修行開幕・vsロックスター
「じゃあウタ、始めるとしようか」
エレジアの一角。周囲に建造物のない開けた場所に陣取り、シャンクスは愛娘を振り返り言った。
「うん。シャンクス、皆、お願いします!」
ウタは、そんなシャンクスと彼の広報に並ぶ赤髪海賊団の面々、そしてこの国の元国王・ゴードンに深々と頭を下げる。
「そんなにかしこまるな」と言いかけたシャンクスだったが、顔を上げたウタの表情を見て、その言葉を飲み込んだ。彼女の真剣さと覚悟を汲んだのだ。
「まずはウタ、今のお前の技量を見るとしよう。そうだな・・・ロックスター」
「ヘイ」
「ウタの相手をしてやってくれ。顔見知りの俺たちよりは、ウタもやりやすいだろう」
「思いっきりやってやれ」
副船長のベックマンに肩を叩かれながら、赤黒い髪をウニのようにツンツンに尖らせた男が、海賊団の中から出てきた。
シャンクスの言う通り、ウタにとってあまり馴染のない人物である。
「えっと、はじめましてかな。ウタです」
「お初に、ウタお嬢。自分赤髪海賊団新入りのロックスターってモンです」
「お嬢だなんて、そんなかしこまんなくていいよターさん」
「いやあ、こういうのはしっかりしねえと・・・え、ターさん?」
いきなりあだ名呼びしてきたウタに困惑するロックスター。一方のウタは、あくまでマイペースに音撃槍(マイクランス)を構える。
「それじゃあ、改めてよろしくね!」
「こちらこそでさ」
ロックスターもまた、腰の剣に手をそえた。
ジリ……と睨み合う両者。
そして、微かに目を細めた後、ウタは一気に駆け出した。
「“重々しい受難曲”(グラーヴェ・パッション)!!」
飛び上がり、大上段からの全力の振り下ろし。しかし、ロックスターは顔色一つ変えずに、抜いた剣でそれを受け止める。
一方のウタは、中空に浮いたままで、マイクランスを変形させた。このまま至近距離でウタウタの力を使い、ロックスターをウタワールドに引き込もうというのだ。
「ま、させませんがね!」
「え!?キャアァ!」
そんな言葉と共に、ロックスターの腕がマイクランスを掴み、ウタごと彼方へと放り投げる。その後を追うように、自身もまた飛び上がった。
「“斑・割り剣”(ブチわりけん)!」
「クッ、“繰り返す協奏曲”(ダカーポ・コンチェルト)!」
一瞬にして上を取り、見かけによらぬ俊敏な連撃を浴びせるロックスターと、連続の切り払いで何とかそれを防ぐウタ。
落下しながらの攻撃の応酬は、着地と同時にウタが吹き飛ばされたことで決着した。
頬から血が伝う。
ウタはそれを、右手の甲で拭った。
(こっちの攻撃は全部当たらなくて、向こうのは……二・三発は喰らったかな?なんて技量……)
しかし、それで止まるウタではない。キッとロックスターを見据え、再び突撃していった。
「どうみる?」
打ち合う二人を見つめながら、シャンクスは傍らの副船長に問いかける。
「……俺たちの仲間である以上、ロックスターがウタの能力について知っているだろうことは、アイツも分かっていたはずだ。だってのに最初からウタウタの力での速攻を狙った。
そういう判断をするのは、それで終わらせられる実力差があると見たか、勝負を速攻で終わらせたかったかの二つに一つ……おそらく今のウタは後者だろうが、何にせよそういう戦い方で続けるなら——」
「ああ、アイツに勝ち目はない」
言葉を引き継ぎ、戦いから視線を逸らさぬまま、シャンクスはそう言い切った。
『——タエ』
(うるさい)
『——ウタエ!』
(うるさいうるさい!)
『オレヲ、歌エ!』
(うるさいうるさいうるさいうるさい!!)
