僕と銀の弾丸

僕と銀の弾丸


見渡す限りの地面を埋め尽くす墓標の群れの中、早川家の面々とレゼは人を待っている様子で佇んでいた。そこにマキマがやってくる。

彼女は公安の制服に身を包んだ異形を率いており、その中には嘗てデンジが戦ったサムライソードもいたがデンジは声をかけなかった。

「早川家は勢揃いだね…それにレゼちゃんも」

「あいつら、マキマさんの差し金だったんですね」

「うん…レゼちゃんも仲間にしたかったんだけどね。残念」

マキマは小さなため息をついた。不死である彼女らはチェンソーマンと戦う際の尖兵として役に立つ。岸辺が反旗を翻した為、強引だが手に入れようとしたのだ。

岸辺には一目置いていた事もあり、早川家に近づかない限りは放置しておくつもりだった。選択が悪い方向に回ってしまったなあ、とマキマは嘆息する。

「マキマさん…何を、しようとしてるんですか?」

アキが思い詰めた表情で尋ねる。

「目的ですか?そうですね…よりよい世界を作る事です」

「神様にでもなりたいんですか?」

レゼの視線は冷たい。

「そんないるかどうかもわからないものに興味はありません。例えば死、戦争、飢餓、この世にはなくなったほうが幸せになれるものがたくさんあります。

それらを全てデンジ君に食べてもらって消し去ります」

デンジからも聞いた話だ、とアキ達は得心する。デンジが悪魔を食べると、食べられた名前の存在は過去現在、そして個人の記憶からも消えてしまう。

「その為に…デンジを公安に入れたんですか…?」

「半分はそうだけど、もう半分はデンジ君にお願いされたからですよ」

彼のファンなんです、とマキマは言った。破天荒で突拍子もなくて、後先を一切考えない向こう見ずな戦いぶり、そして全てをねじ伏せる強さ。そんなチェンソーマンがマキマは好きだ。

「だから普通の生き方がしたいって聞いた時は、失望したんですよ…?

チェンソーマンは、服なんて着ないし、言葉を喋らないし、やる事全部がめちゃくちゃなものって思っていましたから」

マキマの魂魄の芯にまで響くチェーンソーの唸り声、支配の悪魔ですら目を逸らせない鮮烈な存在感。あれがなければ、デンジをチェンソーマンとして向き合ったりはしなかっただろう。

「だから知ろうとしたんです。会えなかった間に貴方がどう変わったのか」

持てる力の全てをもって、チェンソーの魔人を観察し続けた。自分の中のチェンソーマン像と、服を着て喋っているチェンソーマンの隔たりを埋めようとした。

マキマのヒーロー像から外れているチェンソーマンを、面倒見のいいアキの家に置いてみた。歓迎会の席で唇を奪い、デートに誘ってみた。一緒に旅行にもいった。

「私は自分より程度が低いと思う者を支配できる力があります。貴方の底を理解できれば、私は貴方を支配できるでしょう」

観察の結果、彼は孤高の人物とマキマは感じた。誰よりも特別であるがゆえに、普通でありきたりの幸せを求めている。しかし、いざとなればそれを放棄してチェンソーマンに戻ることが出来る精神性。唯一無二の貴方。

そしてマキマも孤独だ。支配を司る悪魔の為、いつだって彼女は他者の上。その性質、そのやり口から同胞を持つことはない。加えて、他者の同情を集められるほど、マキマは弱くない。

「今更ですが、貴方を早川家に送ったのは失敗でした」

デンジが最も価値を置いているのは、死者との約束。彼にとっての"普通"の定義を変えてしまえば、今からでも自分の側へ引き込める。つまり、アキやパワーのいない普通の生き方だ。

まず排除すべきはアキと姫野。デンジの保護者になれるからだ。特にアキに対しては並々ならぬ思い入れを持っているのは分かっていたが、戦死という形なら衝突を避けられる可能性はある。

アキが銃の魔人の意識を抑え込んだことには驚いたが、チェンソーマンがコミュニケーションのとれる存在とわかっている今のマキマにとって、障害になる存在ではない。

パワーは…打てる手が思いつかない。超越者としての力と、計算の通じない頭。扱いにくい相手だが、彼女がいる限りデンジは、公安のハンターでいようとするだろう。

「こんな事したって、デンジ君は一緒にいてくれないと思いますけど」

「私が勝てば、私はデンジ君を支配できます」

予測が外れたとしても、別に構わない。暴発したならその時は、少年との約束ではなく、早川家でなく、マキマを選んだという事だ。そして地獄のヒーローに彼は戻ってくれる。

「ふーん…俺に負けたらどうすんの?」

チェンソーマンと幸せに暮らしたい

チェンソーマンの力でより良い世界を作りたい

チェンソーマンの破天荒な活躍が見たい

チェンソーマンに消してほしい

「それもまた私の望みです。言ったでしょう?私は貴方のファンなんです」

「ファンっていうか、ストーカーじゃない?」

「そうなんですか?…なったのは最近ですが。負けたとしてもチェンソーマンに食べられてその一部になれる…デンジ君が私を食べるまで、私達の戦いは終わりません」

蹂躙劇の幕が開いた。マキマ率いる武器人間達は、クァンシが参加している事もあり、魔人となったチェンソーマンとの戦いが成り立つ戦力ではあったが、チェンソーマンは1人ではない。

レゼ、パワー、アキの助勢により、デンジはあっさりとマキマを降した。しかしマキマの笑みは崩れない。攻撃は全て他者に移せる。日本国民が全滅するか、デンジが己を食べない限り、決着はつかない。

その時、アキが動いた。熱に浮かされた表情のアキはマキマに駆け寄り、きつく抱き締める。腕を押し返す柔らかな感触を味わいながら、アキはその胸の中心に銃身へと変化させた右腕を押し当てて引き金を引いた。

「は…?あ…え…?」

マキマの胸を魔弾が貫く。アキは困惑するマキマに唇を重ねると、彼女を押し倒す。馬乗りになって身体を押し付け、右腕から銃弾をさらに撃ち込んだ。アキは思い出しているのだ。

マキマが与えた好意をパワーが闇の力で蘇らせた。チェンソーマンに首ったけのマキマを、死によって己の物にする。狂気にまで昇華させた恋心を、アキは弾丸に込めて撃ち込んだ。

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