何度だって

何度だって


※長い

※スグリの方言が怪しい

※テラパゴスは100%善意

・・・

アオイが俺のことを忘れた。

アオイとその友達たちが俺の家に来て、わくわくしながら出迎えると、アオイに「ゼイユの友達、ですか?」と言われた時は相当ショックだったが、アオイ達がキタカミに来たその夜にモモワロウのことがあったから若干それどころではなく。二人で協力して解決したのは良いが、その後数日間はキタカミの里に滞在するという話になって。

「このままじゃダメよ!」とねーちゃんが言って、ねーちゃんとペパー、ボタンにネモと俺の五人でアオイの記憶を戻そうと話し合っているのだが、ずっと少しだけ浮かない顔をしていたボタンが気を決したように口を開いた。

「……みんなは、防衛本能って知ってる?」

一様に首を傾げた俺たちに、ボタンは戸惑いながらも続けた。

「人は嫌な記憶を、本能で忘れることがあるんよ……だから、その……もしも、アオイが……忘れたくて、忘れたんなら、無理に思い出させる必要、ある? って思って……」

そう言ってボタンは目を伏せると、一呼吸おいて慌てたように口を開いた。

「あっ、いや、スグリがそういうことした、とか、する、とか、思ってるわけじゃなくて……ごめん、ただ、そういうこともある、って可能性……」

顔色を窺うボタンに「大丈夫」と頷く。

「嫌な記憶」「思い出したくないこと」……心当たりがないわけじゃない。ブルーベリー学園では特に、彼女に酷いことを言ったり、酷い態度をとった自覚はある。それを謝って「ゼロから友達になってほしい」と言った。

あの時頷いてくれたのは嘘じゃない。そう、信じているけど。でも、本当は、嫌だったのかもしれない。

俺のことを全部忘れてしまいたいと願うほどに。


○・

公民館で泊まる三人と別れて、ねーちゃんと家に帰る。帰り道、珍しく静かだったねーちゃんは、部屋に戻る前「スグ」と呼び止めた。ねーちゃんは静かな目をして口を開く。

「スグは今のままでいいの?」

「……」

すぐに答えることは出来なかった。俺の思い出をアオイが忘れたいと思っているのなら、無理に思い出させる必要はないのかもしれない。けど。少なくとも俺にとっては、大切な思い出で。アオイもそうなのだと勝手に思っていた。

