優しくなんてない

優しくなんてない



 膝の上ですやすやと眠る女を見る。親を早くに失っているが故か、幼児にするような関わりをひどく喜ぶ女だった。膝枕で子守唄を聴かせるなど、高校生同士のカップルがするようなことではない。少なくとも乙夜は今までの恋人に対してそんなことをしたことがなかった。それでもそうすると彼女が嬉しそうに顔を綻ばせるので、膝に彼女の頭を乗せて、その髪をゆったりと撫でながら、歌を聞かせてやるのだった。

 本当に眠っているかの確認にと、覗き込んだ寝顔はあどけなく、豊かに育った肉体に反して幼さすら感じさせる。くの一としてもそれなりに優秀な女はしかし、乙夜にとっては子猫のようなものだ。よく言うだろう。先に惚れた方が負け。

「本当、かわいそう」

 彼女は乙夜にベタ惚れだった。これは乙夜の自惚れなどではなく、誰がみてもそうだと言うくらいに。女がここまで幼い顔をするのも、乙夜の前でだけだ。

 すやすやと気持ち良さそうに寝息を立てる彼女の頭を、座布団を丸めた枕に乗せる。乙夜としては日がな一日彼女の顔を眺めていたって構わないのだが、生憎と任務がある。そもそも付き合い始めたのだって任務があったからだ。素直に好意を示す女は乙夜にとっても好ましく思えるもので。それがむしろ彼女を哀れに思わせた。

 彼女の父は一族を裏切った。その報いはとっくに本人が受けたけれど、秘伝の巻物の回収は未だされていない。隠されているとしたら裏切り者の娘である女が引き取られたこの家以外にないだろう。少なくとも手掛かりはあるはずだ。巻物を探すために乙夜は彼女に近づいた。足音を消して部屋を出る。最近はここの家主に怪しまれている気配がする。早急に見つける必要がある。


 今日も巻物は見つからなかった。しかし盗聴器は設置できた。部屋に戻ると、ちょうど彼女が目を覚ましたところだった。

「んん……乙夜殿?」

「ごめんね。ちょっとトイレ借りてた」

「ああ、迷わなかったでござるか?この家広いでござるから」

 擦り寄ってくる彼女を撫でると、彼女は嬉しそうに目を細めた。近いうちに彼女とのこの関係も終わると思うと、少し惜しく思う。まあ今は惜しく思っているだけで、その時になれば自分は割り切れてしまうのだろうけど。自分はどこまでいっても忍者であるから。愛情深い彼女とは根本から違うのだ。

「ごめんね」

「何がでござるか?」

「一人にさせちゃって寂しい思いさせたかなって」

 乙夜はあえて少しだけ、嘘偽りのない本心を吐いた。すぐに誤魔化すように適当な理由も言葉にする。

「大丈夫でござるよ。乙夜殿は優しいでござる」

 この時初めて乙夜は、彼女の目から視線を逸らした。


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