仁宿SS
己は死んだらしい。直ぐさま状況を飲み込んだ宿儺は、小僧め、と毒を吐く。此処は何処か、殺風景な空間、少なくとも極楽浄土ではあるまい。無間地獄にでも堕ちたか、然もありなん。宿儺は大して気にも留めていなかった。小僧にというのが忌々しくはあるが、それだけ、負けたのならどうなろうと構わない。行く先で地獄の責め苦に遭わされようと、そこにはもはや己はいないも同然。
暫し腕を組みぼうっと突っ立っていたが、あまりにも場に変化がないので、致し方なく歩みを進めることとした。全く怠慢なことよ。地獄の鬼に悪態を吐きながら歩くこと時間にして数分か。真白だけが広がる空間に突如として桃色が揺らいだ。それの正体に気付いた瞬間、宿儺は無意識に足を止めていた。
「やあ、」
待ってたよ、僕のかわいい片割れ。
その姿はどことなく小僧に似ていた。己が胎内のうちに喰らうたので姿形を目にするのははじめてだった。片割れたる己より小僧に似ている、その事実に何故だか無性に腹が立っていた。
「僕の息子は才能があったろう」
「フン」
己が死んだということはそうなのだが、認めるのは癪に障ったので肯定も否定もしない。立ち止まったままの宿儺へ、柔和な笑みを浮かべた片割れが無遠慮に近付いてくる。
とうとう伸ばせば触れられる距離に到達した時、はじめて宿儺は半歩下がった。
「どうして逃げるんだい」
「逃げてなどおらん」
「逃げているじゃないか」
指先が宿儺の目元に触れる。
「本当は僕が君を喰らいたかった」
心底愛おしいと言わんばかりの表情で、慈しむような優しい手付きで、目元から頬に降りていく。
「恨み言か?俺に喰われたことへの」
「まさか」
驚いたように目を瞬かせた片割れが、嬉しそうに楽しそうに、口角を吊り上げた。その様はどこか宿儺に似ていた。
「君に喰われたあの瞬間の幸福を、君にも味わってほしかったんだよ」