1333年8月5日 討幕の論功行賞

1333年8月5日 討幕の論功行賞


TSHパロ ※尊直かもですが、Rではありません。ただ、Rではない健全な接吻あり。

※体格差がかなりある兄弟です。イメージとして近いのは、逃○若の、兄弟が並んで乗馬している姿です。


主要人物:尊氏(既婚)・直義(未婚)・楠木正成(既婚)


~討幕の論功行賞~1333年8月5日、京の内裏、二条富小路殿にて~


1333年8月5日、討幕の論功行賞が内裏で行われた。

兄は、従三位の官位、そして、武家の聖地である武蔵国、下総国、常陸国(茨城県)の、あわせて3か国の守護の官職を受けるため、内裏に昇殿した。


内裏の玉砂利の庭先で、直義は、多くの一門の男たちの先頭で、ひれ伏しつつ、兄を待っていた。

そろそろ終わるはずだが、と思った直義の耳に、遠くから、兄の声がきこえてきた。

「直義、直義、直義!」


衣冠束帯の公卿の姿の兄が、こちらに走るようにして駆け寄ってくる。

少し遅れて、今回、摂津国・河内国の二ヵ国の守護職を与えられた、こちらは武家装束の河内守護(楠木正成)が、兄を追いかけてきた。


兄は何をそんなに興奮しているのだろう、と思う。


たしかに、執権 北条氏は、多くは五位、せいぜい四位どまりだったが、みかどが都に帰られて二ヵ月たった今、兄は、それを飛び越えて、従三位という高位に昇った。

(三位以上こそが最高クラスの身分と認識されており、三位以上とそれより下では待遇や名誉に大きな違いがある。三位以上になると専用の家政機関の役所(政所)が持てる。なお、源頼朝の最終官位は正二位。討幕前の尊氏は従五位下。)

しかし、この兄の興奮ぶりは、そればかりではなさそうだった。


途中で手に持った、象牙の牙笏(げしゃく)を放り捨てた兄が、あっという間に、直義の前にやってきた。

直義を立ち上がらせると、弟の両脇に大きな手を差し込み、たかだかと、天に向かって上げた。そのまま、数度、くるくると回る。


「直義、直義、直義!」


そして、そのおおきな腕で、弟の腰と背中、膝を支え、兄はその両腕に弟を抱きあげた。

そしてまた、くるくると数度回って、歓喜を爆発させた。


「直義、直義、直義!」


兄の突拍子もない行動に、直義は困惑した。

こんなにも喜ぶ兄を見たことはなかった。


少し遅れてやってきた河内守護は、どこか引いたような、乾いた笑顔をしていた。

本来なら、他家の人間にこのような姿は見られたくないのだが、以前、宴席で、この男の目の前で、兄によって大恥をかかされたのだから、今更である。

なにがあったのか、と河内守護に目で問うが、それは拙者が答えることではない、というように首を振られる。

だが、さすがに見かねたのか、なにがあったのかを申されないと、左馬頭殿(当時の直義の官職)にはわからぬでござるよ、と、河内守護は年長者らしく、兄をさとした。

兄は、「我が言ったところで、直義に信じてもらえぬではないか!」と厚めのくちびるをとがらせ、「だから、河内守護殿についてきてもらったのだ」と言う。

(敵と見定めた男に対してすら、このようにあけすけに、親しく振る舞える兄を、直義は不思議に思うが、だからこそ兄はいくさに強いのであろうとも思う)

