或る雨の日の回想

或る雨の日の回想


此の雨に打たれ溶けていけたなら何れほど良かったろうか。

私は欲しくて此れを貰ったのではない、私は望んで此れを手に入れたわけではない。

嗚呼、嗚呼!打たれ溶けたのならば何れほど良いだろうか。




彼の様になる位であれば、此んな物など要らなかった。

然し、然う為て私が最も忌み嫌う物は、今では愛着すらある。


何故?何故私は此れに愛着を持つ様になったのだ?

其れは、屹度、私の始まりから共に過ごして来たからか、

或いは忌み嫌うもの程、其の場に無ければならないからか。

私にそれは解らない。





新春に芽吹く生命の如く、新品のハットの如く、

初めは違和感でしかないものは何時しかそこに馴染む。

馴染んで違和感を感じなくなった頃にはもう遅い。

或る詩人は「適応は進化だ」と言った。

成程、其れは、間違ってはいないのだろう。


だが私は其の適応の先には何も見えなかった。

適応した先にあるのは進化などではなく、広がる空虚であった。

其処から道を切り開く等、神の御業に等しいだろう。





嗚呼、誰か、誰か私に導きの光を与え給う!

私は此の先の道に踏み出す事等、もうできやしないのだ!

嗚呼、何か、何か道標に成る物を与え給う!

私は此の道を踏み出そうものなら、すぐに足を踏み外してしまうのだ!

私は余りにも多くの罪を犯し過ぎた!


私は此の罪を懺悔したことは一回たりとも無い。

だが私は気附いてしまった。彼女の顔を見た途端に気附いてしまったのだ。

私は余りにも大きな罪を犯してしまったのだと。

私はもう進むのにも戻るのにも遅過ぎたようだ。


助けてなどという虫の良い事は言わぬ。

だが一度で良い、一度で良いから私の背中を押してくれまいか。

私は・・・戻るのにはもう遅すぎる。




嗚呼、嗚呼、嗚呼!

此の雨に打たれ溶けていけたなら何れほど良かったろうか!

私は欲しくて此れを貰ったのではない、私は望んで此れを手に入れたわけではない。

此の雨に打たれ心洗われたなら何れほど良かったろうか!

私の心はドス黒いインキで染まってしまい、染み付いてしまった。


嗚呼、打たれ溶けたのならば何れほど良いだろうか






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