仲間は皆で助け合うもの

仲間は皆で助け合うもの


空座第一高等学校


「ぶっ殺せえええええ!!!」


 威勢のいい啖呵を切った黒髪の少年に、不良が一斉に襲いかかった。

 少年に群がる黒い学ランの不良。その中の一人が、横合いから伸びてきた手に頭を鷲掴みにされ、顔から地面にめり込んだ。


「おごっ!?」

「はい、ワン、ツー」

「いててててててててぇッ!! え!? え!? ナニ誰!? ギブギブ!!」

「な……何だ、てめえはッ!!」


 勢い良く地面に倒れた不良の背に馬乗りになって、プロレス技をかける一護の姿を見たガーゼの男が、わなわなと震える指で一護を指差して言った。


「こ……こここコイツです小不田さん!」

「コイツ?」


 いっそう騒がしさを増した乱闘の中を、散歩でもしているような悠々とした足取りでカワキが歩む。

 黒い学ランの群の中を進む白いシャツの少女は、不良達の目を釘付けにしながらも気配を感じさせない、どこか異質な存在感があった。

 カワキが迷いなく進んだ先は——


「イレブン! トゥエールブ!!」

「ギブだっつってんだろ!! やめてもう折れちゃう!!」


 サーティーンのカウントに入ろうとした一護の横にしゃがんで、カワキがするりと手を伸ばす。

 落としたハンカチを拾うようなごく自然な動作で、銀のチェーンがついた十字架が揺れる細い手が、不良の首筋を掴んだ。

 子猫に狩りを教える親猫のように、一護から見えやすい位置で、カワキはそっと、丁寧に指先に力を込める。


『黙らせる時は“こう”だよ』


 そう言って力を込めた手を急に離した。

 途端に——一護の下で喚いていた不良が声を失う。


「あ」


 それが、不良が最後に発した言葉だ。

 白目を剥いて倒れた不良を睥睨して立ち上がったカワキを、一護がポカンとした顔で見上げた。

 呆けた一護の背中に鈍い衝撃が加わる。


「うっ! 何すんだ、石田!!」


 相手が誰か、など確認するまでもない。

 一護が振り返ると、足を高く上げて蹴りの姿勢を取った石田が目に入った。


「こっちのセリフだ。何しに来た、黒崎」

「何しにって決まってんだろ! オメーを引っ込ませに来たんだよ!」

「カワキさん、君もだよ」

『“掃除”を手伝ってあげようかと。仲間は皆で助け合えって父がよく言ってるから』


 カワキは父の言いつけを思い出して親切をしたつもりだったのだが——石田はこれでもかというほど渋い顔をした。

 何を注意されているのかわからない、と言いたげな態度でカワキが小首を傾げる。


「お前が言うと殺し屋の台詞みてーだな」

「君のお父さんが言う助け合いは多分そういう意味じゃ……」


 話し込む三人を見ていた不良のリーダーの目線が一護の頭部に向けられた。目立つ橙色の髪に、話を遮って男が叫ぶ。


「……なるほど……確かに、聞いてた通りオレンジの髪だ……てめえが黒崎かァ!」


 同時——二つの拳が男の顔面に入った。

 正面から強烈な拳を食らった男の顔面は無様に歪み、口から折れた歯が3本、宙を飛んだ。

 卒倒した男に目もくれず、男の顔に拳を叩き込んだ二人——一護と石田は、お互いの額がぶつかりそうな距離で怒鳴り合う。


「おい石田! コイツらは元々俺を狙って来てんだよ! カンケー無え奴はひっこんでろって言ってんだ!!」

「なんだと? さっき僕も関係者になったんだ! 君こそ引っ込んでろ!!」

「オメーが出てくると騒ぎがデカくなんだよ!! 立場考えろ、生徒会長だろ!! バカが!!!」

「何ッ!!」


 二人の言い争いに我関せずのカワキは、いち、に、さん……と、折れた歯を指差し数える。

 一人当たり2本にはあと1本足りない。

 二人は気付いていないようだから教えてあげよう、というようにカワキが言い争う二人に顔を向けた。