——この戦闘を始めるという段になってから、ずっと「声」が頭に響いている。
それを振り切ろうとするかのように、ウタは目の前にロックスターに攻撃を繰り出し続けた。
理由は、何となく分かっている。
エニエスロビー、スリラーバーク、シャボンディ。それまでの戦いでも存在を示してきた『魔王』が、電伝虫でウタにその存在をはっきりと知覚されたことで、彼女への干渉を強めてきたのだ。
ウタとしても、想定していなかったわけではない。
そもそもこの特訓は、この先に待つ「新世界」での航海に向けての戦力アップ。そして、魔王“トットムジカ”の制御にある。その中で魔王からの干渉や接触は避けて通れないだろうとは、ウタも思ってはいた。
(でもこんな……戦いの場にたったとたんに来るなんて……!)
もっとも、どれだけ強大であろうとも、“トットムジカ”はあくまで歌だ。
その出現にはウタによる“トットムジカ”の歌唱という手順がある以上、例えどれだけ心の中で存在を主張してこようが、ウタがその歌を歌わなければ、魔王が顕現することはありえない。
だがウタは、その確信を持てずにいた。
(——もし、スリラーバークの時みたいに、“トットムジカ”が私の体を乗っ取って来たら)
(——もし、戦いの中で歌っているときに、無意識にこの旋律が口からこぼれたら)
疑惑は、脳裏であの日の、崩壊したエレジアの光景に結びつき、ウタの心に枷を掛ける。
その不安が故に、今のウタは、一定以上の歌唱を要する「ウタワールドの力を引き出すバフ技」の使用を、無意識のうちに避けてしまっているのだ。
斬り合いから一転、ロックスターが横薙ぎに剣を払い、両者の距離が広がる。やはり傷を負うウタに対し、ロックスターは無傷であった。
ズオッ!と、接近しながらロックスターが剣を大上段に振りかぶる。それを見て、ウタは好機とマイクランスを構えた。
「“カチ割り剣”!!」
「“インレイ・”——ッ!!!」
「インパクト」と続けようとしたウタ。
しかし、次の瞬間には体を襲ったとてつもない衝撃によって、彼女の体は紙屑のように吹き飛ばされていた。
「“ダイヤル”仕込みですかい。面白い武器ですが……そこに当てなきゃいいだけの話しですぜ」
全身を襲う痛みに耐えながら、ウタは先ほどから感じていた一つの疑念を確信へと至らせた。
(『こっちの攻撃をわかってるみたいに防ぐ』『マイクランスにダイヤルが入ってることを見抜く』……やっぱりターさん、空島のアイサやエネルと同じ、“心網”(マントラ)に近い技を、使ってる……)
「お嬢」
何とか立ち上がるウタに、ロックスターが語りかける。
「お嬢の事は、お頭たちから聞いた話くらいしか知りやせんでしたが、こうして打ち合ってよく分かりやしたよ。お嬢は、強いです——ですがまだ『全力』じゃねえ」
顔を上げるウタに、ロックスターはニッと笑って見せた。
「思いっきり来て下せえ。大丈夫でさ、これでも元々海賊やってやしたんで、ちったあ腕も立つ方だとは——」
刹那、ウタの視界からロックスターの姿が消える。次に聴こえた彼の声は、彼女の真後ろから響いた。
「——思ってんすがね」
振り下ろされる剣を、ギリギリのところで躱す。地面を大きく砕いたその一撃は、今までの物とは比べ物にならない。
そうして舞い上がった瓦礫が落ちるよりも早く、ロックスターはウタへと追撃した。
「クッ!“低音域の”(フラット)——」
「遅いですぜ!」
「ッ!!!?」
更に距離を置こうとしたウタを、横薙ぎに振るわれたロックスターの剣が捕らえる。再び吹き飛ばされ、土煙を巻き上げながら地面に叩き付けられるウタ。
「ウタ!」
「ゴードンさん」
その光景に思わず駆けだそうとするゴードンを、シャンクスが制した。
「ウタなら平気だ。今は見守ってくれ」
「し、しかしあんな」
「大丈夫だ。むしろ……」
言葉を区切り、土煙の方を見るシャンクス。その中でゆらりと立ち上がる愛娘の存在を感じながら、シャンクスは微笑んだ。
「随分と、強くなったんだな。ウタ」
ザッと、マイクランスを地面に突き立てる。そこに手を添えながら、ウタは目を瞑った。
(——集中しよう)
目を開く。視界に映るのは突き立てたマイクランスと、煙越しのロックスター。そして、赤髪海賊団やゴードンの姿。
(ターさんの言う通りだ。せっかくの、皆の前で歌う久しぶりの『ステージ』なのに、怯えて全力のパフォーマンスが出来ないなんて、そんなの)
キッと眦を決し、マイクランスを掴み、ウタは高らかに叫んだ。
(そんなの、嫌だ!)