「イヤなら簡単に諦めちゃダメよ」

ねーちゃんは自分の部屋に戻ろうとする。俺はその背に「ねーちゃん!」と声が出ていた。ねーちゃんがこちらを振り向く。

「俺、アオイに思い出してほしい!」

「よし! よく言ったわね!」

ねーちゃんは嬉しそうに笑う。

「少なくともアタシは、アオイがスグとの記憶を嫌なことだと思ってないと思うわ」

ねーちゃんはそう言って微笑み「じゃ、寝るわよ。明日から忙しくなるからね!」と部屋に入っていた。


○・

アオイ達がキタカミに来て数日。一緒にオモテ祭りに行ったり、りんごあめを食べたり、バトルしたり。皆も手伝ってくれているがアオイの記憶は戻らない。

ただ、彼女の元からの性格のおかげか俺たちは「友達」のように接することができている。

「ゼロから友達に」そう言ったのは俺だけど、何もかもを無かったことにしたかったわけじゃない。


てらす池までの途中で見覚えのある背中を見つけ、名前を呼ぶと、ふっとアオイが振り向く。まだ思い出していないのだとその瞳を見て察した。

「心配しなくても大丈夫だよ。ここには何回も来てるし……」

そこまで言ってアオイはふとこちらを向いた。

「……って、スグリは知ってるんだっけ? わたし、林間学校でキタカミの里に来て、たくさんポケモン捕まえたり、ともっこを探すために歩き回ったりしたんだ」

「……知ってるべ」

隣には居なくても、ずっと見てたから。

不思議そうな顔をしたアオイが口を開こうとした時、ポツ、と頬に冷たいものが当たった。

「わや、雨だ!」

「すごい降ってきた!」

「えっと、こっち!」

アオイの手を取って走り出す。とにかく逃げ込んだのは鬼さまの家、恐れ穴だった。

「ここって、オーガポンの……」

「そう……って、あ、勝手に入っちゃダメだったべか」

その声に反応したのか、アオイのモンスターボールからオーガポンが出てきて「ぽに!」と首を振った。

「大丈夫みたいだね」

「んだべな」

二人で小さく笑い合うと、アオイが「くしゅっ」と小さくくしゃみをした。

走ったとはいえ濡れてしまったのだろう。炎ポケモンに手伝ってもらって即席の焚火も焚いたが暖まるにはまだかかる。

「アオイ、これ、イヤじゃなきゃ使って」

差し出した上着と俺の顔を交互に見て

「でもスグリが……」

「女の子は身体を冷やしちゃダメなんだべ」

いつか、ばーちゃんがねーちゃんに言ってたことを無意識に口に出していた。

アオイはなぜかビックリしたように目を見開いて、バッと顔を背けた。

「あっ……ありがとう……」

そう言った彼女の耳が赤くなっている。そんなに冷えたのかと耳に触れると、ビクッとアオイの肩がはねた。

「ごっ、ごめん!」

「だ、大丈夫! うん!」

二人でギクシャグと少し距離を置いて座り直す。アオイも黙ってしまって、しばらく火の燃える音だけが洞窟の中に響いていた。

嫌われてないだろうかとアオイの顔を窺おうとすると、「わからないの」と小さな声が聞こえた。

「どうしてわたしが、スグリとのことを全部忘れちゃったのか」

アオイはスマホロトムを起動させる。

「スグリとの写真を見るたびに、きっと幸せな思い出だったんだ、って感じるから」

看板を巡った時の写真。オモテ祭りで三人で撮った写真。ブルーベリー学園で撮った写真。それを見つめるアオイの視線は温かった。

「……アオイは……俺とのこと、思い出したい?」

俺の質問にアオイは瞳を揺らした。口が開いて、躊躇ったように閉じてを何度か繰り返した後に、アオイは

頷いた。

もしも記憶を失う前のアオイが俺との記憶を消したいと思っていたのだとしても、今目の前にいるアオイは俺との記憶を思い出したいのなら、俺はそれを手伝おう。

アオイが俺との記憶を思い出して、その後にもう一度拒絶されたら、その時は……

その先の未来なんか想像したくなくて、頭を振って思考を打ち消した。


○・

パチパチと火が爆ぜる音に、ふっと意識が浮上した。少しうとうとしていたみたいだ。隣を見ると、アオイも鬼さまも小さく船を漕いでいる。もう寒くなくなっただろうかとぼんやり見ていると、突然アオイの鞄からモンスターボールが転がってきて、中からテラパゴスが出てきた。

「テラパゴス……?」

テラパゴスはアオイに近づくと一声鳴く。その瞬間、アオイが七色の光に包まれる。その光景は幻想的なのに、どこか恐怖を覚える。光が消えるとテラパゴスは一声鳴き、ボールへ戻った。

何だったんだ今のは……と呆然としていると、外から「スグ! アオイ! どこにいるのー!?」とねーちゃんの声が聞こえてきた。アオイを起こさないようにそっと恐れ穴から顔を出すと、気付いたねーちゃんがこちらに走り寄ってきた。

「スグ! アオイ……も一緒に居るわね」

「まったく、探したのよ」そう言ってねーちゃんは恐れ穴の中に入ってきて、すやすやと眠るアオイを見ると、俺の方を見た。

「……スグ、アオイのこと運びなさい」

「はこ……!?」

「片思いの女の子運ぶなんて、そうそうないんだから。アタシに感謝しなさいよね」

「かたっ!? ね、ねーちゃん! どこまで知って……!」

自分の失言に気付いた時にはもう遅く、ねーちゃんは「あんまりうるさくすると、アオイが起きちゃうわよ」とニヤニヤ笑った。

熱の集まった顔を隠すように、アオイの方を向く。

運ぶって言ったってどうやって。躊躇いながらもアオイに手を伸ばそうとすると、アオイが小さく唸って目を開けた。慌てて腕を引っ込めた俺のことをきょとんと見る、その瞳に、背筋が凍った。

