【交流と影響:619の場合】前編
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「あーーーーもおっ、なんで勝てないの~?」
ウォルター達の拠点――ガレージから直結する大部屋に置かれたACシミュレーター内部で、619は足をバタバタとさせながら不満げに叫んだ。
……もう一時間は連戦を続けているのにも関わらず、619は相手から一本も取れず惨敗ばかりであった。
「ライフル当たっても大してきいてないし、グレとミサは当たんないし~、あっという間に接近されるしぃ~!」
ACのコクピットを模したシートで体を揺らしながらグズる619に、対戦相手はスピーカーを通して苦笑を漏らした。
「……あ~! 今わらったでしょ、おじさん」
「可愛らしいと感じてしまってつい、ね。すまない」
「むう……まあ、わたしをカワイイと思ってなら許すけど」
色気のある少し掠れた男声の弁明に、619はむすっとした表情のままではあったが、気を取り直して。
「ねえおじさん? わたしのアセンとか戦い方、どこがわるかったかのアドバイスちょーだい?」
「……先に言っておく。少々辛口になるから、気を悪くしないでくれよ」
「えっ、そんなに? こわい!」
「まず一つ――――私の事はおじさんではなく、せめてお兄さんと呼んでほしい」
「えっ、そこから?」
「それがアドバイスをする条件だ、どうだろう」
「まー別にいいけどー……アドバイスよろしくね、イケボのおにーさん♡」
「そこまで可愛らしく言ってもらえるとはね。わかった、じゃあ始めようか。まずは君の機体データを送ってもらえるかな? それとアセンブル画面を共有で見せてくれ」
「りょーかいっ♪ まっててねー」
619がコクピット内で指定の操作を行い、双方のディスプレイへ仮想アセンブル画面が表示された。
通信の相手は送られてきた619の機体構成を手早く確認すると、軽く咳払いをしてから、
「ふむ。君と手合わせして、データもざっと見た感想だが――君の機体は1対1の高速戦闘に弱すぎる」
「う゛っ」
ド直球の耳に痛い指摘に、思わず619が呻く。
「それに君の『前に出たがるのに近接武器は持たないスタイル』と噛み合っていない」
「うう゛っ」
続く追撃。更に呻く619。
「恐らく複数機で協働しての火力を担う想定の機体で、仮想敵は『火力と装甲に長けるが動きは鈍い雑魚か大型兵器』じゃあないか? それ以外には苦戦する事が多いだろう?」
「ううう゛っ……はい、そーです……その通りです、おにーさん」
少し辛辣だがぐうの根も出ない指摘に萎縮した調子の619。
機体の運用法から戦法まで、自覚の有無を問わず問題点を言い当てられてしまっては当然の反応だ。
619の機体は中量二脚型で、かなり火器に積載を割いている。
武装は腕部装備のグレネードランチャーと、初期からとりあえず装備したままの安価なライフル。
そして肩には12連発射で360発もの装弾数を誇る垂直ミサイルランチャーを左右両方の計2基装備。
充実した火力で『施設の破壊や動きの鈍い相手』には滅法強い。
ミサイルの有効射程は長く、先陣を切ってミサイルの雨を降らせ、そのまま突撃してライフルを撃ちながらグレネードの痛打を見舞うというスタイルで619は活躍してきた――のだが。
問題点は先に述べられた通りに、機体と619双方で多々存在する。
「まず君が両肩へ載せている垂直ミサイルだが、私のように高機動機で一定の技量を持つ相手には当たらない。そのまま突っ込めば距離を潰しながら回避も出来るから、脅威どころか牽制にもならないな」
そう。前方へ高く上昇してから相手に向かって落ちていくという軌道の垂直ミサイルは、素早く接近されるだけで尽く回避されてしまうのだ。
動かない、あるいは鈍い動きの目標――または中距離を維持し続ける相手ならば遮蔽物をほとんど気にせず斜め上から火力を叩き込めるが、その反面、今回シミュレータで戦った相手のように、高速で至近距離戦に持ち込もうとする相手には完全な無力を晒してしまう。
そして重量もまた問題点だ。豊富な装弾数故か、その重さは大火力突撃を基本とする617――彼女が多用するバズーカやガトリングガンと言った『デカくて強くて重い』武装に匹敵する。
しかも619機が両肩に装備するそれは、天敵と言える高速近距離戦を得手とする相手にはまるで役に立たない――を通り越して単なるハンデの重りと化してしまうのだ。
