人事言えば影が差す
「イオリ! 献立に鰤の照り煮があるぞ!」
そう目を輝かせるセイバーに手を引かれ、半ば無理矢理食堂に連れてこられた。ちょうど昼食の時間帯、座席は古今東西のサーヴァントたちで賑わっている。昼飯は何にするか……と思いながら食堂に足を踏み入れると、一瞬、静寂が訪れた。数多のサーヴァントが、こちらを見ている。何事かと思えば、すぐに喧騒の食堂へと戻っていった。
「……?」
何が起こったのか分からずにいると、セイバーが覗き込んでくる。
「すっかり渦中の人だな、イオリ!」
「どういうことだ、セイバー」
「さあな?」
どこか楽しげなセイバーはさっさと盆を取って、注文列に並んでしまった。
俺は何の渦中にいるのだろうか。皆目見当がつかずにいると、「伊織!」と声をかけられる。
振り返れば、立香がいた。普段の髪型とは違う結い方をしているようだ。
「立香、その髪は……」
「ああこれ? ハーフアップにしてみたんだけど、どうかな?」
くるりと振り向く立香。橙を纏めるのは木彫りのバレッタだ。以前、立香に櫛を贈った後、セイバーに勧められるまま作ってしまったものだった。昨日贈ったばかりなのだか、早速使ってくれたようだ。
「ああ、よく似合っている。バレッタも使ってもらえて、嬉しい限りだ」
そう答えれば、彼女は笑顔を向けてくれる。
「本当? ふふ、良かった! これからも大切に使うね! じゃ!」
次の予定でもあるのか、立香は颯爽と去っていった。バレッタの使用報告のためだけに見せに来てくれたのか。
微笑ましく思っていると、白米を山盛りにしたセイバーが戻ってきた。
「イオリ……何とも思わなかったのか?」
何故か不満げに尋ねてくる。
「マスターのことか? バレッタを使ってもらえたのは嬉しく思うが……」
「……それ以上のことを! 思わなかったのか!」
もどかしそうに言われても、『それ以上のこと』が何を指すのか分からない。
「何が言いたい、セイバー」
「あ〜もう! これだからイオリは! ヒントを出す身にもなってほしいというものだ!」
「ひんと……?」
ぷいっと顔を背けたセイバーは、座席を取りに行ってしまう。
「精々、簪を作る前には気づくと良いが」
そんな言葉を残して。