「“快速な詠唱曲”(アレグロ・アリア)!!」
自らを鼓舞するように旋律を紡ぎ、ウタは一気に駆け出した。
迎撃の体勢を取るロックスター。そんな彼にウタは一切の小細工なく、真正面から突っ込む。
「“急速な追奏曲”(プレスト・カノン)!」
「ヌウ!!」
全力の突撃、しかしロックスターは耐えきった。ぶつかり合った剣と槍が離れ、そしてまた激突する。
「ウェア!」
「“強き詠唱曲”(フォルテ・アリア)!」
打ち合い、ロックスターは驚いた。力を込めた自身の剣を押し返さんばかりに、ウタの力が上がっていたのだ。
「ムゥ!“斑・割り剣”(ブチわりけん)!!」
「“繰り返す協奏曲”(ダカーポ・コンチェルト)・とても強く(フォルティッシモ)!!」
それまでよりも苛烈な勢いで、剣と槍が打ち合う。
そのなかで、ロックスターはこの戦いで初めて焦りの表情を浮かべていた。
(パワーとスピードの切り替えが早い——!)
“強き詠唱曲”(フォルテ・アリア)、そして“快速な詠唱曲”(アレグロ・アリア)。ウタワールドからそれぞれ「パワー」と「スピード」を引き出す
二つの詠唱。ウタはそれを、打ち合いの中で瞬時に切り替えて攻撃しているのだ。
「“急速な練習曲”(プレスト・エチュード)!」
「グッ…!エェア!」
ウタの真っ直ぐな突撃を受け止め、何とか押し返すロックスター。ウタはあえてその力に身を任せ、中空へと身をひるがえす。
その隙を逃さず、ロックスターは剣を振り上げ追撃する。
しかし、くるりとロックスターの方に振り向いたウタの顔には、確かな笑みが浮かんでいた。
「“音波・破壊の編曲”(ハボック・アレンジ)!」
接近した状態のロックスターめがけて放たれた、大声量の音圧攻撃。例え思考が読めていても、回避しにくい攻撃を選んだのだ。
足元のふらつくロックスターを尻目に、彼が作った瓦礫を足場にし、またしても真直ぐ突撃するウタ。
「正面からだけじゃ勝てませんぜ!“カチ割り剣”!!」
「……」
無言のまま、ロックスターの剣を受け止めるウタ。
「!?」
そう、“受け止めた”のである。
(手ごたえがない……さっきの攻撃で平静を欠いて“覇気”を乱した!)
