例の部屋SS
・出られない部屋に閉じ込められたセキショウ
・キスまでしかしてないけど閲覧注意
「オイオイ、こりゃいったいどういうこった」
額に手を当ててきゅっと眉をひそめたセキが、くるりと部屋の中を見渡す。
さして広くもない空間は、ぐるりと白い壁しかない。
白い天井に白い床。
近い造りはギンガ団の本部だろうか。
唯一色があるのが足つきの寝台と、その中でくうくうと寝こけるショウだけだった。
「……参ったな」
リーフィア、と相棒を呼んでもいない。ブラッキーも、シャワーズも。ショウの相棒すら見当たらない。
そもそも自分は、いつも通りコンゴウ団の集落の天幕で眠りについたはずだ。
「……なら、夢か?」
それが一番わかりやすくて助かる。セキはぺたぺたと床の上を歩いて、寝台の端に腰を掛けた。
健やかな寝息を立てるショウの顔をのぞき込む。まだあどけない、しかし蕾もそろそろほころぶころといった少女の寝顔に手を伸ばせば、柔らかな肌と温もりが伝わってくる。
夢にしてはあまりにも現実味がある。
「んぅ……」
ふるふるとまつ毛がふるえる。ゆるゆるとまぶたが持ち上がって、ぼんやりとセキの姿を目に映したショウが、目も口も丸くする。
「セキさん?」
「おう。起こして悪いな」
「あれ? あたし、きのうはコトブキムラに」
言いかけて、はたりとショウが目を瞬く。
「ここ、どこですか?」
「オレにもさっぱりだ。あんたがわからねえってんなら、なおさらお手上げだな」
「え」
跳ね起きたショウが、部屋を見まわして唖然とする。ちいさく相棒の名をつぶやくが、返事はない。
「え。なんで……セキさんのリーフィアたちは」
「いねえな。一通り壁も床も天井も調べたんだがよ、人影もなけりゃ隠し通路もなさそうだ。何か思い当たることは……なさそうだな」
「すみません」
「オレもわからねえから、あんたが謝ることじゃねえよ。ま、手がかりみてえなもんは見つけたけどよ」
ほれ、と紙切れを一枚差し出す。目が覚めてすぐセキの手の中におさまっていたものだ。
セキにはさっぱりと読めない字で書かれていたが、ショウには読めたらしい。
「『セッ』……っ? ……っ!?」
当たり前のように読み上げかけて、みるみるうちにショウの柔らかな頬が真っ赤に染まった。
ちいさなくちびるがふるふると震えて、大きな目にじんわりと水分がにじむ。
「……あんたには読めるみてえだな」
はい、とショウがたどたどしくうなずく。
指の先まで真っ赤になっているのがあまりにもかわいそうで、ろくでもないことが書かれてるのだとは察した。
「……をしないと、出れない部屋、って書いてあります」
声がちいさくて何をしないといけないのか、セキには聞こえなかった。
けれども、ショウがセキと目を合わせず、羞じらいを含んだおもてを見ていれば、問いただすのも気が引ける。
「悪い。聞こえなかった」
「え、……」
「いや、言わなくていい。言いにくいことなんだろ? こっちが当てるから、当たってたら頷いてくれりゃいい」
多少まどろこっしいが、仕方ない。
ふむ、とセキは顎に手を当てて首を傾げた。
「オレとショウでしたことはあるか?」
ぶんぶんとショウが首を横に振る。
「あ、あ、ありません! あるわけ、ないです!」
ひっくり返った声で勢いよく否定して、ショウは顔をうつむかせる。
「こっち、ヒスイではわかりませんけど……あたしのところでは、恋人とか、夫婦ですること、で……」
「ふうん?」
恋仲や夫婦がすること。
セキは片眉を持ち上げて、掛け布団をぎゅうぎゅうと握りしめるショウの片手を、手紙を持つのとは違う手で取った。
セキに比べれば小さくて柔らかい。指を絡めとって、すり、とこすり合わせれば、クラフトで分厚くなっていること、細かな傷がたくさんあることがわかる。
ヒスイを救った手。時空の裂け目から落ちてきてからこちら、ずうっとかけずり回ってきた細っこい指先。
「セキさん、な、なに、を……っ」
「ああ、その反応は違うのか。なに、恋仲がすることといやあ、手をつなぐってのは常道だろう?」
ついでに、セキもしてみたかったことだ。
兄貴風を吹かせていながら、実はずっとそうしてみたかったのだと言ったら、ショウはどう思うだろうか。
怯えて、警戒されるのは本意ではない。
ヒスイならとっくに適齢期ではあっても、ショウのいた世界では違うのだと他愛ない会話で聞いたことがあったから、セキはことさらに気をつけた振る舞いをしていた。
男の顔を見せないように。しかし、よその男にかっさらわれることのないように。
なかなかに難しい塩梅だった。