『せっかくだから、もう1本折ってあげたら?』

「だからそういうルールじゃねえって!」

「何がせっかくなんだ!?」


 口論は中断された。

 黙って首を傾げるカワキは、一護や石田の言葉を真に理解しているか疑わしい。


「何そっちでモメてんだコラァ! テメーは俺らとモメるんだよ! 黒さ、き……」


 口論の隙をつき一護達を背後から狙おうと近付いていた不良の一人が、カワキの顔を見て凍りつく。

 殴りかかろうと鉄パイプを振り上げた姿のまま固まって、ざあっと青ざめた。


「ま、待て……! あの人は……!!」


 先刻の荒々しい騒めきから一転、不良達の間に畏怖が混じったどよめきが広がり、数人が唖然としたように呟いた。


「黒髪碧眼……。それにあのクリップ……ま、まさか!」


 突然、様子がおかしくなった不良集団に気付いて、一護と石田が微妙な表情をして仲良く顔を見合わせる。

 青い顔の不良達、嫌な予感に眉を顰めた一護と石田——平然とした表情をしているのはカワキだけだった。

 大方の予想がついて、脳内で激しく警鐘が鳴る中、物言いたげな顔をした二人が、おずおずとカワキに問い掛ける。


「……なぁ、アイツら知り合いか? お前の事、すげえ顔で見てるぞ」

「……カワキさん……。君、いったい何をしたんだ……」

『……? ……いつのどれだろう』


 カワキが多すぎる心当たりを辿るも——如何せん、カワキは弱い者は好かない。

 ここ暫くの記憶の中からカワキが正解を導き出すより、ギョッと顔色を変えた不良達が答えを口にする方が早かった。


「先代の番長を煙草片手に倒したっていう伝説の!?」

「一人でここら一帯の不良グループを全部潰したっていうあの空座町の悪魔!?」


 涼しい顔で不良達に一瞥をくれたカワキが、次いで一護達を振り返る。


『…………。だそうだ』

「なにが“だそうだ”、だよ! お前が一番面倒事やらかしてんじゃねーか!!」

「君は、本当に…………」


 頭を抱えた石田が大きな溜息を吐いた。

 ただでさえ成績が低迷している上に素行まで悪いとなっては、この友人の行く末が心配で頭が痛くなる。

 だが、不良達の間でカワキの評判が悪い方向に広がっていたことで、奇しくも騒ぎが大きくなる前に事態は片付いた。


「サーセンッした!!!」

「黒崎がカワキさんのツレだったなんて、俺達知らなくて……!」

「この通りです! 見逃して下さい!!」


 ガバッと勢いよく体を二つに折り、不良達が頭を下げて必死に懇願する。

 道端の雑草が視界に入ったように、興味なさげなカワキが、ズラリと並んだ頭を上から見下ろした。

 首の傾きに合わせて黒髪が揺れる。


『どうしようかな』

「……ひ……」


 ビクリ、と頭を下げたままの不良が体を震わせたのを見て、哀れみを浮かべた一護がカワキを肘でつついた。


「やめろよ……無駄に脅すなっつの」

「弱い者イジメは止すんだ、カワキさん」


 ゆっくりと首を振った石田が、校門前にやって来た当初と同じ言葉で、不良の群に退去を促す。


「無駄に怪我人を増やしたくないだろ。今なら間に合う。さあ、とっとと帰るんだ」

『まあいいけどね。彼らから得られるものなんて無いだろうから』


 最初から不良達の身柄になどまるで興味がなかったのだろう、カワキはあっさりと不良集団を見逃すことに同意を返した。

 いくらか血の気を取り戻して顔を上げた不良達が、再び勢いよく頭を下げる。


「アザッス!!!」

「し、失礼します!!!」


 黒い学ランの一団は、蜘蛛の子を散らすように校門から去っていった。

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