「“インレイ・衝撃(インパクト)”……!」
高らかに告げ、ウタウタによるバフを全身にみなぎらせるウタ。
ロックスターも防御姿勢を取るが、彼女の一撃はその上を行った。
「“重々しい受難曲”(グラーヴェ・パッション)!!!」
轟音と共に吹き飛ぶロックスター。
その光景を見て、シャンクスは満足したように頷いていた。
「ハア……ハア……」
息をつきながら、ウタは前方を見据え続けていた。
そして、土煙の向こうで起き上がろうとしている人影を見て、衝撃(インパクト)で痺れた腕に力を込める。
「そこまで!」
シャンクスの声が飛んだのは、まさにその瞬間であった。
「シャンクス……」
「ウタ、よく見せてもらったぞ。お前の成長。
ロックスターもご苦労だったな」
「ツツ……いや、ここまでとは、流石に思ってなかったんすがね。流石です」
立ち上がるロックスター。流石に相当なダメージは喰らっていたが、それでも未だ余力を残してそうな彼に、ウタは“新世界”の、四皇と呼ばれる海賊団の層の厚さをひしひしと感じていた。
「さて、ウタ。一つ確認しておきたいんだが」
シャンクスの呼びかけに、ウタはそちらを振り向く。
「何故、最初の一手でウタワールドに取り込もうとした?」
その質問に、ウタは顔を曇らせる。しかし隠してはダメだと判断し、自身の内側に響いた“魔王の歌”についてを語った。
「そうか……やはりか」
「分かってたの……?」
シャンクスの反応に、少し驚いて尋ねるウタ。
「ああ、お前から以前の戦いで“魔王”がお前の体を乗っ取ろうとしてきたと聞いた時に、そういうこともありうるかとは思っていた。
……実をいうとな、今回の戦いはそれを確認するためのものでもあったんだ」
「え?」
「この先修行を続ける上で、戦闘を重ねることは避けては通れない。だが、その度に魔王が出現していたら、進むものも進まない。だから“トットムジカ”の存在をはっきり知った上で、お前が戦闘中に飲まれないかを確認する必要があった。ゴードンさんにここにいてもらったのもそのためだ。もし暴走した時に、城まで助けに行くのは難しいからな」
「黙っていてすまなかった」と謝るシャンクスに、ウタは「ううん」と首を振る。
「必要なことだもの。あ、でも次はちゃんと言ってね!」
「ああ、すまない。そして暴走せずによくやったな、ウタ。第一段階はこれでクリアだ」
「うん!」
シャンクスに頭を撫でられ、顔を綻ばせるウタ。一方、シャンクスは一転して表情を引き締めた。
「とはいえ、現状ではまだ力不足なのも事実だな」
「……うん、分かってる。」
「私からも、いいだろうか」
「ゴードン……」
その場にやって来たゴードンが、昔音楽の指導をしてくれた時のように、ウタに語りかける。
「ウタ、私には戦闘のことは全くわからない。だがそれでも、戦いの中で歌う君が、酷く怖がっていたのはわかるよ。まるで、初めてステージに立って緊張している子供のようだった」
「ッ……!」
「ウタ。私は昔見た、君の歌う姿が脳裏に焼き付いて離れない。心の底から、歌うことを楽しんでいたあの姿が。
私たち演奏者は、曲と同化しなければならないが、曲に溺れてはいけない。怯えを伴ったままでは、本当の意味で君の歌の力は発揮できないと私は思う。
……トットムジカに怯え続けた、私の言えた言葉ではないがね」
「そんなことないよ!」
思わず否定の言葉を口走るウタに、ゴードンは優しく微笑む。
「ありがとう、ウタ」
「ゴードンさんの言う通りだな、ウタ」
ゴードンの言葉を引き継ぎ、シャンクスが続ける。
「“トットムジカ”は、負の感情の集合体と聞く。お前の心にあの魔王を恐れる気持ちがある限り、やつはお前を乗っ取ろうとし続けるかもしれん」
「なら、どうしたら……」
不安を口にするウタに、シャンクスは告げた。
「『”疑わないこと” 、それが”強さ”』だ。お前がお前自身をより信じられるよう、能力・心身ともに強くなることだ。それに、魔王の制御を抜きにしても、より成長しならなければいけないことは、お前も感じているだろう」
その言葉に、先ほどのロックスターとの戦いと、シャボンディでの『敗北』の記憶がよみがえる。
表情に力が入るウタの頭を、シャンクスはそっと撫でた。
「心配するな。そのために俺たちがいる。娘の想いに応えるのも、親の務めだからな」
「私も、出来る限りの助力はしよう。君が、より君の歌を好きになれるように」
「ありがとうシャンクス、ゴードン!私、頑張るよ!」
仲間たちのもとに。そして、いつか『海賊王』へと至る幼馴染の隣に胸を張って立つために、ウタは改めて強く誓うのだった。
「ところでウタ、疲労や眠気は大丈夫か?」
「うん!ウタワールドの力でパワーアップする戦い方なら、すぐには眠くならないんだ」
快活に答えるウタを見て、シャンクスは静かに次なる修行の段階を宣言した。
——そう、ここからが、本当の意味での修行の始まり。
「よし、ではお前自身をより強くするための技術——『覇気』を、お前に教える」
捏造技
“斑・割り剣”(ブチわりけん)
まだら模様を描くように繰り出される、ロックスターの連続剣撃