「それに両手の装備も組み合わせが良くないな。そのライフルは敵の足を止めるに力不足だし、グレネード単体で動き回る相手に当てるのは厳しい。私のように高速で距離を潰してくる相手には――4つも武器があるのにライフルしか安定して当てられる武器が無いわけだ」
これもまたその通り。
腕部装備のグレネードは高威力かつ爆風も発生させる強力な兵装だが、高い機動力と技量を持った相手に命中させるのは難しいというタイプの代表的な武器だ。
逆にもう片方の手に握ったライフルは、ウォルターから渡された所謂『初期機体』が持っていた物。そこそこの連射速度を持ち命中させるのは容易いものの、これだけでは敵の撃破どころか被弾衝撃で硬直させる事すら厳しい。
となると相手にとって619機は距離さえ潰せば当ててくるのはさして脅威にならないライフル1丁だけで、時折放つグレネードにうっかり被弾しないように注意しておくだけでいい。
「やっぱりそうなんだ……自覚はしてたけど、相手から見たらけっこうチョろいのか、わたし」
「そうだな。遠慮なく言わせてもらうと距離さえ詰めれば容易い相手だ。その上で接近されるとまずいのに前に出たがるのは致命的とさえ言えるかもしれない」
「で、でもね!? 前に出ないとみんなと協働するときに負担かけちゃうし――」
「そこで私からの改善案だ、少し待ってくれるか」
「――え? あ、うん」
数分後、通信相手からディスプレイ上に送られたのは武装を一新された619機の姿……が2つ。
「まず両肩を別のミサイルに変えた。より命中させやすく総火力もあり、前方に飛ぶタイプ2種の混成だ。片方は6連式228発のスタンダードなミサイルにしたよ、派手さは無いが素直な軌道で扱いやすい。発射間隔も短いからタイミングに拘らず気軽に撃って当てていけるだろう。もう片方は――」
「あ、おにーさんの付けてるやつ?」
「惜しいな、その発射数を増加させたタイプだ。私のは3連式で、こちらは6連式になっているんだ。プラズマミサイルを使ったことは?」
「ない。撃たれたことならいっぱいあるけどね、さっきまでのおにーさんからバシバシと」
「ふふ、それはすまない。6連式で210発装弾、威力が相当に高く爆風を発生させるから当てやすく、これも扱いやすい武器だ。どちらも前へ飛ぶタイプだから自分から詰める時、相手に詰められた時、何より天井の低い屋内でも使えるだろう。ちなみに重量は垂直12連よりどちらも少し軽く、有効射程は上がっているよ」
「はえー……考えてくれてるんだ、おにーさんしゅごい♡ モテそう♡」
「面白いな、君は。私がモテるかどうかはさておき、実は私だけのアイデアではないんだ。以前君の戦闘データを見たフロイトも『君の戦闘スタイルを大きく変えない前提で』同じような感想と改善案を出していたよ」
「えっ、フロイトってあの――トップランカーでV.Ⅰだよね!? なんで!?」
まさかのルビコンに於ける最強候補の一角として名高い人名が飛び出し、619も動揺を見せた。
コーラルを巡って争う勢力の内、最大級と言えるベイラムとアーキバスの二強。
アーキバス側の精鋭であるヴェスパー部隊の第一隊長であるフロイトは、傭兵支援システムの管理するアリーナランキングにおいても最上位……つまり『最強』として認識され君臨している怪物中の怪物である。
「彼はとにかくAC戦が大好きなんだ。見慣れない傭兵が出てくると社内の記録を好き勝手に延々と漁っているよ、勤務中だろうと遠慮なく、ね」
「そっかー、別にわたしに注目してたとかじゃないんだぁ――えっ待って、おしごと中にそんなのだめでしょ!?」
「そういう変わり者なんだ、君の大嫌いなスネイルもよくイライラさせられているようだが……いくら小言を言われても知らん顔という所だ」
「あ、スネイルがピキッてるならいいよ。フロイトさんもっとやれ♡ スネイルのメガネにイタズラしてもいーよ♡」
職場内事情の暴露に619の手のひらは大回転である。
子供っぽい言動をする619と、高圧的で権威を振りかざすエリートの典型と言えるヴェスパー部隊の第二隊長――スネイルは事あるごとに舌戦を繰り広げている犬猿の仲だ。
621を始めとしてハウンズ全体――どころか主のウォルターもスネイルとは良好な関係と言い難いが、特にスネイルと仲の悪い619との口論はハウンズ・ヴェスパー部隊の双方にとって『また始まった』と評される恒例行事となっていた。
