兄カルナルート 女神魔性転生 クルクシェートラ 4
戦車は走る。風は生暖かい。
「スヨーダナさん、アーユスさん、どっちで呼べばいいですか?」
マスターと呼ばれる魔術師、藤丸立香は親しげに話しかけてくる。
「どちらでも。敬称はいらん。」
「うーん、アーユスでいいかな?」
「ビーマとドゥフシャーサナ、ヴィカルナの前ではスヨーダナの方がいいだろう。そうでなければアーユスでいい。」
カルデア、人理を守るため地域、伝承問わずに様々な勇士が集う場所。一人の英雄でもクラス違い、年齢違い、性別まで変わるものもいるらしい。オルタナティブという反転体もいるそうだ。
「・・・俺も、いるのか?」
「ちょっと複雑ですが、います。」
「そうか。」
ここは特異点。どこかで間違った世界。ドゥリーヨダナという名を聞いたとき、既視感を覚えた。ドゥリーヨダナは、おそらく他の自分の名なのだろう。スヨーダナよりも馴染みがある。
「どうして、戦いに行くんですか?」
「不思議か?」
「俺の知ってる貴方は、違う方法を選ぶと思って。」
本当に疑問に思っている顔だった。
「いや、そうではないな。放っておいても終末は来る。シャクニは嘘を言っていない。なら、待っていても仕方ない。ユディシュティラが行くのは負けが確定する。条件を満たすのはカルナしかいない。カルナが行くなら俺も行く。それだけだ。」
カルナが嘘だと言っていない。シャクニは嘘を言っていない。俺がどの自分であっても自分以外に託すことの出来ないことは自分ですると確信できる。
「王宮で待っている選択もあったんじゃないですか?」
「ないな。それも負けが確定する。」
待っているのはシャクニ、ガーンダーリーを騙る女、ドゥリーヨダナ、そして、妹。シャクニが指名したのはパーンダヴァの長兄だが、俺にも遠回しに来いと言った。それはシャクニにとって俺が必要だからだ。
「お前の知ってる俺は、負けることが嫌いだろう。負けないための努力は惜しまない男だろう。」
この世界では、カルナが生きていける。長い叙事詩、どれだけの人間が死ぬのか、誰が死ぬのか、誰が悪いのか。悪いのはその名の通りドゥリーヨダナなのだろう。まつろわぬものの味方をするだろうと思う。凶兆なのだ、正しくあることなど求められなかったのだろう。その側にカルナとアシュヴァッターマンはいるのだろう。カルデアはいて当然と言う顔をしていた。そして戦禍で死ぬのだ。それは、本望ではないとこの俺は思うので。
「身内の後始末だ。勝算が一番高いのがこの選択だっただけだ。」
カルナが生きている、未来を守りたい。それが、母を失い、本来の立場を失い、親の愛情を失った故にたどり着いた自分なのだ。手を拡げる範囲は少なくて良くなった、一番身軽な自分なのだろう。
焚き火を囲む。食事はガネーシャ神が不思議な力では何処からともなくだしてきた。よく分からない料理もモーダカも旨かった。レシピを知りたかったが、ガネーシャ神本人にもわからないらしい。
「シャクニさんってどんなひとなんすか?」
「叔父上は母上やドゥリーヨダナの方がよく知っている。俺たちはほとんど交流はない。領地に引っ込んでたしな。」
「だが優秀なクシャトリヤだと。ありとあらゆる武器に精通していると聞いたことがある。」
ドゥフシャーサナ、ヴィカルナが続ける。
「シャクニは一族の生き残り、それで正気の一線は越えてしまった、らしい。詳細はわからん。俺もさっきが初対面だ。」
狂って領地に引きこもっていると聞いた。それを心配したガーンダーリー王妃が体の弱い百王子の姫を連れて見舞っていると。
「そう言えば、妹さんもガンダーラ国にいるんだよね。」
「妹?兄上にとってはそうだが、俺たちにとってはドゥフシャラーは姉だ。」
「兄上が夜に、ドゥフシャラーは朝日の祝福を得て誕生した俺たちの唯一の姉だ。」
「・・・え?」
カルデア側が沈黙する。
「・・・違うのか?」
「ええと、ドゥフシャラーは、ガーンダーリー王妃がやっぱり娘も欲しいと願って出来た百一番目の末っ子姫、なんですが・・・。」
どういうことだ。
「なんだそれは?俺たちの最後は男児だ。生まれた順番は間違いない。」
「情報を出し渋るでない。カルデア。」
凛とした声が通る。
「お前たちが一番知ってることが多いだろう。」
叙事詩が語る物語は俺たちに知りようのないこと、それを知っているのはカルデアだ。
「でもそれは、」
「全てを話す必要はない。大事なのは何が違うかだ。お前たちが知っている俺たちと異なるところはどこだ?」
「・・・スヨーダナが、凶兆として、捨てられたこと、カルナに拾われたこと、カルナがパーンダヴァとしてあること、カルデアのカルナより体格がいいこと。」
「あるではないか。では、何故そんな事態になった?」
本来はどうであったか。スヨーダナが百王子の長兄に収まっていた。それで今の関係となれたか。いや、無理だ。カルナの命がかからなければ母がカルナを息子と認めないだろう。そもそも凶兆の子が長兄として収まって、それで周りから迫害がないわけがない。
「スヨーダナが捨てられたから?でも捨てられることが終末になる理由がわからない。」
