俺の子供

俺の子供


木槌とともに、パタパタと札が挙げられていく。

「�難シ撰シ蝉ク!」「�シ難シ包シ撰シ!」「�シ費シ撰シ撰!」

その一つ一つが挙がる度に、雪宮の腕の中で牡丹色の髪が揺れる。雪宮は落ち着かせるようにその__黒名の髪を撫でながら、どんどん競り上がっていっているのだろう自分たちの値段をじっと見つめていた。

じゃらりと、首輪の、黒名のと繋がっている鎖が揺れる。これの存在を意識する度に繋がれた経緯を思って、胸にじりりと痛みを覚える。



……二日前。

母親の幻想に狂わされていた雪宮と、そんな雪宮のために話を合わせていた黒名の二人が、"楽園"の隅の方、ひときわ花の生えた一帯で、花冠を作っていた時のことだった。


風の音、葉っぱの擦れ、それから交尾の嬌声。そんな自然の音しかしないこの楽園に、ザザ……とノイズが入った。

『只今より、レクリエーション"鬼ごっこ"第二弾の開始を宣言します』

どこからともなく聞こえたやたら聞き覚えのある声が告げたのは、地獄の開始だった。

声は淡々と説明を加えていく。この鬼ごっこは放送されていること。この鬼ごっこの後、"人間の価値を決定するオークションが開かれる"こと。それから、

『このエンターテインメントに万全を期すため、ある条件に当てはまっている人へ初期化を行います』

__初期化?雪宮と蘭世はその言葉に顔を見合わせる。何の初期化で、条件とは何なのか。余りにも説明不足だ、なんて、視線の交錯で何となく通じ合う。

すると、楽園の入口へバタバタと紺色の異星人達が入ってきた。

「ぁ、……」蘭世が怯えたような声を上げる。雪宮はその目元を庇うように彼の身体を抱きしめた。

「……安心して。俺が守るからね。」

耳元へ言い聞かせるように囁いて、それから、雪宮は入口の方へ再び向いた。紺色たちはオモチャのようなカラフルな銃を片手にキョロキョロと楽園内を見回し、目当てらしい人間を見つけると、近づいていって、銃をパキュンと撃った。途端、大人しかった彼らは気が触れたかのように震えだしたり、声を上げる。撃たれていない元々うるさい連中の声と混ざって、阿鼻叫喚という言葉が相応しい空間に変化した。

「……大丈夫、大丈夫。」雪宮は騒音に少し眉を顰めつつ、蘭世の頭を撫でる。蘭世の心を落ち着かせるのが第一の目的ではあるけれど、蘭世のふわふわな猫毛を触っているとどこか雪宮の心も落ち着くような気がしていた。

やがて紺色は、雪宮たちの方へ向いて、ゆっくりと歩み寄ってきた。

丁度、"あの日"、蘭世に暴行しようとここへ現れた奴だった。

「……」雪宮は蘭世を庇う形で抱きしめて睨んだが、奴は微塵も歩くスピードを変えずに花を踏みしめていった。

……やがて二人の前へ到着した奴が銃を構えたのは、

「え」雪宮の方だった。

何で、と言う前に、銃へ光が一身に集まり、瞬きする間もなく、雪宮の頭目掛けて放たれる。

「…ぁ、…ぇ」その銃弾は物理的な要素は何も無かった。衝撃も、肉の裂ける痛みも無かった。一瞬、脳が撃ち貫かれるような鋭い痛みが走って。

「……〜〜?」"黒名"が、何かをこちらへ呼びかけながら雪宮の様子を心配そうに覗き込んだ。

痛みが徐々に引いていくと同時に、意識ごと眩んだ脳内にじわじわと知覚が戻ってくる。手先の感覚まで取り戻したとき、それから、先に黒名が発した言葉を理解したとき、雪宮はぶわりと冷や汗が湧き出るのを感じた。

『……母さん?』

「あ……俺、何で……」

恥ずかしさと、特大の申し訳なさが、脳へヒイヤリと触れる。

「どうした、どうした?」

大丈夫か?

黒名の言葉に、雪宮は僅かに首を振って、ごめん、とうわ言のように漏らした。

「え?」

「ごめん、"黒名くん"。」

黒名の目が見開かれる。「それ……って。」

「うん。俺、おかしくなってたみたい。」

「……」雪宮の答えに、黒名は驚いたような、そしてどことなく引き攣った表情を作った。「そ、うか。」

「ごめん」今まで、付き合ってくれて。

「……気にしなくていい。」黒名は何か振り払うように手を軽く振り、「よかった、よかった」と言った。優しい。思えば、幻覚でぼやけた記憶の中の黒名も、ずっと優しかった。

そんな優しさに甘えて。

「本当に、ごめんね」

雪宮の再三繰り返した謝罪の言葉に、黒名が何か口を開きかけた。その時。

楽園にベルが響き渡った。

『全27名、初期化作業を完了しました。只今より、鬼ごっこを開始致します。』


__とうとう始まる。地獄が、再び。

"オークション"と名がついている以上形式は地球と特に変化ないだろう。つまり、……ネオエゴイストリーグと、一緒だ。

奴らに勝てないことは充分分かった。逃げられないのなら、よりマシに生きるしかない。そのためには、自分を"価値のあるもの"と思わせることが大事で。


生き残れば、価値は上がるはずだ。


生き残る。もちろん、最後まで。

雪宮が決意を固めぎゅっと拳を強く握った時、

「雪宮」黒名の、声がした。

「一緒に逃げよう、逃げよう……?」

上目にこちらを覗いた瞳は、甘えるように揺れていた。



黒名の提案を飲んで、二人は一緒に逃げだした。

最後まで生き残ることは出来なかったが、割と頑張ったように思う。そう思いたい。

まだ陵辱の熱の残る身体で、不安で時々足の止まる黒名の手を引きつつオークション用に首輪を嵌める係の前へ出ると、二人は互いに鎖の繋がった首輪を付けられた。

理由は何となく察した。

まだ雪宮が狂っていた頃、雪宮と黒名は共に陵辱を受けたことが幾度かあった。……俗な言葉で言うなら、親子丼、と言うやつだ。その需要が見込まれてのことなのだろう。

これに価値が見いだせる異星人の性癖にすごい気持ち悪さを覚えたが、これは二人に……特に黒名にとって、僥倖だった。


「荳牙鴻荳�!」

その言葉を最後に、カンカン、と木槌が打たれた。雪宮は最後に上がった札の方へ目を凝らす。

屈強な異星人。……異星人たちはみな雪宮よりも、何なら我牙丸や蟻生よりもずっと体格がいいのだが、そいつは周りの異星人よりも一回り二回り大きかった。

__こいつが、これから俺たちの"飼い主"になる。

ぞくりと背筋が粟立った。無意識のうちに、黒名の髪に手が行く。撫でてから、せめて黒名が現実を自覚しないように、その顔を自分の胸元へ埋める。

「大丈夫だよ、……」

その言葉は、誰に向けたものだっただろう。

地球で言うところのスーツ、みたいなのを来たオークションの司会者の異星人が、雪宮に手を伸ばす。

「……行こう、"蘭世"」

「ん……」黒名の小さな手が、雪宮の手首を掴む。猫のように細い瞳孔が、じっと縋り付くように雪宮を捉えた。

雪宮は慈愛を載せて微笑んだ。まさに母親が子へ向ける愛情たっぷりの笑顔のように。

__今度は、俺が黒名くんの心を守る。

そう強く決意して、雪宮は紺色の手を取る。

熱橙の瞳が見据えた先は、ぐったりと闇に凭れていた。

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