そんな彼女が蛇蝎の如く嫌うスネイルがイラつかされているなら願ったり叶ったりといった所だった。
「ああ、メガネへのイタズラなら、以前私とフロイトでチャレンジしてみたよ――同じフレームの伊達眼鏡にすり替えて反応を見ようとね。だがスネイルに忠実なV.Ⅵに報告されて失敗したんだ。減給2ヶ月は堪えたな」
「やってたの!? お、おにーさん、っていうかフロイトさんもけっこうおもしろい人なんだね……」
「知らなかったのか、私とフロイトはイケメンムードメーカーとしてアーキバス社内の笑顔を生み出す重要な人材なんだ。スネイルのストレスと引き替えにな」
「あははっ、ぜったいにうそでしょ~? でもスネイルはこれからもガンガンおちょくられてほしい♡」
そんな談笑を挟んだところで。
「――では、次に行こうか。君に送った2つのデータの違いは、両手に装備した銃火器だけだ」
まずはこちらから、と通信相手が言うと、619のディスプレイに片方が拡大表示される。
「両手に軽量タイプのショットガンを持たせてみた。これなら距離を詰められても互角に戦って迎撃できる。ミサイルを撃ちながら突っ込んで近距離戦を仕掛けに行くのもアリだ」
「あ、これかっこいいかも♪ 621……えっと、おにーさんのせんゆーはもっと大きなショットガンをよく二丁もちで使ってるよ」
「知っているよ。戦友は機体構成を頻繁に変える珍しいパイロットだが、武装は重い方のショットガンを多用しているな。実際あれは強力なんだが、君には軽量の方を用意した」
“戦友”こと621が使うのは傭兵界隈で重ショと呼ばれる、より大きく重く高威力なタイプだった。
しかし619機がデータ上で装備しているのは、軽ショと呼称される小型で軽いタイプのショットガンだ。
「ん~、どうして?」
「軽量版の方が取り回しに優れているからだ。重量は2割ほど軽い上に装弾数は2割強ほど多く、連射速度も高い。ショットガンを使い慣れていない君でも負担が少なく、外してもリカバリが効くだろう」
「わぁ、おにーさん気がきくね!」
「ありがとう。重量版には劣るが威力と衝撃も高い。高速機への対抗はもちろん、距離を詰めてミサイルと絡めて撃ち続ければ頑丈な大型目標も楽に狩っていけるだろう」
「えっ、すご♡ やば♡」
「はははっ、語彙力が死んでいるな? 私もそれだけ良い反応をしてもらえると嬉しいよ。ショットガンに慣れてきたら“戦友”と同じ重量版に変えてみてもいいかもしれないな。さて、もう片方だが――」
「わかったよ、これ、おにーさんが背負ってるライフルだね。それを両手!」
「流石だな、正解だよ。このバーストライフルは重めである事以外は欠点がほぼ無い。それほど優秀だ。もちろんショットガンやバズーカに比べれば一撃の威力は劣るが、離れた距離から延々と命中弾を送り込んで敵を削り、高い衝撃力で頻繁に行動を阻害できる」
「つまりー、足がとまったらおにーさんが選んでくれた『つよつよ♡ミサイル♡』でそこをガツン! で大きく削れってことだよね」
「そう、わかってるじゃないか。火力ならリニアライフルも強いんだが、チャージ撃ちで足が止まる事や銃身のオーバーヒートに気をつけて使う必要があるんだ。火力支援や突撃といった全く違う役割を状況次第で演じる君には、思考を割く武器は負担になると思ってね」
「え? バカっていってる?」
「いや、気を悪くさせたならすまない。君にとって慣れない武器構成になるから乗り手にも負担の少ない方が――」
「えへへ、じょーだんだよ♡ ルビコニアンデスジョーク♡」
「君は地元民じゃないだろう? まあ、そういう“戦友”とは違う言動も私は良いと思うが、ね」
「ふぅ~~ん、わたしをほめながら他の女のあだな言うんだ~?」
「大人をからかうのは辞めなさい、まったく……」
「でも? わたしのそういうところが?」
「――好きだな」
急にキリッとした声色で言う通信相手に、619が噴き出すように笑ってしまう。
「おに、おにーさん、あははははっ! ノリいいね、あははっ、ぜったいモテる♡ おんなのてき♡」
「私は女たらしではないと思うんだが……、まあとにかく、改善案は両肩のミサイルを変えて、あとは近距離を強くしたショットガン2丁持ちか、中距離も撃ち合えるバーストライフル2丁か、のどちらを選ぶか、だな」
「……うーーん……なやむ」
難しい顔でディスプレイ上の二つをチラチラと見比べる619。
そのままうんうんと唸り続ける彼女に対し、通信相手は笑って返す。