河内守護はややあきれたように、それでも、ご本人がお伝えすべきことでござる、と兄に言った。


直義は、そのやりとりを聞きつつも、振り落とされまいと、兄のよく鍛えられた太くたくましい首にその白い手をまわした。

そして、いっぽうの手で、兄のやや傾いた巻纓冠(武官の束帯用の冠)をなおしてやり、「どうされたのですか、兄上」と尋ねた。


興奮した兄は、

「聞いてくれ、聞いてくれ、直義!」

と、おさな児が母の興味や関心をひくように、夢中になって、弟を何度も呼ぶ。

直義は「はい、聞いておりますよ、兄上」と、しずかにほほ笑み、兄にこたえた。

ともあれ、兄を落ち着かせようと、兄のするどい頬に手をふれ、撫で、やさしくあやしながら、「ほんとうにどうされたのです」と重ねて兄に問う。


「聞いて驚くなよ、驚くなよ。みかどが、諱(いみな。貴人の実名のこと。この場合は「尊治(たかはる)」)の一字を我にくだされた!」


常に冷静な直義も一瞬、頭が真っ白になる。

それほどのことであった。

武士というものがはじまってこのかた、みかどから一字を与えられた武家など、源頼朝公をはじめ、今までいなかったからだ。

何百年も前から、朝廷の犬よ、皇家の番犬よ、と蔑まれてきた、人殺しの業を負う我ら武士が、神代以来、この国を治めてきた(ということになっている)神の末裔たるみかどから、一字をいただけるなど!

(そして江戸幕府崩壊の1868年まで、天皇から一字を与えられた武家は、尊氏以外にいない。つまり、武士というものがはじまってからその終焉までの約950年間で、ただひとりしかいないということだ)


さすがに、直義も、あまりのことに信じられず、そばの河内守護に目を向けた。

「まことのことでござる」と、河内守護は、はっきりとうなずく。


そして、兄は、弟を両腕に抱え上げたまま、ふたたび、数度、くるくると回り、さらなる歓喜を爆発させた。


「そればかりではないぞ!おまえにもまもなく、従四位下の官位と、相模守護の官職をいただけるとの内定がくだされた!」


従四位下。兄弟の遠祖にして、ときの帝王(後鳥羽院)をくだした男、北条義時公と同じ位。

相模守護。鎌倉幕府 執権 北条氏の代々の職。

それを自分に!


だが、と直義は、頭のどこかが冷静になった。

遠いところで、黒い雲がむくむくとわきおこってくるのを感じた。

「叡慮無双(えいりょぶそう。『神皇正統記』より)」といわれるほどに、みかどが、兄に並びない恩寵をあたえてくださったのはたしかだが、足利に何を求めてこられるのであろう、と。


感激に、兄の声は震えた。

「我ばかりではなく、おまえにも、これほどの恩恵を、大恩を、あたえてくださったみかどに、心からの、尽きせぬ感謝を申し上げたい!」


だが。ああ、今は、よい。いまは、それよりも、ただ、いまは、いまだけは。と直義は思う。

目の前で、これほどによろこぶ兄を、自分のためにこれほどよろこんでくれる兄を、心から、祝ってやりたい。


弟は、兄に、やさしくほほ笑む。

兄のたくましい胸に抱かれたまま、弟は、兄のするどい頬に白い両手を添え、兄の頭を引き寄せ、その顔じゅうに、慈愛にみちた、祝福のくちづけをおくった。


「直義、直義、直義」


弟を何度も呼び、その頬をすりよせてきた兄は、感慨をもらした。

「たった2年前、(父の貞氏の死去により)我が、家督を継ぐまで、なにも、なにひとつ、お互い以外には、自分だけのものを持たなかった我ら兄弟が。

ここまで、ここまで、やってきたのだ」


両腕に抱き上げた弟をみる兄の緑の瞳は、変わらぬ愛をあたえてくれる弟へのかぎりないいとおしさにみちて、かがやいた。

そして、兄は、弟に、ゆるぎない声で、誓いのことばを捧げる。


「我は、おまえに、なんでも与えてやりたい。

地位も、名誉も、財も、権力も。

おまえが望むもの、おまえが喜ぶもの、すべてを。

この、日の本にあるもの、なにもかもを。

おまえに、この世のすべてを!」


おわり。


★ゆえに、このお話では、兄上は、みかどを裏切るのですが、その生涯の最後に至るまで、みかどへ敬愛を捧げます。肝心のみかどがそれをよろこばれるかはわかりませんが。

★あまり目立ちませんが、兄弟の接吻の場に、楠木公も同席しています。ドン引きしていると思われます。…足利一門はもうすでに常識改変されてしまっているので、またか、と思う程度です。

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