体温

体温



※ここだけクロコダイルが経産婦の世界

野生の王国系初産鰐さんがお子を観察してお喋りして少しずつお子をお子と認識していくさま


「本当は、ただの肉か砂の塊でも産むんじゃねェかと思った」


あぅーぅぶー、言語未満の鳴き声でも一丁前に何かを言いたいらしい赤子の頭を撫でる。見上げた大きくまるい瞳には神妙な面持ちのスカーフェイスが映っていた。我ながら子供受けする姿とは思えないのだが、この生き物が怯えもせずにいられるのは赤子の本能とやらで産んだ胎の持ち主を嗅ぎ分けているからなのだろうか。


「……ちいせェ……」


己の手指と比べると冗談のように小さな手のひらが、それでもしっかりと人間の形を成してうにうにと動いている。

ヘェ……よく分からない感心を覚え、ため息を一つ。

まだ毛量の少ない髪を梳いてやるときゃいきゃいと嬉しそうに笑う。ぎゅうと瞑った目を縁取る生意気に生え揃った睫毛も、柔らかく指を擽る髪の毛も、己と全く同じ色をしていた。


「おれの色、貰っちまったのか」


瞳の色は……恐らく相手の男のものなのではないだろうか。この辺は記憶に無い。

桃のようだと頬を撫でればそのまましっとりと柔い感触を伝えてきて、そこで初めて思い至って指輪を外した。渇きの右手で触るのも躊躇われたが赤子は気にした様子はない。


「聖人みてェな女の胎から産まれようが、カス共の血を浴びミイラを作った悪党の胎から産まれようが、赤ン坊ってやつはみんなまっさらで乳臭ェもんらしい」

「あぷ!」

「クハ、こんな無茶苦茶な世界でこんなところだけ平等たァお前も笑っちまうよな」


妊娠しようがしまいが砂漠の国にカス共の訪問が止むことはない。いつものようにロギアの脅威を示してやろうと攻撃を受け入れるつもりでゆるりと構えた瞬間、ふと脳裏に過るものがあった────砂となった胎はどうなる?胎児にまで悪魔の実の影響は及ぶものなのか?

水を掛けられたかのように身体が強張るのを感じ、一つ瞬きする間に雑魚の一太刀を肩に受けていた。

痛かった。負傷した肩が、ではない。凡そ善と呼べる心なぞバナナワニにでも喰わせてやったと言える悪党、現在進行形で大国を内側から蝕まんとするこの大海賊が。つまらねェ雄に孕まされたガキなんぞの為に己の生存から一瞬でも遠ざかった。死んじまったら何もかも終わりだって誰よりも知っている筈のこのおれが。それは己の存在を根本から揺るがされた軋みによる痛みだった。


「このおれから産まれてくるんなら、真っ当なモンじゃあねェって、そう思うだろ?それでも砂の化物が後生大事にデケェ腹抱えちまったし、まァ、お前は立派に人間様として産まれて来た訳だが」

「あぶぶ……」

「ンだよ……そこそこ死線彷徨ってたのが分かって不服か?」

「ぶぅ……」

「ふてぶてしいツラしてんなァ、これもおれに似てんのか?」

「ゔぁ!」

「クハハ、トマトみてェ」



そっと抱きしめてみる。柔こくてあたたかい。ちいさな鼓動と己の鼓動が解け合うような感覚に、ふんわりとミルクの匂いが一層強く頭のどこかを刺激するように薫った。

成る程、おれはコイツの母親なのだ。



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