僕の武器は攻撃力1の針しかない 47.5話
「皆の者。作戦通り、正面から行くぞ……私がな」
コハクのいつになく張り詰めた言葉に、クオンツ族の面々が口元を引き締めて頷く。
帝国軍が里へ向けて進軍中──そうオニキスから報告を受けたコハクは、一族を守るべくすぐに策を練った。
「私が派手に暴れ、敵の目を引く。その隙に乗じて皆は山道に潜伏、地の利を生かしたゲリラ戦に持ち込むぞ」
多勢に無勢、戦支度の時間もない中でコハクの出した策は、自らを囮とした電撃の奇襲戦。
超越者たるコハクの力で、まずは局所的な有利を築く。それを目くらましに、他のクオンツ族が他の場所へと混乱を連鎖させる。
「籠城しても、あちらは入れ代わり立ち代わり攻勢を続けられるじゃろう。対して、こちらは疲弊していくばかり。守っていても勝機はない」
「建物は直せるけど……体は簡単には治らないもんな」
「ジャズの言う通りじゃ。それに、帝国軍もクオンツ族がいない集落に用はないはず。集落への被害を最小限で抑えられる可能性も上がる」
小規模な隠れ里を壊滅させるためだけに、わざわざ他国領に派兵するとは考えにくい。クオンツ族を、何かに利用するつもりなのかもしれない。
帝国には、何か特別に目的があるはず。そうコハクは読んでいた。
「潜伏したら、指揮官を狙え。喉笛を噛みちぎれば、手足は勝手に止まる。獣も軍も、そこは変わらぬよ。幸い、向こうはクオンツ族をよく知らぬようじゃ」
人間の目が利かない時間帯でも、クオンツ族は月明かりだけで問題なく行動できる。人間相手と同様に夜襲をかけるつもりならば、その目論見を砕いてやれば一気に崩せるかもしれない。
コハクの示した戦術に、反対する者はいない。が、聞きたいことはあるようで。
「……質問しても?」
「ルリか。何だ?」
しなやかに細腕を上げたのは、普段からコッコの世話を行っているルリ。黒髪を腰まで伸ばした大人しい雰囲気を持つ女性だが、その実コッコの次に組手が好きと語る武闘派である。
「マヌルさんの行方は、どうします? 帝国に勝ったとして……」
すぼんでいく言葉尻に同調するように、長い睫毛の奥で複雑な思いが揺らいでいた。
マヌルは人間だ、帝国に隠れ里を売った可能性は否定できない。しかし「咎人」という彼の立場を考えれば、むしろクオンツに与する裏切り者として、帝国が里よりも先に彼を攻撃した可能性も考えられた。
とにかく、マヌルには事情を聞く必要がある。何故急にいなくなったのか、どこで何をしていたのか。
「マヌルが無事ならば、まだそう遠くには行っていないはずじゃ。私が戦いながら探すよ」
「そう、ですね。それしかありませんか」
「うむ。とにかく今は、目の前の戦に集中じゃ。この中の誰かでも欠けては、マヌルが戻ってきたときに悲しむじゃろうからな」
柏手を叩き、コハクは場を締めた。
「作戦は以上。皆、自分の身を第一にしてくれよ」
櫓の柵に足をかけたコハクの顔を、月が照らす。戦場に赴くにはあまりにも不釣り合いな、柔らかい笑みが浮かんでいた。
「族長、ご武運を」
大きな信頼を背に櫓を蹴り、コハクは宙へと身を躍らせる。
里の正門に音もなく着地、黒々とした帝国軍のシルエットを見据えた。
「獣に夜戦を挑んだこと、地獄で悔いろ」
族長なのは皆の前まで。これより先は、かつて人に牙剥いた一頭の獣へと帰る。