「……えっと……」

困惑した様子でアオイは周囲を見渡す。ねーちゃんのことを見つけると安心したように息を吐いた。アオイの様子に、ねーちゃんも察したようで「アオイ」と駆け寄ってきた。

「……ゼイユ、この子、お友達?」


アオイはまた、俺のことを忘れた。


○・


「アオイ、テラパゴスと戦わせてくれ」


昨夜、俺は昨日洞窟で見た光景から立てた仮説を皆に話した。「アオイの記憶がないのはテラパゴスが原因かもしれない」と。突拍子も無いから信じてもらえないかと思ったが、全員案外あっさりと納得してくれ、「テラパゴスを倒してみる」という結論に落ち着いた。


「アタシからもお願いするわ。お願い、アオイ」

「手持ちがバレて不平等だっていうならーー」

俺の言葉に「ぽに!」と勇ましい声が割って入った。

「ぽにお! ぽにー!」

オーガポンがこちらに近寄り、アオイに向き直った。

「……俺と、一緒に戦ってくれるの?」

オーガポンは力強く頷く。

ねーちゃんとオーガポンの様子からか、アオイは「わかった」と頷いた。それに少し安堵しながら俺はボールを握りしめた。


○・

皆と一緒にともっこプラザに移動してバトルを始める。やっぱりアオイは半端じゃなく強くって。でもここで勝たないと、アオイが本当に俺のことが嫌だったのかとなんか聞けない。


アオイの最後のポケモンーーテラパゴスが戦闘不能になったのと同時に、彼女も膝から崩れ落ちた。

「アオイ!」

頭を押さえたアオイがゆっくり顔を上げる。

「スグリ……?」

彼女の大きな瞳に俺が映る。驚きと困惑が混ざったその視線に「もしかして、思い出した?」とねーちゃんが呟いた。

アオイは答えなかったが、気まずそうに視線を落とした。

「アンタ、どうしてスグのこと忘れたの?」

ねーちゃんはそれを肯定だと受け取ったのか、アオイに視線を合わせた。アオイはそれからも視線を逸らして口をつぐむ。

その様子から「もしかして」という思いが強くなる。これ以上アオイを苦しめるのはやめよう。たとえ俺が傷つくことになっても、俺のせいで友達を、失うことになっても、それ以上にアオイを苦しめるのは嫌だった。

「アオイ」と名前を呼ぶと、彼女は恐々と顔を上げた。

「もし、俺のこと……忘れたいほど嫌い、だったら、そう言って」

「スグリ……」とねーちゃんの声が聞こえた。アオイはパチパチと何度か瞬きをすると、慌てたように首を振った。

「違う、違うの! スグリのこと嫌いとか、そういうのじゃなくて……!」

そこまで言うとアオイは黙ってしまった。アオイは優しいから、本当に俺のことが嫌いでも直接言ったりしないだろう。

誰も口を開かず、沈黙がその場を覆う。握った拳が痛かった。何か言わないとと息を吸った瞬間、沈黙も破ったのはオーガポンの声だった。

「ぽに! ぽにお!! ぽにぽに!」

「えっ、あっ、オーガポン!?」

怒ったように近付いてくるオーガポンに何故か慌てたような顔をするアオイ。オーガポンは何かを訴えているようだが、アオイにはわかるのだろうかと、口も挟めずそれをぼんやりと見ているしかなかった。

「ぽにお!? ぽに! ぽにおーん!!」

「う、いや、だけど……」

「ぽに!! ぽに……ぽにお?」

「……そうかもしれないけど……でも……」

アオイとオーガポンはしばらく会話を交わした後、アオイは観念したように「わかったよ……」と息を吐いた。それに満足げな表情を浮かべ、オーガポンは頷くと、ペパーたちの側まで歩いて行き「ぽにぽに」と何かを伝えに行く。ねーちゃんはそれで何かを察したように三人に向いた。

「行くわよ。少し二人で話さしてあげましょ」

三人は少しだけ心配そうな顔をしながらその場を離れた。


「……スグリ」

ねーちゃん達の背を追っていた俺の袖をアオイが引っ張る。

彼女が立ち上がるのにつられ、俺は彼女の前に立った。

「わたしね……」

彼女は一度目を伏せ、再びこちらに向いた彼女の瞳は、迷いや恐れを一切払ったように輝いていた。

「スグリと、友達で終わるのがいやだ」

その瞳は、物語の主人公そのもので。

また俺は、この瞳に焦がされる。

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