人はそれを友と呼ぶ その1
”凪の帯”に守られた女人の国「アマゾン・リリー」。ひとたび男が入ればたちまち死刑。生まれながら戦士として育てられた屈強にして気品ある女性たちの国。
”王下七武海”が一人”海賊女帝”ボア・ハンコックの威光により守られ、その悪名を世界に轟かせる海賊国家。”強きものこそ美しい”を信条とした神秘の国。
「ちょっと……暴れないで!!」
「あなた全身ボロボロじゃない!! 直してあげるから大人しくして!!」
そんな国にあり、要塞のように作られた村の一角に九蛇の戦士たる女性たちが集まり何事か騒いでいた。
「ニョンだいお前達、そんなところに集まって」
その様子を不思議がった老婆、ニョン婆は彼女たちのもとへと足を運ぶ。
若い娘たちのことだ。また何か新しい流行りものにでも飛びついたのかと思いながらニョン婆は声をかけた。
「ニョン婆様!! それが空から不思議な人形が飛んできて……」
「人形が、飛ぶ?」
何を言っているのだこの子たちは、とニョン婆は怪訝な顔をする。
疑問を顔に浮かべたまま、娘たちの案内に従ってニョン婆は騒ぎの中心地へと顔を出した。
「こりゃまた随分と可愛らしい。しかしボロボロじゃニャいか」
ニョン婆が目にしたのは裁縫道具を手に持った戦士の一人に抱えられた人形の姿。
その全身は汚れ、所々傷が入り、中身が覗いている部分もある。それでも何処かに行こうとしているのか、身をよじり九蛇の戦士たちから逃げようとあがいていた。
「そうなんです。だから直してあげようとしてるんですけど、大人しくしてくれなくて……」
「ふ~む…」
ニョン婆は思案する。
人形のただならぬ動き。何かがあったのだということはすぐに分かった。その何かしらによってこの「アマゾン・リリー」に辿り着き、今こうして手当てされようとしているのだと推測する。
だが、どうやら錯乱しているようだ。自分を囲む女性たちに敵意がないということにも気付けていないのだろう。
となればまずはこの人形を落ち着かせることが先決。そう結論付ける。
思考を纏めたニョン婆は暴れる人形の目を見つめ、なるべく穏やかな口調を心がけながら話しかける。
「お主、何があったかは知らニュがそんな傷だらけの身体では早晩保たニュぞ」
「せめてこの子たちの厚意に甘えてからでも遅くはない。今は英気を養いニャさい」
嗜めるように落ち着いたニョン婆の声に暴れていた人形が徐々に大人しくなっていく。
自分の現状を認識し、冷静になれたようだ。
「大人しくなってくれました!! 流石ニョン婆様!! 年の功!!」
「うむ、この子の事情も知りたいところじゃニョ。手直しが終わったら連れてきておくれ」
「はーい!!」
元気よく返事をしながら、人形の補修を回収する九蛇の娘とそれを見守る周囲の戦士たち。
この環境では見慣れぬものに興味を惹かれるのも仕方ないこと。人形に興味津々な娘たちを暖かい目で見つめながらニョン婆はその場を立ち去った。
そんな騒動が起こっている場所から離れた戦士たちの詰め所。
外海へと遠征している”九蛇海賊団”の精鋭たちがいない間、この国を守る”護国の戦士”たちの下でも騒ぎが起きていた。
「急患よー!!」
「全身からキノコが生えてる子がいたわー!!」
見回りに出ていた戦士マーガレット、スイトピー、アフェランドラが身体中からキノコが生えた人間を抱えて戻ってくる。
その日、「アマゾン・リリー」に落ちてきた二つの存在。それは外とは隔絶されたこの国に、新たな風が吹き込むことを予感させるものだった。
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遠征から帰還し、皇帝の広間にて寛ぐ”海賊女帝”ボア・ハンコック。そこへ苦言を呈しに来たのは「アマゾン・リリー」最長老のニョン婆。
”世界政府”からの面倒な招集を蹴り、ようやく一息つけるという時に小言が多いご意見番の登場にハンコックの機嫌は急降下していた。
