俺を知っているのはお前だけ
「彼の孤独を埋めるのは私の愛、らしい。」
一頻り暴れた後の火照りを収める為、諸肌を脱いで酒盛りをしていると、同じく酒を呷っていた隣の男が頓狂な事を言い出した。
「いきなりどうした、死線をさ迷いすぎてお前も遂に狂ったか?」
今は傷一つないが、四半刻前は普通の人間であれば生きているのが不可思議な程の傷を負っていた。
反転術式で血も補ってやったとはいえ、頭が如何にかしていても可笑しくは無い。
そんな俺の考えを読み取ったのか、じとりと目を細めて此方を見遣る。
「違う、俺の...一応?友が言っていた言葉だ、孤独を抱える男を愛しているらしい、お前は孤独なのか?」
その言葉に、厚顔無恥な格好と態度でベタベタと集ってくる女を思い出し、苦虫を噛み潰したような心持ちになりながら問う。
「言ってはなんだがあれと普通に交流を持てるなど正気か?それで、俺が孤独かどうかか、お前はどう思う。」
ふ、と息を吐く。何時もの笑顔だ。
「1000年位なら一人で悠々自適に過ごしそうな男では孤独と縁はなさそうだな。」
厭味などでも無く、無駄な感情の籠らない、水鏡のような言葉。
その水面に、つ、と指を浸し波紋を立てるように言葉を紡ぐ。
「例え俺の側に誰一人おらず並び立つ強者が居なくとも、お前の存在がある限り俺が真に独りになることは未来永劫ない」
「お前が死に俺が死に何年経とうとも俺達は親友というわけか、かの両面宿儺の発言と言っても信じる人は居なさそうだ」
波紋が漣となるように、体を揺らしくすくすと笑う。
「で、何故いきなり万の話などした?」
抑、の話である。
くすくすと笑ったまま、愉しげに言う。
「明日辺りこの辺りにくるそうだ」
げ、と声が出た。
「それを先に言え!」
前置きが長い。
堪えきれなかったのか、声を立てて笑っている。
「お前……俺が彼奴に絡まれるのを面白がって居るだろう。」
二対の眼全てで睨め付けると、息を整えながら手で顔を仰いでいる。
「……さて、」
まだ仄かに赤みの残る顔が、小首を傾げて此方を見る。
「どうでしょう。」
他の奴に言われれば、間を置かず膾にしてやっている処だが。
それでも許してやるくらいには、俺はこの親友を気に入っているのだ。
「ふふっ、彼女の言う事が理解出来なくもない。」
「……お前も愛だなんだと言う気か?」
気色悪い、と吐き捨てるように言う。
「そうじゃない。“皆がお前の事を解っていない”と言っていた事だ。だって、お前は優しいだろう?なのに、他の奴らときたら“傍若無人”だの“己の快不快のみが生きる指針”だのと好き勝手言う。もしそうなら、俺は何度お前に殺されているか、わかったものでは無い。」
「……いや、お前だけだぞ?」
思わず包み隠さぬ本音を言ってしまう。
「だとしても、だ。俺が俺で居られるのは、お前の隣だけなんだ。━━。」
俺達しか知らない俺の名を呼ぶ。
「だから、先に死んでくれるなよ?」
途方に暮れた迷い児のような顔だ。
これも、俺しか知らない表情なんだろう。だが、余り見たいものでは無かった。
「俺がお前より先に斃るたまか?」
「それもそうだ!」
迷い児は鳴りを潜め、またカラカラと声を立てて笑う。
「よし、お前が死んだら、お前の肉は全部俺が喰ってやる。」
「ははっ是非とも頼む。どちらの墓にも入りたくないのでな。」
酒の席での、その場の乗りと勢いの他愛も無い口約束。
だが、互いに忘れてはいなかった。
それでも、その約束が守られる事は、無かった。