小競り合いもできるだろう。
「百王子の偽りの長兄についても、彼が私たちを気遣っていたことは事実です。私の秘書として雇用しましょう。落とし所ではないでしょうか?」
カルナの身分の保証、あの子の待遇の保証、百王子のフォロー。他に彼が望むものはあるだろうか。
「アンガに連れていく分だが、ドローナ父子もよいだろうか。」
「ドローナ師ですか、確かに軍事の補強は大事でしょう。こちらとしては惜しいですが、カルナ、貴方の信頼のため私はそれを許しましょう。」
「誰にも文句は言わせないか?」
「ええ。」
「現王の長兄を連れていくことになるが。」
「ドリタラーシュトラ王が病に伏せる今、既に政は私とバラモン、そして彼が王の言葉を代行していました。彼はおそらく王の庶子でしょう。実子たちが健在であることは親としても喜ばしいことだと思います。」
決定的な不和も、大きな戦争も私たちには必要はない。こうして共にあることができることは奇跡、どうしてかそう思ってしまう。
「アンガ国の王とならなくても六王子として私たちと百王子とともにあることも選択肢にありますからね。」
「・・・承知した。」
「あと弟さんについてはなるべく明日の謁見まで百王子もビーマも接触しないように取り計らっています。安心してください。」
「痛み入る。」
「まだ夜はあります。カルナ、貴方のことを、聞かせてもらえますか?」
少しずつ、貴方と、貴方の弟とも、家族になれるでしょうか。
一人、眼が覚める。平民には過ぎた寝台、天蓋から薄い布が何重にも覆っているお陰で朝日は柔らかな光となっていた。体が重い。ここは百王子の王宮の一室。風呂に突っ込まれたと思ったらそのままこの部屋に閉じ込められた。カルナは来なかった。
「スヨーダナ様。湯浴みの準備が整いました。」
「・・・わかった。」
いくらカルナでもクンティーとユディシュティラが引き留めれば王宮を抜け出すことはできなかったのだろう。
白と青で仕立てられた服は金糸で細かい刺繍か施されていた。布地が多くて少し動きづらい。伸びっぱなしだった髪は整えられ、肌も磨かれた。体はまだ重い。
「スヨーダナ様をお連れいたしました。」
豪奢な扉が軋みもなく開く。カルナ、ユディシュティラをはじめとした五王子前王妃クンティー、百王子からはドゥフシャーサナとヴィカルナ、後は知らない顔が並んでいた。王はこの場にはいない。カルナの存在を確認すると少し息が楽になる。
「兄上。こちらに。」
少し不機嫌そうなドゥフシャーサナが、右手を引く。アシュヴァッターマン以外に兄と呼ばれると少しくすぐったい。
「改めてまして、私はユディシュティラ、パーンドゥの長男です。スヨーダナ、貴方が百王子の長子として私たちと友好を持ってくださること、ありがたく思っています。」
カルナの後ろにはクンティーが控えている。小さくカルナが頷いた。
「・・・寛容な対応を感謝する。」
「私たちもう敵ではないのです。カルナとも昨日話しましたが、カルナにはアンガ国の王位についてもらいます。貴方さえよければ、アンガ国をカルナと共に治めていただけませんか?」
「兄貴!それはっ」
「ビーマ、私が話しています。今は黙りなさい。」
いつもは無造作にしている髪を束ね、礼服を来ているからか、不服そうに歯を食い縛るところが弟みがあって少し懐かしい。狼にもそんな顔ができたとは知らなかった。
「政は私の方から優秀な政務官をお貸しします。私ももちろん頼ってください。軍事についてはドローナ師と懇意にしているそうですね。クル国としては惜しいですが共にアンガ国への出向を認めます。もちろん必要であればビーマやアルジュナの助力も惜しみません。」
ドローナ師についてはカルナの発案だろう。アシュヴァッターマンに怒られなくてすむ。
「名もなきドリタラーシュトラ王の庶子についてですが、私たちをクル国の王として迎え入れていただいたことは確かです。新しい名を与え私の政務官として起用しましょう。これまでの功績としては妥当でしょう。」
正しき行いには正しさで返す。これが正当な慈悲をもつ次代の王。
「百王子についても私はアンガ国とクル国の移動を制限しません。」
許容と寛大さまで持ち合わせている。
