僕の寄席は観覧数1の高座しかない「ゴシンの教え」
nano世の中には色んな教えがあるもので、役に立ったり立たなかったりも人それぞれ。
私なんかはこの間とんでもなくつまらない漫画を読んで思わず文句を言ったんですが、近くにいたエルフに「面白いかどうかじゃなくて面白がるのが大事なの」と教えられて、なるほどと感心したものです。
……え? 今のは役に立ったのかって? ええもちろん、それからは面白いかなんて全く気にならなくなりましたから。
さて、とある村にはマヌルの針坊という少年が暮らしていました。この針坊、人は良いんですがどうにもうっかり者で、幼馴染の勇者にプレゼントする賢者の石の用意をすっかり忘れてしまっていました。
気づけば約束の日はもう明日。針坊は慌てて賢者の石を探しますが、もちろん家の中をいくら探しても見つかりません。
「これはどうしよう、賢者の石がどこにあるかなんて全然知らないぞ」
なんと針坊、うっかりが高じて賢者の石の場所も知らずに渡すと約束してしまっていたのでした。困った針坊は考えに考え、ついに名案を思いつきます。
「そうだ、コハク師匠に聞いてみよう」
森の向こうに住んでいるクオンツ族の長、コハク師匠なら賢者の石の在り処を知っているかもしれません。針坊は妙案に涙を流しながら師匠の元へと向かいました。
一方コハク師匠はそんなこととは露知らず、今日もゴシン流の修行に精を出します。
「一心の型……護身の型……いや待て、『ごしん』で音が被るのは良くないな……」
「警戒!!」
「『警戒の型』だと『しん』が入らないではないか……しん……じん……迅速の型……」
「コハクさん! コハクさん!」
「『コハクさんの型』は自意識過剰かな……?」
「コハクさん! コハク師匠!」
「ええいうるさい、もう少しで5つの型の名前が……なんじゃ針坊か、見ての通り今私は忙しいのだ」
「ですが師匠、なんでも知っていてとても頼れる師匠にしか聞けないことで」
ここまで褒められてはコハク師匠も悪い気はしません。
「……まあ確かに、私に知らないことなどないが、それでなにが聞きたいんじゃ」
「実はその、賢者の石がどこにあるか知りたいんです」
「賢者の……?」
賢者の石なんて生まれて初めて耳にした師匠ですが、ここに来て素直に知らないとは言えません。
「なるほど賢者の、賢者の石か、あれは見つけるのがちと手間じゃからな」
「それでどこにあるんですか」
「どこに……か、その前に大事な事を教えておく必要があろう」
コハク師匠はたっぷり勿体ぶると、家の奥から古びた巻物を持ってきました。
「これは『ゴシンの教え』を記したものじゃ」
「はあ」
「ゴシンの教えによると第一に……」
「急いでるんです、場所だけ教えてもらえませんか」
「それがいかんと言っておる。良いか針坊、ゴシンの最も重要な第一の教えに『低心』とある」
「ていしん?」
「低い心と書いて低心、十分相手を敬って聞く態度を取らないと見つかる物も見つからんということじゃ」
「これくらいへりくだればいいですか」
「……まあ、それで良しとしよう」
針坊を土下座させたままで、コハク師匠は次の段に移ります。
「ゴシンの第二の教えは『方針』、これが最も重要じゃ」
「第一とどっちが重要なんですか」
「どちらもと言っておろう、わからん奴じゃな」
さっぱり分からないといった顔の針坊に向かって、師匠は得意気に説明しました。
「探し物は探し始めるより探し方を決めるのに時間を使え、という話じゃ」
「ですが師匠」
「なんじゃ」
「師匠は場所を知ってるんですから、探し方も何もないと思いますが」
「……そこで第三の、最も重要な教えが必要になってくる」
「なんだか重要ばかりですね」
「黙って聞け、次が最後じゃ」
そうしてコハク師匠は大きく息を吐くと、最後の教えを口にしました。
「第三の教えは『信心』じゃ」
「信心、ですか」
「そう、あると信じればそこにある。針坊よ、賢者の石はもう既に手元にあるのではないか?」
「いやそんな」
「低心で相手を敬い、方針で探し方を決めた。だとすればもう持っているも同然であろう?」
「言われてみればそんな気も」
「ほれ見い、賢者の石は見つかったじゃろう」
「なるほど、さすがは師匠です」
納得して去っていく針坊を見やって、コハク師匠はホッと胸をなでおろします。
「やれやれ、御しやすい阿呆で助かった」
「警戒!!」
「……ん?」
「師匠! 師匠、大変です師匠!」
「どうした針坊、賢者の石ならもう見つけたろう」
「それが大変なんです師匠」
真っ青な顔で針坊が言うには――
「帰る途中でうっかり石を落としたと『信心』してしまって」
どっとはらい。