「う、……」
しかし、これはある意味千載一遇の機会だった。
この機を逃すな、と第六感がささやく。
「ショウ」
恥ずかしげに目を伏せるショウの名を呼びながら、そのかたちのよい額にくちびるを寄せた。
「……っ、セキさん……っ」
「こいつも違うか? それとも場所か?」
紙を手放し、ショウの顎に手をかける。ちいさなくちびるを親指でなぞれば、びくっと華奢な肩が揺れた。
「ちがいますっ」
ショウのちいさな頭が左右に振られた。
「だがよ、ショウ。おあつらえ向きに布団があって、夫婦ですることっていや、あとは一つしか思い浮かばねえんだが──」
髪の間、真っ赤になった耳にくちびるをよせてささやく。ぴく、と肩が揺れて、しかしそれだけだ。ショウは違うと否定しない。
「あ、……っ」
ぎゅう、とセキの指を握るショウの手に力が籠もった。
さすがにやり過ぎた、とセキは身を引いた。
「そうか、わかった。……変なこと聞いちまって悪かったな。ま、あんたとオレとがそろって消えたんだ、その内誰かが異変に気づくだろ」
この場にはいなくとも、放牧場にはアルセウスも、ディアルガも、パルキアもいる。
ショウの身に危険を感じれば、きっと駆けつけてくるだろう。
そんな予感が確かにあった。
時期も最悪ではない。少なくとも、集落にもキングやクイーンたちにも異変は起こっていないし、シンジュ団ともギンガ団とも揉め事は起こっていない。
長の不在も、ヨネたちがうまく取り計らってくれるだろう。
だがそれもいつまで持つか、などと考えを巡らせていたら、ショウの手がセキの羽織をつかんだ。
「……しないんですか?」
か細い声だった。
首まで真っ赤にして、大きな目を泣きそうにうるませて、ショウがセキを見上げてくる。
セキはかすかに目を瞠ったあと、ぽんぽんとショウの頭撫でる。
「しねえ」
でも、とショウは諦め悪く言い募る。
「──つもりだったが、やめだ」
「え」
するりとショウの頭巾を外して、長い髪に手を差し入れる。
「ちゃんと手順を踏むつもりだったがこの際だ。きちんと責任は取る。デンボクの旦那と学者先生には後で頭を下げるから──オレの嫁に来てくれ、ショウ」
「えっ? ええ? どうしてそんな話に……っ」
それはまあ、明らかな生娘を──手を握るだけでガチガチに体を強張らせるようなうぶな娘を手籠めにするからだ。
いくら必要に駆られたからとはいえ、誘われるようなことを言われたとはいえ、傷ものにしたからには責任を取るのがセキの中では常識であったし、何より。
「そうしてえからだ。嫌なら突き飛ばしてくれ」
言って、セキは髪から頬へと手を滑らせた。
紅を塗っているわけでもないのに赤くて熱いまろい頬に口もとをゆるめながらゆっくりと顔を近づけたが、ショウからは逃げられなかった。
「ん……っ、んぅ……」
柔らかくくちびるをふさぐ。
初めて味わうショウのくちびるはみずみずしく甘い。舌を差し入れて、歯列をなぞって縮こまるショウのそれをつつき回す。
息継ぎの仕方がわからずに苦しそうな吐息が漏れるが、それもすぐに甘く溶けていく。
「ん、んん……っ」
とんとんと胸を叩かれるが、セキは構わずショウのちいさな舌にぬるぬると自分の舌をこすり合わせた。
「んぁ、ふ……」
鼻から抜けるような声がかわいい。ちゅるりと唾液を流し込めば、こくりと喉が鳴る。
セキはくったりとしたショウを抱き寄せた。
ショウの初めてを奪える。男として、ショウに触れて、体を暴くことができる。
獣性を押し隠し、セキはそっとショウの頬を撫ぜた。
「……セキさん?」
「なあ、ショウ。口吸いは嫌だったか?」
「くちすい……?」
きょとんとあどけなく呟くようすすら、背中がぞくぞくする。
「さっきしたことだ」
もう一回、とセキはショウに顔を寄せた。
「あ……っ」
拒まれることはなかった。
セキはショウに口付けた。熱い口内を舌でまさぐり、上顎を舐めあげ、逃げるショウの舌を絡めとって吸う。
「ん、ん……っ」
ショウの手がセキの羽織をぎゅうと握っている。かわいらしい反応に気をよくして、セキはさらにショウのくちびるを貪った。
「……っふ、う……っ!?」
そのまま押し倒せば、驚いたように目を見開くショウと目が合った。
「……目ぇ閉じてりゃよかったのに」
自分はさぞかし欲望にまみれた男の顔をしているだろう。
ショウに初めてさらけ出す表情に、しかし、ショウはうっとりと目をうるませて、セキを見つめるばかり。
大きな目に滲むのは柔らかく甘い恋情だ。
ふっと笑って、セキはショウの調査隊の制服の帯をほどいた。