「わからなければ次だ。何故世界一長い叙事詩となった?」
ユディシュティラは怒っていた。今のこの状況があり得ないということだ。平和であれば物語は長くならない。不和、諍い、殺し合い、人の娯楽として消費されうる価値のある不幸が綴られたのだ。
「戦争が起きる。」
それにつきる。
「誰が起こした?」
俺たちがマハーバーラタの英雄としてカルデアにいるのなら。
「ドゥリーヨダナ。」
その名は悪い男だ。それが引き越すパーンダヴァとカウラヴァの対立に他ならない。
「シャクニは戦争を起こすつもりか?」
「カリがいる理由が説明がつかん。」
戦争を起こしたのはドゥリーヨダナ、シャクニの手持ちの駒はドゥリーヨダナだが、戦争を起こすのにカリは必要ない。戦争でないのなら何が目的なのか。
「あのドゥリーヨダナが必要な理由はわからない。」
今この状況で戦争は起こせない。戦争にはカリではなく国と人が必要なのだ。
「では置いておけ。マハーバーラタは戦争が起きて人が死ぬ。ただ人が死ぬところを面白おかしく書いた話か?ここは神も羅刹もいる、そいつらが関わっていない物語はおかしい。」
スヨーダナが俺を見る。ヴァーユの神性、兄はダルマ、弟はインドラ、双神の神性、自然現象から生まれる子供、一つから生まれた百の王子ーーー民衆が好む物語に神が関わっていないのは、おかしい。
「そもそもの発端は、大地の女神が、人の重さに耐えられなくなったから。」
「だから?」
「神々が、人類を削減するために、戦争を起こした。主人公として選ばれたのがパーンダヴァ。」
俺たちが、半神であることの意義は、そこにあるのか。面白おかしくするためカルナがいるのか。そして対立するために、ドゥリーヨダナがいるのか。
「・・・マハーバーラタでは、ドゥリーヨダナは神に人類を削減するように設定された機構。ヴァジュラの蓄積と花でできた、カリの化身とも言われた。でもマハーバーラタのドゥリーヨダナは自分の意思で戦争を起こして、神が設定した機構が動くことはなかった。」
「は?本当か?」
カリの化身?何度かカリと鉢合わせたがスヨーダナも同時に攻撃を受けていた。スヨーダナがカリを呼び出した気配もなかった。
「今回の原因がスヨーダナが原因だとは思いません。」
スヨーダナが俺たちと対立するのであれば、とっくの昔にできたはずだ。それこそ百王子の長兄に戻ればいい。俺を止めた時に仮面を外せば済む話だった。そうしなかったことが、本来とは違うだろう。
「ですがカルデアのドゥリーヨダナは、手段を選ばない、正しい人間には好かれない。でも、正しくないものは惹かれてしまう。眩しいだけでは救われない人たちが、死ぬとわかっていて戦争に加担した。」
「だが、この俺は戦争を起こすつもりはない。」
その言葉に安心と共になぜか不安がある。戦争は起きない。人が死なない。それはいいことに思えるのに、自分の根幹が揺らされるような気がする。
「戦争が起きなければ、人が減らない。では何が人を減らすのか。」
「カリ。」
「そうだ。シャクニは何らかの手段でカリを呼び出している。大地の女神の癇癪で大地が壊れればどうしようもない。」
シャクニが原因であれば、シャクニを殺せばカリは止まるだろう。夜が更ける。明日にはガンダーラ国に、シャクニの元に着く。遠くて獣が啼いていた。
嘘はついていないと思った。ただ、本当のこともいくつか隠しているように思えた。追加で言う情報はあえて言葉を被して言えなくされた印象だ。多分、アーユスにとって不利益な情報なのだろう。
「マスター、百王子とスヨーダナだが、やはり魔性の気配がしない。本来の百王子を知らないからわからないが、ドゥリーヨダナから魔性の気配がしないのはおかしい。」
「カリを作るならドゥリーヨダナを機構化させるのが妥当なのに、そうしていないなら、怪しいのはドゥフシャラーだけど、なんでドゥフシャラーが機構になってるのかわからない。今まではなったとしても一番最後だったのに。」
筋書きがそもそもおかしい。
「そもそも魔性がないドゥリーヨダナさんは本当にドゥリーヨダナさんなんすかね?」
「・・・でもアーユスはやっぱりドゥリーヨダナだ。」
あれはドゥリーヨダナだと思う。どこか欠けているのかもしれないけれど、他のオルタに共通するものを持っている。
「でも彼は大事なことを言っていたよね。何が目的なのか。ホワイダニットだよ。立香くん。」
魔術師にとって、どうやってそうしたのかは重要ではない。大事なのは、ホワイダニット、何をするために何を為したのか。
「なぜそうしたのか。なぜ終末を起こすのか、終末を起こすと何が起こるかーーー人が減る。」
「人が減って喜ぶのは?」
物語の始まりに戻る。なぜマハーバーラタが始まったのか。それは大地の女神が限界で、人を減らせと神々に願ったからだ。
「嫌な予感しかしない。」
「うん、随分嫌な予感がしてきたね。人類を支えてくれる、そんな人類愛に満ちた神が人を害するなんて。」
「マーリン!!フラグだから、だめ、絶対。」
そんな、最悪な事態、聞いてないし。
※サーヴァントとマスターの会話は念話なので他の人に聞こえていません。夢魔通信です。