信仰

信仰




極秘任務として黒ひげ海賊団に潜入しているクザンは、現在与えられた部屋にて一人の青年と二人で居た。青年は突然クザンの部屋にやって来たかと思えば「クザンさん、遊びましょう!」と抱き付いて来たのである。青年の名はコビー。この黒ひげ海賊団の頭であるマーシャル・D・ティーチの「幼妻」を自称している青年だ。青年と呼ぶには女性的な、丸みを帯びた体。艶々に手入れされ、花の様な果実の様な甘い香りを漂わせる長い髪。お姫様の様に、毎日着せ替えられるふわふわのドレス。その上で、六式を使い熟す、四皇幹部の称号に見合った戦闘能力。何をどうすれば、目の前のコビーという人間が出来上がるのだろう。

「……あー、コビー君?」

「はい、何して遊びます?」

「や、遊ばない」

「えー」

「代わりにちょっと聞いても良い?」

「何をです?」

「なんでこの船にいるのかなぁ、と。あとはそうだな、馴れ初めとか」

「ティーチとのですか? えへへ、なんか馴れ初めって言われると照れちゃいますね。でも、どうしてそんなの聞きたいんですか?」

「ただの興味本位、ってやつだよ」

「ふぅん? 僕の話なんて面白く無いですよ。気持ち良い事してる方がずっと良いと思いますけど」

「……未成年に手を出す趣味は無いんだ。ボインのねーちゃんの方が好きでね」

「ああ、デボンさんみたいなですか? なら仕方ないですね」

くすくすと笑って、コビーはクザンの膝に座った。それが当然の様に。そういえば彼がたった一人で歩いている所をあまり見た事が無かった。黒ひげや幹部達に抱き上げられているか、膝に乗せられているかだ。コビーは足をゆらゆら動かしながら、歌う様に自身の過去を話しだす。

「僕、アルビダっていう女海賊の船に、雑用として乗ってたんです。でも、僕は愚図で鈍間で役立たずだから、使えない奴だね、って、船から降ろされてしまって。ああ僕死んじゃうのかな、って、思ってた時、ティーチ達と出会ったんです。まだ、こんなに人が居なかった頃。

実は、僕、最初は怖かったんです。だって、海賊ですし。僕よりずーっと大きくて強い人達でしたし。殺されるかも、って思いながら、毎日雑用をして。……でも、あの人達は、僕のこと、愚図とも鈍間とも、役立たずとも、言わなかったんです。いっぱい失敗したのに。

それに、ティーチは僕の事、沢山鍛えてくれたんです。僕がこんなに強くなれたの、ティーチのお陰なんですよ。初めて剃を修得した時なんて、『やっぱりお前ェにゃ素質があったな』って、褒めてくれて。たくさん『ご褒美』をくれたんです。

僕にとって、ティーチはかみさまなんです」

それは、うっとりと陶酔する様な言い方でも無く。崇める様な言い方でも無く。それが世界の摂理なのだと、ブラックコーヒーは苦いんです、と当たり前の事を言う様な、さらりとした言い方だった。

「この船に居る皆さんも、僕の事、家族みたいに接してくれるし。いっぱい『きもちいいこと』してくれるんです。もちろんティーチとするのが、一番好きなんですけど。

僕にとって、この船は、とっても大事な場所なんです」

そう言って、コビーはクザンを上目遣いに見上げて、にこ、と笑う。気付けば、その丸い目から目を逸らせずにいた。首にするりとコビーの腕が回り、耳元で「だから、クザンさん」と甘い声が囁く。




「ティーチのじゃまをしないでくださいね」




間近で合った目にあるのは、殺意。クザンがこの船に居るのは極秘任務だと知っている、と、彼の声が聞こえて来る。「わざと」聞かせているのだ、と、気が付いた。

コビーはぱっとクザンから離れる。

「クザンさん、僕、実は、海兵になりたかったんです」

「……」

「でも、海兵の人達は、僕を助けてはくれなかった。僕を救ってくれたのは、ティーチだった。今の僕の夢は、ティーチと……ティーチ達と、ずっといること。それをじゃまするって言うなら、その時は」

花の様に、コビーは笑う。その笑顔は、多くの男を虜にするだろう。コビーはその先の言葉は何も言わずに、一歩下がる。

「また遊びましょうね、クザンさん」

耳に残る、砂糖を溶かした様な、甘い声。

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