(仔猫ちゃんのはじめてのおつかいに同伴する冴。この後もちろん仔猫は無事に群れに送り返した)
レ・アールの貴公子が笑う。ハーレムのご主人様が笑う。
「うちの仔猫がね、俺の誕生日プレゼントを俺や他の猫達には秘密にしたいから1人で買いに行きたいって言うんだよ。可愛いだろう? でもまだ6歳の子を単独で送り出すなんて何に巻き込まれるかわかったもんじゃない。つまりだよ、冴。ちょっとうちの仔猫と一緒に初めてのおつかいしない?」
──断るのは簡単だったが、その6歳の仔猫というのが在りし日の弟を思わせるぽやぽやとした幼児で。
これは確かに放っておいたら安いアイス1つで誘拐されなねないなと思ったため、欲望渦巻く爛れた世の中からの防波堤になるべく、冴はルナの家の前でたまたまを装って仔猫と対面しお買い物と洒落込むのだった。
「冴にい、冴にいもルナ様のプレゼント買うの?」
「……ああ、まあな。それでたまたま街に向かう途中だったんだ。奇遇にもお前に会ったから一緒に行くことにしたけどな」
「そうなんだ! お揃いだね!」
棒読みで言い訳のような台詞を返しながら歩く冴と、それに騙されてニコニコと上機嫌に繋いだ手を前後に揺らす仔猫もとい6歳の少年。
どちらも加工アプリで自撮り画像を弄って虚栄心を満たさずとも、寝起きの1枚をSNSにそのまま上げるだけでバズりそうな美青年と美少年である。
そんな2人が仲良く指を絡めてスペインの某ショッピングストリートを歩いていると、地元の住民も観光客もあまりの微笑ましさにあらあらまあまあと和みっぱなしだ。
さりとて世の中には例外がいる。女王様としての資質に恵まれすぎた冴と、こんな若い身空でルナの仔猫をやるくらい波乱万丈な背景のある子供。2人の数奇なる運命、生まれ落ちた星の定めによるものなのか、案の定アウトロー風の男が物陰でこちらを窺いつつ誰かとこそこそ連絡をとっているのが見えた。
冴は舌打ちしたい気持ちを抑えてそいつに液体窒素めいた温度の視線を送る。早速だ。人攫いか集団での悪質なナンパか、はたまたルナに恨みを持つ人物による襲撃の企てか。
何であれ成功はさせない。伊達に女王様なんて呼ばれちゃいないのだ、下衆と悪漢ひしめく魔境のランウェイ如き子連れで闊歩してみせよう。
仔猫の小さな手にぎゅっと力を込め、母猫は密かに瞳孔を細めた。