仙郷より来る者
「これは…!」
遺跡に似つかわしくない鉄扉を斬った錦えもんは、刀を鞘に納めることすらせずに立ち尽くした。
「ちょっと!何があったの!?」
私の声に振り返った表情は、中の状況がどれだけ酷いものなのかを如実に表している。
きっとこの先に、子供達が居るんだわ。
「…ナミさん」
「……行きましょ」
気遣わしげなサンジ君とブルックに続いて、部屋の中へと足を踏み入れる。
攫われた子供達がまだ一人でも生きているなら、きっとチョッパーやローが治せるはずだもの。
「あ…」
入ってすぐに目に飛び込んで来たのは、体をそのまま大きくしたような子供。
虚ろな目の子供が私達を"見下ろして"、ううん、その子はただ、項垂れているだけだった。部屋にいる子供達は皆同じように、巨人みたいに大きな体でぼんやりと佇んでいる。
波打つ光に照らされた部屋は、ぞっとするほどきれいな青に染まっていた。
「…これのせいでしょうか」
真っ先に動き出したブルックの手には、青く海のような光を湛える飲み薬。棚を見れば、同じ薬がズラリと並んでいた。
「どうして…こんな…」
時折聞こえる意味を持たない発声の隙間に、レオの力ない声がポツリと落ちる。
サンジ君は子供達に声をかけ続けているけど、反応は返ってきていない。
一体何のためにこんな―
「…我が息子が居らぬ」
「それって…」
「お二人共!」
ブルックが鋭く声を上げた直後、鉄に覆われた部屋を強い揺れが襲った。空気の流れが大きく不規則に動く。
「まさか遺跡が崩れて始めてるの!?」
「おのれ悪党共…!!どこまでも卑劣な…!!!」
「このままじゃ子供達も危ないのれす!早く出口を探さないと…わっ!!」
駆け出したレオを遮るように、突然パイプから白い煙が噴き出した。
「説明は後だ!ガキ共を避難させるぞ‼」
「スモーカーさん!道はおれが開きます!!」
突然現れたスモーカーは、それだけ言って子供達を煙で包みこんだ。後からやってきた喋る恐竜は海兵なのか、言葉通り鉄板だけで仕切られていたらしい箇所を体当たりで壊して大部屋への道を開いていっている。
「何奴!?」
「海兵だ。撤退したと聞いてたが…」
刀を抜きかけた錦えもんを制したサンジ君も、部屋を素早く見回し子供が残っていないことを確認してから走り出す。レオは手掛かりになりそうなあの青い飲み薬を手当たり次第にブルックのポケットに突っ込みながら器用に並走していた。
「拙者はまだ息子を探さねばならぬ!」
「地下の施設はくまなく調査したが、ガキはここ以外には居ねえ!」
スモーカーの言葉に、遺跡に戻ろうとしていた錦えもんが足を止めた。それじゃあ、まさか。
「……首謀者が移動に使ってたガス管が"繋がってねえ"のはこの先の大部屋だけだ。お前の息子が居るとすりゃあ、この先だろうな」
逆に言えば、この大部屋にいなければもう、どこにもいないのかもしれない。ぐうと唸った錦えもんは、一度だけ後ろを振り返って、私達に続いて大部屋に駆け込んだ。
辿り着いた大部屋は、円形の高い高い天井を備えた場所だった。
遺跡の形状そのままの場所はじっとりと湿り気を帯びた敷石に覆われて、あちこちに刺さった剣と無造作に置かれたままの人の骨が壁際のかがり火に照らされている。
「この先に外へと続く旧い仕掛けがあるが…何か居やがるな」
子供達を包む煙をゆっくりと下がらせたスモーカーが見据える暗がりから、ずり、と固いものが床に擦れる音が響いた。何か巨きな生き物が、鎌首をもたげている。
ひゅお、と空気が吸い込まれる音が耳に届いて、その時には激しい光が熱を迸らせて大部屋を覆っていた。
炎が、炎の息が敷石も剣も骨もみるみる融かしながら迫っている。こんなのブルックの冷気でも止めきれないじゃない!
「チッ!!!」
「"狐火流"!!"焔裂き"!!!」
スモーカーが作り出した煙の壁を飛び越えて、錦えもんが叫ぶ。
一息の後に、赤い光と熱気が離れていくのが分かった。まさか炎を斬っちゃったの?
それた炎が天井を焼き融かして、赤く灼けつく遺跡の中に月灯りが差し込んだ。
影になっていたそこで首を持ちあげていた何かが、ゆっくりと瞼を開く。
「どういうことだ…!!」
「有り得ぬ!!なぜここに…」
月光に煌めく鱗を並べた胴、大樹のように枝分かれした角が生えそろった頭。
瞳に赤い光を漲らせた巨大な龍が、雷鳴を従えて咆哮をとどろかせた。