今は知らないこと
九番隊隊長の六車が、子供を連れ帰った。その事実は報告するまでもなく瀞霊廷にざわめきをよんだ。
それが良くなかった。
生きるための防衛本能なのか、気絶に等しい形で眠っていた幼子は、ざわめきに反応して薄らと目を開け、2拍後にはガタガタと震えだした。
「あっ、ご、めん、…なさっ…、けん、せ、さん、ごめん、…なさいっ、ごめ……っ、」
焦点は合っておらず、錯乱状態に近い。
チッ、と無意識に舌打ちをしたのは決して腕の中の存在に向けたものではなかったのだが、それを拾ってしまった幼子は身体を石のように固くして、か細く謝り続けた。
何が起きているのかも解っていない。おそらくはただ、大勢の人に見られたり囲まれたらとにかく謝って赦しをこわなければ折檻を受ける、という認識なのだろう。
「落ち着け。大丈夫だ。大丈夫。」
「衛島、爺さんに、四番隊に来てくれるように伝えろ。」
「は?総隊長にご足労願うと?」
「しょうがねぇだろ。こんなに震えてちゃ、四番隊にこいつだけ置いて、説明を終えてから後から迎えに来るは通じそうにねぇ」
「だからといって…。まあおそらく慣例通り、保護施設に預けることになるのでしょうからその確認だけではありますけど」
「保護施設、か。それは無責任じゃねぇか。こいつは唯一信頼できる兄貴分達と別れたんだ。それに、こうして抱いているとわかるが、こいつの内在霊圧は、ギンや乱菊に近い」
「将来的に隊長格になれると?」
「死神になることをこいつが選べば、だがな。けど保護施設じゃそれ前提に保護するから選択肢なんてなくなっちまう。隊長格になるってことはそれだけ危険な任務につくってことだ。それを選択権与えねぇのは好きじゃねぇ。真子の奴が子供の後見なんてことしてるのもそれが理由だろうよ。ギンと乱菊に選択肢を残しておくためだ」
「それはそうかもしれませんけど、あの2人は元々ふたりで暮らしていただけあって生活能力が最低限ありましたから可能だっただけでしょう。その子は…」
「衛島、いい加減にしとけ。こいつは俺とお前のこの会話も、全部聞いてる」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
涙さえ流すことなくただ恐怖に震えつづせている子供に、これ以上何を聞かせる気だと言外に言われて衛島はハッとし、理解した。
子供を引き取って育てる大変さが解っていないわけではない
それでも口にしないのは、口にすれば子供自身に聞かせてしまい、さらに傷つけることになるからだ。
ああ全く、敵わない。
正論ばかりを並べてしまう己の未熟さを思い知る。
「申し訳ありません…。」
「俺に謝ることじゃねぇよ。いいから早く、爺さん呼び出してこい。むしろ、今日は来なくていい。数日のうちには報告に行くからそれまで騒がないでくれって言っとけ」
「……承知いたしました」
「修兵、」
ビクリ、と大きく跳ねた身体は、抱いていると骨の感触が伝わってくるほどに細い。
清潔にできているわけもなく、特に虚に襲われた直後で汚れていることで尚更臭いもあるし、ふと小さな手が握りしめているところに目をやれば白の羽織は汚れている。
「大丈夫だ。何も悪いことしてねぇ時は謝らなくていいんだ。今まで、頑張ったな」
あやすように背を撫でると、安堵というより困惑したような瞳と合った。
「すぐには解らなくていい。ゆっくり解っていこうな」
子供の扱い方など拳西は知らない。
それでも託されたこの子を幸せにしたいと思った―――。