何かに寄りそい、やがて生命が終わるまで

何かに寄りそい、やがて生命が終わるまで


穏やかな月の匂いの中、石畳の冷たさで目を覚ました。

そういや墓から工房まで戻る気力がなくて、転がったまま寝ちまったんだった。

痛む頭をずるずると持ち上げて、吐き気を引きずりながら夢を歩く。

この狩人の夢からローを送り出してすぐは、最後にちょっと格好つけてみたとかなんとか、人形ちゃんと他愛ないことまでよく喋って、よく笑っていた気がする。

それからしばらく時間が経って地底巡りも板についてきたころ、おれは体調を崩すことが増えた。

最初は吐き気だった、と、思う。アメンドーズだったかなんだったかを狩った後、胃の中の血の酒をぶちまけて仰天したのをおぼろげに覚えている。それから頭痛に悩まされることが増え、強烈な眠気に襲われるようになっていった。かつて獣狩りの夜を共にした獣除けのタバコも、匂いが駄目になってからもう長いこと吸っていない。

工房でただぐったりとしていることの増えたおれの世話をあれこれ焼いてくれた人形ちゃんは、じわりじわりと姿を見かけることがなくなっていった。

いや、きっと"姿が見えない"のはおれの方なのだろう。

まだ夢にローがいたころ、ゲールマンもそうだったと聞いた覚えがあったから。

あれから、ローの小さな墓を立ててから、夢の墓石はまだ一つも増えていない。

悍ましい狩りの夜に放り出された誰かが訪れたことも、一度もない。


それでも時折、ほんの少しの温かさを感じることがある。

先祖の王都で、ローランの深みで、イズの底で狩りをする度に。

己の血によく馴染む、古城の召使たちにもらった銃と刀とを扱う度に。

おれはどうしてかそれを兄だと、そう思っていた。

根拠は何もない。ただ、兄がおれを狩りに現れない理由が欲しかっただけなのかもしれない。

けれど、どうしようもなく懐かしさを感じるのだ。

あの熱に満たされる時はいつも、痛みも苦しみも遠のいて、温かな幸せを思い出す。

幼い頃、兄の蕩けた瞳を美しいと信じた幸福が、崩れ落ちそうな背を押してくれる。

だから、おれは大丈夫。

なあ泣くな、そんなに泣くなよロー。なんにも怖いことはないから。

おれは、コラさんは大丈夫だ。こんなのは二日酔いみたいなもんだよ。

腹の奥から響く赤子の泣き声はまだ、止まない。


いつの間にか辿り着いていた工房の前には、月が淡く影を落としていた。

何かがじっと、立っている。

「お帰りなさい。ロシナンテ様」

懐かしい声に揺れる目線を上げれば、あの頃と少しの変わりもない姿が映った。

ああ、おれはまだ、大丈夫。

もうずっと、息を吐くためにしか使っていない口元がほんのすこし、いつかのようにほころんだ気がした。


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