【交流と影響:619の場合】後編

【交流と影響:619の場合】後編


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・彼の抱く期待


同日、深夜。

ラスティは自宅リビングで一人、ソファに寝転んでいた。

眠ってはいない。

今日一日のやり取りを思い返し、天井を見つめながら考えを巡らせている。

現在ラスティの思考を占めているのは619とのやり取りだった。

彼女が告げた『ちゅーこく』の意味。

解放戦線との戦闘。気をつけろ。デマと罠。

雪山。足跡(あしあと)、あるいは足跡(そくせき)。辿られて背後から撃たれる。

傍受されているのを考慮して抽象的な言い方になっているのだろう。

恐らく彼女はV.Ⅳラスティの正体に勘付いている。

だからこそ『どこかの、じゃない個人のラスティを頼る』という言い回しをしたのだろう。

アーキバスやV.Ⅳではない『どこか』という表現をしたのは、傍受の可能性を頭に入れた上で『ラスティはどこか別の勢力にも所属している、こちらはそれを察している』と暗に言っていたのだ。

――更に『聞かれていることを前提とした欺瞞』が混ざっている。

ボカした表現にして、更には解放戦線がデマで陥れてくるかもしれない、とフェイクを入れたのだ。

ラスティが真に所属する組織に見当がついているにも関わらず『V.Ⅳの立場を危うくする欺瞞情報には注意せよ、という欺瞞』を混ぜて話してきた。

更には『ハウンズで対応できない危機には、ヴェスパーでも他のどこか所属でもない、個人のラスティに助力を願いたい』とまで言ってきた。

つまりこれは――あなたの正体を知っている。だが暴露するつもりは無いし、隠蔽に協力すらしよう。その代わり、こちらの窮地には所属や思想を絡めず個人として協力を願いたい――という取引だ。

この絵図を書いたのは彼女達の主人だろうか。それならばまだ良い。得体と底の知れぬ男として警戒を厳とするだけだ。

だがもし――――戦友、あるいは猟犬達の意志と策であったとするなら。

主人の持つ鎖に縛られ繋ぎ止められているのではなく、自らの自由意志と愛情でハンドラー・ウォルターの元に居る彼女達の方針や計画であったのなら。

心が揺さぶられてしまう。熱と希望の灯が――微かにだが、灯ってしまう。

飄々と、そしてクレバーに立ち回らなければならない筈なのに、彼女達に『未知なる可能性』を期待してしまいそうになる。

企業でも解放戦線でもなく、もちろん惑星封鎖機構でもなく、ましてや謎の無人兵器を操る正体不明の勢力とも違う、自由意志とそれを通す力を持ち――偏りと歪みはあるが愛に生きる彼女達。

