傷をつける
「『あの人は違う』?……拳西さんとは違うんだって、……っ拳西さんとは違って、誰も傷つけたりしないって…っ、俺をっ、こんなふうに襲ってしまうのは拳西さんの弱さだって、…っお前が言うのか、イヅルッ、俺と一緒に、あの人に守られていたことがあった、お前が…っ」
地を這うように低く暗く、そして震えた声。吉良を見据えたその瞳の中に、明確な怒りが宿る。
それを見た途端、吉良の頭は急速に冷え…かけたが。
「拳西さんの苦しみは誰より深い。不幸比べなんかじゃない。事実だ。鳳橋隊長が、拳西さんより強いわけでもなんでもない。鳳橋隊長がお前を襲うほど苦しまなくて済んでるのは、虚実験に最も巻き込まれたのが三番隊じゃなかっただけだ。ただの偶然なんだよ」
客観的に見れば檜佐木の言ったことは文字通り事実に過ぎないがこの時の吉良にも、余裕などなかった。
「ローズさんだって巻き込まれましたよっ!」
「だから?」
「だから?って、檜佐木さんっ、」
檜佐木の声は恐ろしいほど冷めていた。
「……そうだな。あの人達はみんな巻き込まれたよ。けど、程度が違う。拳西さんは…あの時に多くのモノを失って、自分自身もこの上なく傷ついた」
「……結局、不幸比べをしてるじゃないですか。そんなことに、ローズさんを巻き込まないでください」
「最初に拳西さんとローズさんを比べて拳西さんを貶めるようなことを言ったのはお前だ!!」
長い間一緒にいて、初めての怒号だった。吉良も頭の片隅で解ってはいる。最初に失言をしたのは自分だと。それでも看過できないことはある。
「いい加減にしてくださいよ檜佐木さん。僕は貴方が傷つきに行く意味なんてないと言ってるんです。あとはもうただ、十二番隊のくれた薬をしばらくは定期的に入れて六車隊長に今以上に抵抗できるように努力していただくしか…「努力?」
ポツリと落として、檜佐木は目を閉じる。瞼が合さるのに任せて一筋、涙が流れた。
「お前は、何も見てないだろ?拳西さんが、どんなに苦しんでるのか、あの人がどんなに必死で抗っているか。一度でいい。見てみろよ。見て、同じことが言えるものなら言えばいい。」
「ひさ…「いや、見なくていい。あんな姿を他人にさらすことを、拳西さんは望まないからな。俺も、ローズさんの見舞いには行かないよ。比べてどっちがなんてこと、話したくもないし考えたくもない」
俺達もしばらく会わないほうがいいな、
吐息のように呟いて、檜佐木は微笑い、結局血の匂いをまとったまま吉良の横を通り過ぎる。
きっと帰る前にもう一度十二番隊に寄るのだろう。
『でも俺はお前が”生きて“てくれたことは嬉しかったよ』
すれ違いざま、言われた言葉はまるで別れの言葉のようだった。
解っている。これで本当に幼い頃からの絆が全く無くなるわけじゃないことは。
それはありえないことはわかる。
お互い冷静になればもう少し落ち着く。
だけどどうしたらいいのか解らない。
ただ心配で、止めたかっただけなのにうまく行かない。
諍いの内容が内容だけにローズにも相談できるわけがない。
どうしたらいいのか全くわからなかった。