つまみ出してやろうかと不機嫌な顔のままニョン婆へ目を向けると、肩に見慣れぬものを乗せていることに気付く。
「ニョン婆……その肩に乗っているものはなんじゃ?」
その年齢で小物集めにでも目覚めたか、と言外に揶揄いの色を乗せてハンコックは尋ねる。
「この子は若い者たちが見つけた人形。なんでも空から飛んできたとか」
「何やら事情がある様子。こうしてわしが預かっておるニョです」
淡々と事実を述べるニョン婆。しかし言葉を続けるごとにハンコックは眉をしかめていく。
「人形が、飛ぶ? 何を言ってるんじゃ……」
「その『とうとうボケたか…』みたいな目をやめニュか!! 事実じゃ事実!!」
失礼な奴め!と怒りを露わにするニョン婆を後目に、手に持ったグラスを傾け喉を潤すハンコック。
「アマゾン・リリー」に住まう最長老であるニョン婆は皆に一目置かれているが、この高飛車な女帝にとってはそうではないようだ。
「…………」
己に対する怒りの声を右から左に聞き流しながら、ハンコックは自身を『見つめる気配』を感じ取っていた。
小さな気配、だが確かにニョン婆の肩に乗る人形から”覇気”の兆しを感じ取る。
何故人形が”覇気”を持つ?そもそも『飛んできた』とはなんだ?
ハンコックの頭にいくつか疑問が浮かぶが、自身を『見つめる気配』の前に霧散する。
それはまるで自分の内面を覗き込もうとしているかのような、己の心音を聞き取ろうと耳を立てているようなものだった。
「………………」
己を覗き込む不躾な視線を受け、不快そうに眉を顰めるハンコックから僅かに”覇気”が漏れ出す。
”覇王色の覇気”。数百万人に一人しか持たぬ”王”の資質。
僅かな、そして一瞬の放出だったとはいえ、その威圧感にハンコックの傍に控えていた九蛇の戦士エニシダはビクリと身体を強張らせる。
即座にハンコックを『見つめる気配』は消えた。今の一瞬で見てはならないものだと感じ取ったようだ。
しかし、世界で最も美しい己を断りもなく覗き見るとは許し難い。
ハンコックは顔を歪め、内心の苛立ちを隠そうともしない。
そこにニョン婆の彼女を諫める言葉がぶつけられた。
「それに蛇姫!! ”中枢”からの招集を無視なされたニャ!!」
「今この国が守られているのはそなたの”七武海”という称号によって!! それを失えばこの国に惨劇を生みますぞ!!」
「忌々しい……一体何様のつもりじゃ!!」
やれ国の為だ、やれ女帝としての責務だ、鬱陶しいにも程がある。
ただでさえニョン婆の乱入で機嫌を悪くし不快な視線に晒され、超がつくほどの不機嫌へと至ったハンコックは堪らず声を荒げる。
腹立たし気に立ち上がり、ニョン婆の下へと近づいて髪を掴み乱暴に持ち上げる。
「そなたの時代はもう終わったのじゃ…「アマゾン・リリー」先々々代皇帝グロリオーサ!!」
如何に偉大な先達であろうとも、所詮は過去の栄光。今この国で最も強く美しいのは己なのだ。
自分は誰の指図も受けはしない。
そう、もう二度と誰にも”支配”などされないのだ。
「九蛇を裏切り外海へ飛び出した裏切り者を受け入れたのはひとえに先代皇帝の慈悲!!」
「現皇帝であるわらわに口出しすることはゆるさ……」
怒りのままに叫ぶハンコックだったが、ふとニョン婆の肩に乗る人形と目が合う。
身を縮こませて、小さく震えている。ハンコックの剣幕に恐怖しているのだろう。
遠目からは紅白の色合い程度しか認識していなかったその姿をハンコックはここで正しく認識し、
「!!!?」
その目を驚愕で見開き、固まった。
「……?」
「蛇姫様……?」
黙り込んだハンコックを訝しむニョン婆たち。
そんな目を気にする余裕もなくハンコックは人形を見つめ続けている。
(なん……なんと……)
まさに青天の霹靂。ハンコックは今まで生きてきた中で最大級の衝撃を味わっていた。
不安げに垂れさがる髪飾り。全体的に丸いフォルム。赤と白の二色が見事な調和を織りなす配色。
どれをとっても……
(なんと……愛らしい人形っ!!!?)