「はは、まあ今すぐ選べという話じゃない。“戦友”のように任務ごとで使い分けるのも当然ありだ、フレームや内装も含めてゆっくり考えればいいさ」
「うーーん、じゃあ、そうする。次に戦うときは、おにーさんに圧勝して、ざこざこよわよわってバカにしてあげるね♡」
「ふふっ、それなら尚更、負けられないな。私にも大人のプライドがあるんでね」
「……あ、おにーさん。このあとどうするの」
「今日はこの後に別件の用があるが、どうかしたかな?」
「そっかぁ。アセンの相談にのってくれたし、わたしのおごりで遊びにさそいたかったんだけどなー」
「気持ちは嬉しいが、都合が合わないんだ。申し訳ない。それなら君達のハンドラーはどうなんだ?」
「ぱぱ? きょうは用事でお出かけしてるー……みんなも用事でいないんだ。さみしー、ひまー」
足をぱたぱたとさせて愚痴る619。
そう、今日は619以外の全員が依頼で外出中だったのだ。
暇を持て余した619があれこれと思索を巡らせている最中に思い立ったのが、手こずってしまう高速機相手の戦闘と、うすうす気付いていた自機の装備構成が抱える問題についての課題解決だった。
しかし619一人で思案しても具体的な解決案は浮かばず、どうせならアリーナ上位でハウンズ達と親しい人物へ相談がてら手合わせも願おうと思いたち、今に至るわけである。
「それなら良い子にして待っていようか。一人で出歩くと仲間も心配するかもしれない」
優しい声色で諭す通信相手にしかし、619はぷっくりと頬をふくらませる。
「むー、子供あつかいしないでよー。おにーさんからおじさんに戻しちゃうよ?」
「おいおい、それはやめてくれ。私の男心が傷つくぞ。そんな悪い子にはお兄さんから仕返しのサプライズをしようか」
「……さぷらいず、ってなに? え、こわい」
「驚かないでくれ、いや驚いてもらいたいな。実は」
「――おはなしのあいてが、ラスティさんの他にもうひとり居るってこと? こえ、いつもと違ってたよ。ひとりふたやく、じゃなくて『ふたりでひとやく』やってるのかな♡」
「ほう」「……気付いて、いたのか」
感心するような吐息と、愕然とした様子の声。
「まえにペイターさんが声真似してたって621から聞いたからもう一人はペイターさんかな? ともおもったんだけど、なんかちがうんだよね。でもたばこやお酒で喉がやられてるかんじでもないし、だれ?」
少しの間を置いて、いつもの声でラスティは告げる。
「まさか気付かれていたとは。改めて、私がラスティだ。今日の私はオフなんだが、もう一人休みだった人物が居てね。彼が言い出しっぺなんだ、怒るなら彼へ頼むぞ」
「……だから、だれなの?」
「ウォルターの猟犬とこれだけ長く話したのは初めてだ、退屈しなかったぞ――改めて、もう一人ことフロイトだ」
少しざらついた涼し気な声色で正体を明かしたのは、ルビコン最強候補のV.Ⅰその人だった。
「は? え? まって、まって、まってなに? なんで?」
まさかの『惑星最強格の超エースパイロットにして有名人』が自分にドッキリを仕掛けてきた、という真相に619は混乱した。
通信相手のラスティや彼女達ハウンズも十分に強く有名であるのだが、フロイトは星外にまで名を轟かせるほどの怪物であり、戦場に関わる者達からはケタ違いの存在として認識されている。
「暇だったからラスティ宅に遊びに来た。そうしたらお前とシミュレーターをやる所だと言うんでな。面白そうだったから少し悪戯をした、それだけだ」
「……えぇ……ノリ、軽すぎる……」
困惑して言葉を失う619に、ラスティは含み笑いで言葉を継ぐ。
「あー、ちなみになんだが、シミュレーターの中に二人で無理やり詰めて入っていてね。途中でちょくちょくフロイトに操作を代われとせがまれて、私じゃなくフロイトが操縦してた時もあるんだ」
「ラスティの機体は俺に合わない物だったとは言え、俺とそこそこ戦えていたのはいいな、猟犬」
「あ、えっ、そーなんだ。んと、えーと、ほめてくれて、ありが――」
未だに衝撃から立ち直れずに居る619がとりあえず『手合わせ頂き感謝』の意を告げようとするが。
「まあそれはいいとして猟犬、一つ聞かせてくれ」
「えっ、な、なに?」
食い気味に言ってくるフロイトに、619はグラつきを立て直せないまま圧され続ける。
