使わない扉
「ギィ……」
どうしよう。
海を往くサニー号の一室。
私は立ちはだかる障壁の前に呆然と立ち尽くしていた。
「ん?誰がいるのか?」
「!」
この声は。
救いの手を差し伸べてくれたのは一味のスーパー船大工、フランキーだった。
「キィ!ギィ!」
「ウタか?お前そんなとこで何やって……?
……あァ、ドアが閉まっちまったのか。ちょっと待ってな、開けてやる」
「キィ!」
何のことはない。
何か手伝おうと物置の掃除をしていたら、船の揺れで不幸にも入り口のドアが閉まってしまった。
ただそれだけのこと。
でも、それだけで私には一大事だ。
押し引きで何とかなるドアならまだしも、ドアノブがついているタイプだともうお手上げ。
飛びつこうにも届かないし、届いたところで開けるのにも一苦労だ。
それに……閉じ込められるのは、好きじゃない。
「キィ……」
「アウ、出られてよかったな。気がついてよかったぜ。
ンー……毎回こうじゃ難儀だな、いつも誰かが通りがかるとは限らねェ。
だがこういう事態は予測できたハズ、こいつァおれの失態だ。
……よし、一丁改造してやるか!ちょっと待ってろよウタ!」
「!」
『改造』という単語に一瞬身構えたけど、フランキーはそのまま何処かへ行ってしまった。
何をするんだろう?
──────
数時間後。
さっきからずっと聞こえていた工具の音がようやく止まった。
「よーし完成だ!」
「フランキー、さっきから何してたんだ?」
私を定位置に乗せながらルフィが尋ねる。
「オウルフィ、ウタもいるな?」
「ウタがどうかしたのか?」
「見ろウタ!お前専用の通路を作ってやったぞ!」
「……!」
大きなドアの脇に小さなドア。
まるで最初からあったかのように違和感なくそこに鎮座していた。
押して開けるタイプなので、私でも開けられる。
「おー!いいじゃねーかこれ!よかったなウタ!」
「キィー!」
「悪かったなウタ、もっと早く気づいてやりゃよかったぜ」
「キィキィ」
「あら、いいじゃないそのドア!」
「へェ〜、これ今作ったのか!やっぱすげェなフランキーは」
遠くで話を聞いていたナミやウソップ達もやってきた。
あっという間に船員みんなが集まってくる。
「アウ!おれ様にかかればこのぐらい朝飯前よ!おめェらも何かあればすぐにおれを頼れ!
ウタも改造して欲しけりゃいつでも言えよな!」
「ギイィ!」
それはお断りだ。
──────
時は経ち2年後。
人間に戻れた私は、人の体で初めて乗るサニー号を存分に堪能していた。
「目線が高い……ドアも自分で開けられる……!
んーっ!最高!」
本当に何でもないことですら嬉しい。
ふと、今しがた自分が開けたドアの脇にあった、かつての自分専用ドアが目についた。
「……あは、ちっちゃい。私こんなんだったんだ〜」
その場にしゃがみ込み、もう使われることもないであろうその扉を押してみる。
昔の私のそれによく似た、木と金具が擦れ合った時の「キィ…」というが聞こえた。
「……ふふ」
つい先日まで使っていたはずなのに、何だか少し懐かしくなった。
オモチャの姿でも、みんなが私を気にかけてくれていた証。
「…………」
……ほんの好奇心のつもりだった。
普通に考えれば無理なことは分かっていた。
「……まだ、行けるかな?」
──────
ゴン!!
「!?」
突然サニー号に響いた、何かがぶつかる音。
サニー号探索中のウタに何かあったのだろうか。
嫌な予感にナミが耳を澄ます。
「うえぇ〜〜ん!!誰かぁ〜!!」
「!?」
遅れて聞こえた、他でもないウタが助けを求める声。
油断した。ウタから目を離すべきじゃなかった。
完全に何かあったパターンだ。
慌てて声と音のした方へ向かうと……
「あっ!ナミぃ〜!!助けてぇ〜〜!!」
おでこを赤く腫らした涙目のウタが壁から生えていた。
「ちょ、ちょっと大丈夫!?これどういう状況……」
壁一枚隔てた反対側には、ジタバタともがくウタの下半身。
「ふぇ〜ん!!痛いよぉ〜!」
「……なるほどね……」
──────
押しても引いてもにっちもさっちも行かなかったので、結局ブルックに壁を斬ってもらって救出された。
フランキーになんて説明しよう……
「ごめんなさい……」
「まあ大したケガがなくてよかった。頭の方は大丈夫か?」
「うん……」
チョッパーは半ば呆れたような顔で言った。
そんな意図はないんだろうけど「お前バカなのか?」って言われたような気分になる。
「壁ならフランキーと合流すればすぐ直してくれるよ、気にしなくていいぞ。
それより、なんであんなことやろうと思ったんだ?」
「……なんか……やりたくなっちゃって……」
「ええ……」
今度は呆れ10割の顔された。そりゃそうだ。
自分でもなんであんなことしたのかよく分かってないのだから。
「まー今回はこれで済んでよかったけど、あんまりルフィに心配かけちゃだめだぞ?見ただろさっきの顔」
「……うん……」
私が怪我(たんこぶ)をしたと聞いて、慌てて飛び込んできたルフィの顔が忘れられない。
人形だった時にも何度か同じような顔は見たけど、その時よりも慌てていたように見えた。
人形なら縫ったり何なりで治せるけど、私はもう人間。たまに忘れるけど。
痛いで済むならいいけど、人間なら大怪我をしたら治療に時間もかかるし、治せないことだってあるかもしれない。
だからルフィはあんなに焦っていたんだろう。
そんなルフィの優しさを嬉しく思うと同時に、そんなことで嬉しさを感じてしまう自分が少し嫌になった。
「……よし!お説教はここまでだ!早くルフィのとこ行ってやれ!」
「うん、ありがとうチョッパー」
そんな私の気持ちを察してかチョッパーは早々に切り上げてくれた。
一つお礼をして、私はルフィの下へ駆け出した。