保健室にて

保健室にて




最近どうにも調子が良くないので、今日はトレーニングを取りやめて保健室で休むことになった。


「うう〜しんどい……ちょっと寝ます……おやすみなさい……」


ツルマルさんやミラクルさん程では無いけれど、昔から虚弱体質気味ではあった。夏に外へ出れば熱中症で倒れ、冬に買い物へ出かければ厚着と人混みによる熱で倒れ、もう体温調節が下手どころでは済まない。

トレセン学園に入学して、トレーナーさんがついてからは以前の何倍も健康的になったけれど、体質改善とまでは至っていない。トゥインクルシリーズを走るウマ娘として、健康管理もしっかりしないとなあ……と若干自己嫌悪に陥りながらも目を閉じた。





「……んん?あれ、私保健室で寝てたんじゃ……?」


────目を開くと、そこには草原が何処までも広がっていた。心地よい風が吹き、その風に乗って緑の匂いが鼻腔をくすぐる。

どう考えてもおかしい。私はさっき、消毒液の匂いがする白い空間に居たはずなのに。


「フフ、……ッハハ、アーッハッハッハ!!!」


「ひゃわあぁぁっ!?」


突如、背後から素晴らしく響き渡る高笑い。しかもそれは私の憧れのウマ娘による聞き馴染みのある高笑いで、いろんな意味で驚き耳としっぽがピンと伸びた。


「よくぞこの安息の地へと辿り着いたな、愛を夢見る乙女《フリッグ》よ!」

「へ、ぁ…………………」


ハッとして後ろを振り返れば、そこにはやはりと言うべきか、このウマ娘しかいないというか……とにかく、眼帯がトレードマークの彼女──タニノギムレットさんが居た。

まさか本物?しかし、『愛を夢見る乙女』だなんて、きっと夢女子であることを指すんだろうけど、そんな私のパーソナルなことを知るはずが無い。これは夢なんだろうなあ、ととりあえず結論付けておく。

他の誰かに声をかけているのかと辺りを見回してみても、そこら中に草が生えているだけで他には誰もいない。つまり、彼女は今私に話しかけているということ。


「今のオマエは迷える子羊《ストレイ・シープ》だ。……違うか?」

「え!?んん〜……そ、そうかも、です」


ぽかんとしていたのを慌てて振り切り、ギムレットさん(?)の言葉を肯定する。確かに今の状態はそうと言えるだろうから。


「オマエは怠惰《ベルフェゴールの誘い》を良しとしないのだろう。ならば、停滞している現状を破壊するといい」

「そうしたいのは山々なんですけど、休んでもあんまり疲れが取れなくて……うう」

「案ずるな!この俺が道標《アリアドネの糸》となり、オマエを迷宮《ラビリンス》から連れ出してやろう!」

「わ、わぁいやった〜!」


ギムレットさんの言葉を完全に理解出来る訳じゃないけど、なんとなく『私の不調を治す手助けをしてくれる』みたいなニュアンスだと踏んだ。そんなことあってもいいのか、と後退りそうになるが、私自身早く元の調子を取り戻したいし断るのも失礼だ。


(でも、どうやって……?)

「フ、そう不安そうにするな。

……オマエはただ、俺に身を委ねればいい」

「っ!?……ひゃい!ゆだねます!すべてを!」

「それでいい。さあ、前を見ろ!」


我ながらちょろい、けど推しにあんなかっこいいこと囁きかけられたらなんでも言うこと聞いちゃうじゃん!と架空の誰かに弁解する。

とにかく言われるまま前を見てみると、そこには────


「え!?さ、柵……?ですね!?」


────柵が一枚佇んでいた。

柵、と言えば、まあ……連想するのは破壊神の異名を持つギムレットさんではある、だからといってなぜ今ここに?さっきまでは絶対になかったはずだけど、綺麗な原っぱに柵が一枚だけ設置されているのは中々に異質な光景だ。


「然り!そしてこれはただの柵ではない!オマエを阻んでいる負の気配《カース》が形を生したモノ……言わば牛頭の怪物《ミノタウロス》!その怪物を打ち破ることで、オマエは心身共に解放されるという訳だ!」

「お、お〜……!」


つまり、私の不調とか悪いものの概念的なものが具現化したのがこの柵で、これを壊すことで調子が戻るかも……みたいな感じだと思う、多分。


「私がこれを壊すってことですかね……?」


念の為に尋ねてみると、それはもう力強く肯定された。

意図的に物を壊すという行為に抵抗感は少なからずある。しかし、ギムレットさんはいつもその後に修復しているし、彼女の持つ『破壊と再生』の美学を少しでも理解することが出来るんじゃないか。何よりここは夢のなかなんだし、誰にも咎められないはず。


「ワタシの姿に焦がれているオマエならば容易いことだろう!さあ、理性《ロゴス》を焼き払い、衝動《パトス》を解き放て!」

「は、はい!がんばります!

っ……よいしょぉーっっ!」


ああもう、こんなに激励されたらやるしかない!

腹を括り、標的の柵を思い切り蹴飛ばす。バキィ!と鈍くも小気味良い音が鳴り、柵の足元には綺麗に折れた残骸が転がった。


「や、やったぁ……!」


破壊の感触や生じる音の爽快感、謎の達成感が込み上げてきて、じわじわと嬉しくなってくる。パッとギムレットさんの方を振り返ると、彼女は満足げに頷いてくれた。


「アーッハッハッハ!!素晴らしき破壊《デストロイ》!速さと靱やかさ、そして力強さを兼ね備えた姿《フォーム》!オマエを形作るソレは、未だ輝きを放っている!」

「え、えへへ……」


恐らく褒められているらしく、嬉しくもあり何とも面映ゆい。


「さて、そろそろ終劇《フィナーレ》か……アイ・オープナーは正常に作用したらしい」

「あ、もう終わっちゃうんだ……」


どうやら現実の私が目覚める頃合いのようだ。無意識下の夢でこんな解像度が高めの推しに会えることなんて滅多に無いから、少し名残惜しい。だけど、早く復帰してあわよくば現実の彼女に褒めてもらいたい……というのは高望みかもしれないけど、モチベーションにするなら悪くないはず。


「あ、あの!ありがとうございました!私、いつかあなたに見てもらえるような走りをしてみせますからっ……!」





「……んん、……ぁ、トレーナーさん……」

「おはよう、具合は良くなった?」

「あの、なんか、すっごくいい夢みたんです……!私、多分もう大丈夫です!」

「ほんと?良かった!そんなにいい夢だったの?」

「はい!えっと……柵を壊す夢?」

「どんな夢!?」


何はともあれ、ベリーベリーミルクは元気になったようだ!


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