傷と共に

傷と共に



「っおい、やめろ……」

「つれないなァ、そんな寂しいこと言うなよ」

硬質なモノがぶつかる音がする。それは偶然か、何か意志を持ってなのか。時間は少し前に遡る。


しんしん、と雪が降り積もる。先程までの激しい乱闘は今や見る影もなく、所属関係なしに入り乱れ宴をしていた。彼らの主人こそ、一歩引きながらもその賑わいを眺めている。

「あーあ、折角の長物なのに折れちまってよォ」

「うるせェ、お前と違っておれはただの鉄の塊なんだよ」

そう吐き捨てる十手は本来、使い手の身長も超える七尺もあった。しかし、先程の戦いで真っ二つにされてしまったのだ。武装色を纏った上で、だ。

「たかが竹に折られるなんて、我ながら情けねェよ」

「無茶言うんじゃねェ、粉々にならかっただけマシだろ、お前もアイツも」

互いに同じ敵と戦った仲だ、立場は違えどあの脅威的な硬さの男には早々会えるはずもない。最後は血の一滴も流さずに晒された綺麗な切断面は記憶に新しい。でも鉄柵へのデコレーションは正直悪趣味である。

「というか近い、退け」

「えぇ〜いいだろ別に、冷えるんだよ」

「てめェのとこのコートに引っ付いてた方が何倍も良いだろ?」

「刀が勝手に動けるワケないだろ?」

彼らは武器である。そこにあるだけでは飾り物同然、彼らの主人に使われて初めて動けるのだ。そう“本来”は。ここ、新世界では勝手が違う。誰が言った冗談だろうか、武器に命が宿るなんて。

人間同士にコミュニティがあるように、武器達にも独自のコミュニティがあるのだ。たとえその証拠が残らず、彼らの主人に伝わらなくても、武器にも、喜び、怒り、悲しみが存在するのだ。

「何が悲しくて海賊の刀と仲良くしなきゃいけねェのかっ……ア!?」

終わりのない不満をぼやいた次の瞬間、十手は半身が凍ったと勘違いしかけた。正確には、立てかけていたのが倒れただけである。もちろん、事故ではない。鬼哭が倒したのだ。

「おい何すッ?!」

「やっぱり、おまえのここ軽くヒビ入ってんぞ」

鬼哭が鞘尻で撫でるそこは丁度、棒身と鉤の繋ぎ目のような場所である。あの衝撃が逃げ切れなかったのだろう。目視での確認は困難だが、僅かな凸凹がある。

「お前らの造りは知らねェけど、痛むんじゃないのか……ン?」

コンコンと、軽く小突くも返事がない。違和感を覚えた鬼哭は柄の方に意識を向ける。するとどうだ

「っあ、やめッそこ、は……ッ」

真っ二つになっても、平静だったあの十手が、小さいヒビ一つで乱されているではないか。人間のように、荒い息も、赤く変化する肌も、熱を持つわけでも無いのに、何かの琴線に触れたのは確かだった

「……ハハ、あんなにお堅い海兵様の武器がヒビ一つで呻くなんてなァ」

「い゛っ…ンああ゛」

「なぁ十手、しばらく遊ぼうぜ」

「っは?」

「お前らが追っかけてる麦わらのがしばらく飽きそうにねぇんだ」

退屈なのは嫌なんだよと、それは楽しそうに鬼哭は呟いた。

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