「いかがでしょうか。」
真っ直ぐに、俺を見ている。王としての素質は素晴らしい。真っ当な、落とし所だ。扱いの難しい長兄同士を一つに纏めて管理することは理にかなっている。カルナと共にありたいと思う気持ちにも寄り添っている。本気でユディシュティラは俺たちに和睦を申し出ている。
それでも思う。カルナを王としたのは、カルナがユディシュティラの兄だからだ。俺をカルナと共にいることを認めたのは百王子の長兄だからだ。ドローナ師の同行を認めたのは張りぼての王を守るためだ。王に引き立てるのであれば、最初からやっている。カルナがユディシュティラの兄でなければここにカルナはいない。正しくあれないもののことは考慮されていない。
「ユディシュティラ、我らは二つほど、その提案に反対せざるを得ない。」
ユディシュティラの視線を遮るようにドゥフシャーサナが前に出る。
「なんでしょうか。」
「一つ、百王子長兄スヨーダナを貴殿の兄に任せることはできない。我らの兄である。勝手に駒にされては困る。」
「ドゥフシャーサナ、ヴィカルナ。百王子を代表しての言葉ですね。ですがカルナとスヨーダナ、二人はお互いにかけがえのない存在です。何よりスヨーダナがカルナと共にいることを望んでいます。百王子の長子の願いを聞き届けるのも弟としての役目ではないでしょうか。」
「・・・二つ、我ら百王子は百王子長兄であるスヨーダナを偽った者を許す気はない。我らを抑制した報いは受けるべきだ。」
「ええ、わかりますとも。彼もそのままでは私の側にいるのは辛いでしょう。百王子が仮面を着けていた年数の同じ年数分、彼にも仮面をつけてもらいましょう。気になるなら生活区間を分けてもいいと思っています。」
「我らとしては顔も姿も見たくはない。我らの受けた身体的損失はどうする?」
「彼は政に関しては優秀なので出来れば損なうことは避けたいところです。もっとも彼については情状酌量の余地があります。彼は本当に何も知らなかったのです。周りの言うがままに正しさを通そうとした、それだけなのです。罰せられるのであれば彼に偽りを教えた存在です。だいたい検討もついているのでしょう。もうすぐドリタラーシュトラ王と本人が来ます。直接聞いてみましょう。」
「いいやドリタラーシュトラ王と王の長男ドゥリーヨダナはここには来ない。」
扉が豪快に開くと同時に壮年の男は高らかに宣言した。
「シャクニ、貴方の入室は許可していません。」
「いいだろう?俺は百王子の叔父だ。正当な甥を保護する権利がある。」
左右の顔を非対称に歪ませて笑う。ヴィカルナが前に出る。
「シャクニ叔父上。我らが長兄は我らで責任を持つ。出番はない。」
「いいだろう別に。ああ、顔を良く見せろ。髪色は気に入らんが顔と眼はいいな。」
ヴィカルナを呆気なくいなして上から下まで見定められる。
「!」
「カルナ、抑えてください。」
カルナをクンティーが押さえた。それよりもこいつ誰のことをドゥリーヨダナと言った?
「なんだ、その顔は?お前があいつに言っただろう。悪い男(ドゥリーヨダナ)ってな。お前がスヨーダナなら、あれはドゥリーヨダナだ。」
「・・・王は、どうしました?」
「情でもわいたか?ユディシュティラ。大丈夫だとも丁重に我が家でもてなしている。ドゥリーヨダナも母親も百王子の姫も一緒だ。百王子の長兄もいれば王も喜ぶだろう。わしと来い。世界を賭けてみせるぞ。」
此方をみる眼は濁っている。生きながら死んでいるような、眼だ。生きながら地獄をみた眼だ。狂っている。
「いいや、無理だな。」
そこにカルナがいてはいけない。カルナがいないところに自分は行けない。
「住めば都、というだろう。」
「触るな、下衆が。」
「叔父上、戯れが過ぎる。」
「シャクニ、止めろ。」
シャクニの手が頬に触れる寸前で止まる。弓はシャクニの頭に照準を合わす。剣と槍はシャクニの喉元に触れている。
「おお、怖い。叔父だというのに、嫌われてしまった。」
オーバーなリアクションで手を振る叔父は人好きのする笑顔で言った。
「さて、本題だが、賭け事は好きだろうパーンダヴァ長兄よ、世界を賭けた勝負をしようではないか。」
悪意が笑う。
「わしが賭けるのはクル国の未来、厄災の魔性と大地の怒りを知れ!」