そう、間近で見た小さな人形の可愛らしさに完全にやられてしまったのだ。
しかし硬直したのも一瞬、すぐさま己の頭脳を大回転させ思案する。
つまり如何にしてこの面倒な婆を追い出し、肩の人形を手に入れるかという策略を捻り出す。
「……よかろう、その熱意には感服しないでもない。わらわの負けじゃ」
先ほどまでの剣幕は何処へ行ったのか。冷静な口調でハンコックは話し始める。
ニョン婆を掴んだまま、窓辺へと足を進めていく。
「わかってくれたか蛇姫!! では行ってくれるニョじゃ…」
この我儘娘もようやく聞き分けてくれたかとニョン婆は安堵する。
ハンコックが自身と共に窓辺へ近付いていることには気付いていない。
「ウソじゃ、調子に乗るな」
そもそもお前の言うことなど聞くはずがないだろう。
そんな嘲笑と共に、ハンコックはニョン婆を窓の外へと放り投げた。
「おおおおお!!! おのれ蛇姫ェエ……!!!」
窓ガラスを割り、地面へと落下しながら叫ぶニョン婆の怒りの声が遠ざかっていく。
そんなものは聴こえぬと言わんばかりに踵を返し、その手に持ったものを見つめるハンコック。
その顔は説教臭いご意見番を出し抜いてやった優越感と、目当ての物を手に入れた高揚感で満ちていた。
「じゃがわらわは寛大……この人形で無礼を許そう」
その手にあるのはニョン婆の肩にいたはずの人形。
ニョン婆が外へ放り出される寸前に、ハンコックは見事奪取に成功していたのだった。
己が立てた作戦の華麗な成功にハンコックは気分よく鼻を鳴らす。
そして、自身の手の中でもがこうとしている人形をマジマジと見つめる。
(間近で見れば見るほど……なんと可愛らしい姿なのじゃ)
可愛くないところが存在しない。これはこの世における奇跡の産物なのでは?
一番美しいのはわらわじゃが。
ハンコックが無言で見つめていると、やがて人形は大人しくなった。
恐らく先ほどの”覇気”の放出やニョン婆への仕打ちなど、「今逆らってはいけない人物」とハンコックを認識したのだろう。
(ああ、動かなくなってしまった……動く姿も可愛らしかったというのに)
何か人形を元気にさせるようなものはあっただろうか。食事はできない。音楽でも聴かせてみようか。
恐怖されている当のハンコック本人は、そんな呑気な考えを駆け巡らせていた。
「では湯浴みに行くとしよう」
「姉様、その人形は見たところ綿で出来ています。湯浴みには……」
人形を鑑賞し終えて満足したハンコックはそのまま湯浴みへ向かおうとする。人形を持ったまま。
慌てて傍に控えていた妹のマリーゴールドがハンコックに意見する。流石に一緒に連れて行くのは如何なものかと。
「む…………ではソニア、お前に預ける」
一瞬残念そうな顔を覗かせたものの、即座に凛々しき女帝の顔に戻り妹のサンダーソニアにウタを預けるハンコック。
その後、妹たちは「あの時の姉様は凄く上機嫌でした」と語っていたとかいないとか。