そんな戦友と仲間達だけが描き創れる未来が、存在するのかもしれない、と。


「私が想像できる限界を……届かないほど高く、超えてくれ」

天を見つめる目を閉じて、夢想に浸りながら眠りに沈んでいく。

属する組織の都合や使命というしがらみを一時忘れ、心地よい開放感に包まれながら。


・尻に敷かれる


事後の余談である。

「ねえぱぱ」

ウォルターの腕の中で甘えながら、ふと思い出したように619が口を開いた。

「さっきの621の話、くわしく聞かせて。どんなかんじだったの?」

概要は聞いたが、なにせ関わったメンバーの顔ぶれたるや大物揃いだ。

独立傭兵集団ハウンズ最強の621。ヴェスパー部隊の実質的な総指揮を執るV.Ⅱスネイル。更にはこの星に於ける最強候補のV.Ⅰフロイト。

このメンツで多少なりとも揉め事があったと聞いては――ピロートークとしては余りにもムードに欠けるが――詳しいやり取りを知りたくなってしまうのは当然だった。

「……621がヴェスパーのⅥ.メーテルリンクとⅦ.スウィンバーンを相手に、アセンブルを変えながら一方的に叩きのめしていた、そのあたりからでいいか」

「うん……んっ♪」

ウォルターは片腕で腕枕をしながら、もう片方の手で619の髪や肌を撫でながら、今日の出来事を語り始める。

彼の指が619の好きなポイントを通過する度に、思わず619は甘い声を漏らしてしまった。

気付いているのかいないのか、そのままウォルターは話し続ける。

「それを一時間ほどやった所で、現場監督と称してスネイルがモニタールームにやってきた。すると621は、スネイルの機体をコピーして使い始めてな……」

スネイルが「ここからは私も監督として参加させて頂きます。ああ、観戦と指示だけですがね」とアナウンスするなり、621はアセンブル変更を始めたのだそうだ。

そうしてセットアップを終えてシミュレーターの戦闘画面にやってきたのは、ランス以外の武装を外した紫色の重量二脚――どう見てもスネイルの乗機:オープンフェイスだった。

「べすぱーつー、すねいるです。わたしにぼこぼこにされること、こーえーに思いなさい」

鼻声気味に言いながらアサルトブーストで突っ込んできた621に対し、メーテルリンクとスウィンバーンの二人は困惑しながらも憤ったらしい。

「スネイル閣下に対して不敬な……!」「どういう教育を受けている!? 指導だっ!」

などと怒気を露わにして迎撃に走った2機だったが。

621は地形を巧みに使い、相手2機を翻弄しながら位置を操り、ほぼ終始に渡って疑似的な1対1にして――パンチとキック、ランスと体当たりだけで勝ってしまったのだという。

更には実戦を想定した特殊仕様のシミュレーターだった事もあり、621に惑わされ蹂躙される2機は機体の衝突や誤射が多発。

最後はスウィンバーン機の放ったグレネードが621に回避され、その背後に居たメーテルリンク機に直撃。

621機はスタッガーを起こしたメーテルリンク機をランスで串刺しにしながら突撃。

スウィンバーン機に向かって距離を詰めた所でメーテルリンク機を蹴り飛ばし、それを目くらましに側面へ回り込んだ621がスウィンバーン機を左ランスからの右パンチ3連打でKO。

「すねいるのしょーりである。ふたりとも、べすぱーポイントはぼっしゅうです。これでわたしのぽいんとは6と7を足してべすぱーフィフティーンとなりました。べすぱーの王、すねいるをたたえよ」

そんな621の戯言に、モニター室のスネイルは平静を保ったまま口を開く。

「……ヴェスパーの席次は、相手のポイントを奪って位が上がる、というシステムではありませんが。それに序列は昇順です。勝手に私をV.XVまで降格させないで頂きたい」

とスネイルが突っ込んだ所で、ウォルターは軽く吹き出してしまったのだとか。

「なんかもう、なにその、どういう状況? あのこ、なにやってんの……?」

そのあとは619同様に呆れたスネイルがメーテルリンクとスウィンバーンを下がらせて、アーキバス系列で組んだACを621が試乗してデータを取る流れになり、それをもう1時間ほど行って終了となった。

「――ところが最後に、招かれざる客が来てな」

いったいどこで聞きつけたのか。

今日はオフだった筈の『惑星最強』ことV.Iフロイトが現場に乱入して、621とシミュレーターでやり合おうと言い出したのだ。

「お前が猟犬のハンドラーか? 報酬に不満なら俺との対戦手当として追加で出す。いいだろうスネイル? ハンドラーもそれで構わないよな?」

目をギラつかせて興奮を隠そうともせず、フロイトはウォルターとスネイルの双方へ許可を迫る。

周囲のスタッフ達も突然の事態にざわつく中、ウォルターは『621、戦いたいのならお前の選択に任せる。しかし、データは取られることを忘れるな』と端末から音声通信を送った。