起こらないはずの戦禍を起こす。
「待っているぞ。わしの膝元でな。来なければ勝手に終末はお前たちの前に現れる。」
それは目覚めるはずのなかった魔性を起こすということ。
「早くこい。孵化してしまえば賭けなぞ成り立たん。パーンダヴァ長兄以外もどれだけ来ても構わん。先に行っておる。」
言いたいことだけを言って、シャクニは目の前から忽然と姿を消した。扉がもう一度開く。
「会議中、申し訳ありません。急ぎでお伝えしたいことがあり、無礼を承知で参りました。」
ドローナ師が異郷の者を連れてきた。
おまけ
夜間の攻防編
「お止めください。スヨーダナ様はもうおやすみです。」
「わかった、俺だけ入れてくれればいい。一番ましだと思う。」
「ヴィカルナ様、お控えください。」
「お前も百王子なんだよ!根っこは一緒だろ!ここは次兄の俺だろ!」
「ドゥフシャーサナ様、お引き取りください。」
「俺は同い年の従兄弟として色々話したいことがあってな、王子同士腹わって話したいんだわ。」
「ここは百王子の寝所になります。お帰りください。」
「俺にも辛辣だな。」
「俺たちにしてきたこと覚えてるか。」
「すまん。」
「とにかく、本日はスヨーダナ様にはしっかり休息をとっていただきます。」
「・・・壁ぶち抜くか?」
「直ぐ暴力に頼るのは良くないぞビーマ。」
「明日の謁見に、ベストを尽くすのが我々の仕事です。もしよろしければ明日のスヨーダナ様のお召し物の相談をさせていただきますが?」
「よし、今日は諦めよう。」
「ヴィカルナ、みんな呼んでこい。」
「俺もいいか?」
「ビーマ様はもう遅いので五王子の王宮へ戻られては?」
「どこだ?衣装室は?」
百王子とビーマは仲良く衣装室で一晩過ごしました。
頭の悪い闘い編
「おい、ビーマ、まさかその青いやつを着せる気か?正気か?」
「青のどこが悪いんだぁ?ごらぁ!」
「頭パーンダヴァか?カウラヴァの長兄だぞ!赤に決まってんだろ!」
「赤にも色々あるし、でも濃い桃色(カルナのもふもふ色)は止めとこ、何か嫌だ。」
「赤紫系統にしよーぜ。」
「それじゃお前らに埋もれるだろ。青にしろ。」
「赤系統だわ。」
「・・・よぉし、暴力で決めようぜ!」
「おいおい、ライチをどれだけ弾けずに剥けるかにするとか言えんのか。」
「ケンカ売ってるよな?」
最終的にドゥフシャーサナとヴィカルナとビーマの案件が残った。
「・・・カルナは何色を着るんだ?(首かしげ)」
「んん、青色ですね。これにします?(ビーマ選択)」
「・・・カルナと似たやつがいい。」
「いいですよ!探しましょう!!」
結局使用人が納得するものがなかったので使用人が可愛いのを勝手に選びました。男?ちゃんと男性用ですよ、かわいいは正義で押しきられました。
百王子の王宮にて使用人と身仕度編
贅沢に豊かな湯が溢れている。薄手の湯浴着を来た少年を女性の使用人たちが追いたてていた。
「ひっ、く、くるなぁ!や、一人でよ、できるから触るなぁ!」
不意に一人が腕を掴むとあれよあれよという間に湯船へ運ばれる。
「仕事なので、お任せください。」
「兄様っ。」
「カルナ様はユディシュティラ様とクンティー様と一緒におられます。安心してください。とびきりに仕立てますので。」
「い、いらん!俺は、使用人で、男、だぞ!」
「大丈夫です、事情は全て聞き及んでおります。あ、髪は洗った後少しだけ揃えますね~。」
「俺がぁだいじょばないぃぃ!」
「大人しくしとけば早く終わりますよ~。頭濡らしますね~」
「た、助け、てぇ。」
「他の方々はお召し物の選定中です。血を血で洗う闘いの最中なので、来ませんよ~。」
「ひぅ、も、もういいだろ。昨日も入った!」
「昨日はただの埃落としですので。あれを入ったと言われましても困ります。」
「ひぃ!も、揉むなぁ!離せっ!」
「いいから黙ってケアさせろ!素材が極上過ぎるんだわ!」
「本性を出したな!というか俺はこんなことされる身分ではなーい!」
「?(何を言っているんだという顔)」
「(絶句)」
ユディシュティラ:いい人。ドローナ師と同じ勘違いをしている。ドローナ師の勘違いはもうとけてる。
百王子長兄:顔と眼の色は母親似。