即座に621は『うぉるたーがいいって言うなら、やる』と返答する。

――しかし。

「私のスケジュールが押しています。フロイト、許可は出来ません。日を改めなさい」

とスネイルが一蹴。

「別にお前が居る必要はないだろう? 観戦したいなら後で記録映像を見ればいい。やろうか、猟け――」

「――フロイトッ!!」

怒声に空気が凍りついた。

ざわついていた場はスネイルの一喝により、一瞬にして静寂に叩き落とされる。

「あなたとそこの猟犬が戦うというのは、それほど軽い話ではないのです。貴方はヴェスパーの主席であり切り札だ。言いたいことがわかりますか?」

「スネイル、俺が万が一にでも負けるとでも?」

「まさか。しかし百万が一なら有り得るかもしれません。気分次第の成り行きで戦われた挙げ句に、ラッキーパンチを貰ってヴェスパーの名誉に傷がついては困るのですよ、フロイト」

言い合う二人に対し、ウォルターが呟いた。いつも通り、ゆっくりとしたペースだが――微かな怒気を滲ませて。

「万だ百万だと、あいつを随分と安く見てくれるものだな。621がどれほどの物か、気になるだろう? V.Ⅰ」

《いいよ、やろう。わたしも気になってた。最強ってどのぐらいなのかな、って》

肉声でウォルターが、機体のスピーカーを通して621が。

猟犬主従の放った挑発に、フロイトが鬼気迫る笑みを浮かべた。

「言ってくれるじゃないか。丁度アセンブルを改良した所だったんだ、第一戦はハウンズ最強のお前が良い……!!」

握った拳をメキリと軋ませて、獰猛な闘気を振りまきながらフロイトがシミュレーターへ向かおうと――した所を寸断したのは、やはりスネイルだった。

「演習は終了とします。シミュレーターを停止、即時に、です」

そのアナウンスからものの数秒で、621の眼前でディスプレイは電源が落とされて、閉鎖型シミュレーターのハッチが『出ろ』と言わんばかりに開く。

足を止めたフロイトが振り返る。その表情は大好物を取り上げられた猛獣の形相――即ち、怒り。

その射殺すような視線をスネイルは目を反らす事なく受け止めながら、平然と言う。

「私は仕事でここに居る。今日のあなたはオフだった筈だ。つまり勝手に立ち入った侵入者に過ぎない。警備隊に拘束させてもいいのですよ、フロイト」

そうして二人はにらみ合いとなり――――

「そこから、どうしたの?」

と、喉をゴクリと鳴らして尋ねる619に、ウォルターは苦笑してみせた。

「内輪もめには付き合っていられん。V.Ⅱにこれで依頼は終了かと確認して、終わりだから帰っていいと言われたからな。お言葉に甘えて、俺は621を連れてさっさと帰ってきた」

「なーんだ」

残念がる619。しかしウォルターは「どうなったかは知らんが、帰り際に面白いやり取りは聞いたぞ」と、続ける。

帰り支度をするウォルターの背後で、にらみ合いの打開と決着の一撃を放ったのは、またもスネイル。

「……侵入者扱いは不服ですか? よろしい、では休日出勤という事にして差し上げます。この後、私の視察に同行して頂きましょうか、フロイト」

「う゛ぐっ――いや、いい。俺は帰るぞ」

「逃しませんよ。ヴェスパーの長と副長が揃って訪れたとなれば、弛んだ現場もさぞ引き締まるでしょうね」

「――そうだスネイル、俺は私服だぞ? こんな格好で視察なんて」

「私のコートを貸しましょう。私は感動していますよフロイト。普段から私に些事や雑事を押し付けて好き勝手に振る舞う貴方が、勤労精神に目覚めた上でTPOを踏まえた装いまで気にするようになるとは」

「違っ、離せ、俺は帰る。 帰ってロックスミスを弄るんだ! なあハンドラーと猟犬、俺を助け――」

V.Ⅰの救援要請にしかし、ウォルターは応じる事なくモニター室を後にした。

背後ではまだ何やら揉めていたようではあったが――今日のミッションは終了である。クライアントの現場責任者であるスネイルがそう言うのだから、余計な事に首を突っ込む理由はない。

「最強と名高いV.Ⅰも存外、尻に敷かれているらしい」

事の顛末を語り微かに笑うウォルターに、619も笑みを返した。

V.Ⅳラスティの危惧する“暴走”は現時点のV.Ⅰを見る限り、杞憂であるようだった。


――今の所は、だが。


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