「俺はボイスチェンジャーを使ってこいつの――ラスティの声にかなり似せていた筈だ。ラスティも逆に俺の声に合わせていた。ラスティベースで均質化させた上でほぼ交互に話したんだ。どうやって二人居ると気付いた?」
619は少しの間、考え込んでから。
看破できた理由を答え始める。
「んーとね、わたし、けっこうみんなの足ひっぱること多いんだよね。アセンも変だし、前に出すぎちゃったりするし。
だから少しでも役に立てるようにって思って、みんなの戦闘記録、なんどもよく見てるんだ。動きの参考にしたりとか、みんなの特徴をつかんで、サポートできるように。
その内にね、なんかいつものパターンとちがう気がするな?って、へんなことがあったら気づくようになったんだ。勘みたいのがするどくなったのかも。
あと621のもいっぱい見てるから、ラスティおにーさんの声、覚えちゃった♡」
言い終わると、えへへ、と恥ずかしそうに笑う619。
そこに。
パチン、と小気味よい音が彼女の耳へ飛び込んできた。
フロイトが鳴らした指の、空気を破裂させたようなスナップ音。
「……いいな、猟犬ッ!」
驚くラスティの隣――だいぶ詰めて狭くなっているコックピットでマイクに向けて目を輝かせるのはフロイトだ。
「そうだ。その真剣さだ! 俺は楽しくて好きにやっていただけだが、俺もそうやって色々繰り返して繰り返して繰り返し続けて、強くなっていったんだ! いいぞ……お前は真摯に闘争へ向き合っている!」
「えっ、え? なに、なんかこわいんだけど。 でも、励ましてくれてるんだよね、ありが――」
「礼を言いたいのは俺の方だ……!」
やはり食い気味のフロイトに言葉を断ち切られる619。
そのまま興奮気味にフロイトは捲し立てるように続ける。
「お前のおかげで火が点いた。苦戦したくて手を抜いたり適当なアセンブルにしていたが、もう少し真面目にやる気が出てきた。よしラスティ、俺は機体を弄りたいから帰るぞ! また会おう猟犬、強くなれよ」
早口で言いたいことだけ言い切ると、フロイトは619の返事も待たずシュミレーターのハッチを開けて飛び出していく。
619のスピーカーにはドタドタと喧しい足音とドアの開閉音が届き、そこからは暫しの静寂。
「……ああ、察しただろうがフロイトは帰っていったよ。目を爛々と輝かせてね」
苦笑気味に言うラスティ。
「フロイトさんっていつも、ああなの?」
「普段はあれほど高いテンションじゃあないがね、むしろダウナーでマイペース、そして圧倒的に強い」
「ふーん、じゃあ『普段』の時なら、621に近い、とか?」
そこに、沈黙が降りた。
「……そう、だな。確かに“戦友”に近いかもしれない」
「なんか含みのある言いかただね、おにーさん」
「――良い機会かも知れないな。フロイトに関連して、君に……君達ハウンズ全員に忠告がある」
「え?」
ディスプレイを前にして、ラスティの顔は微笑みから真剣な顔つきに変化を遂げる。
声色もまた同様に。
「フロイトは強い。凄まじく、な。だが彼は“背景”を持たないように見える。譲れない物、押し通したい主義主張がね。それは――恐らく“戦友”や君達ハウンズも『主への忠誠』を除けば、そうなんじゃないか?」
「んー、それはそう、だよ? だってわたしたちは、ぱぱの猟犬だから。へんな『思想』とか持ってたらぱぱのじゃまになっちゃうかも、だし」
返答を聞き、ラスティの顔と声が俄に暗く、重さを帯びた。
「だからこそ危うい――使い手のハンドラーが狂気に囚われ大虐殺を命じたなら、どうする? それに従わなければハンドラーの命が無い、という状況なら?」
V.Ⅳことラスティは、ある懸念を抱いていた。
背景と理由なき強さほど、危ういものはない、と。
「フロイトも君達も、強大な力を持ちながら――何かの拍子に、どこへその力を向けるのかわからない怖さがある」
彼の懸念に当てはまると思わしき強者が、彼と近しい者だけで六人も存在している。
一人はV.Ⅰフロイト。この星で名実共に最強として名高く、アーキバスの誇る精鋭ヴェスパー部隊の主席隊長。切り札中の切り札。
しかし彼は――アーキバスへの忠誠心など微塵も見せない自由気ままな戦闘狂だ。
彼がアーキバスに居続けている理由にしても恐らくは、大企業故の充実したサポートとバックアップを受けて、戦闘の事だけを考えて好き勝手にやれる環境に魅力を感じているに過ぎないだろう。
今は辛うじてスネイルが手綱を握っているが、もしスネイルが彼を御しきれなくなった時――彼は『面白そう』と言う理由でアーキバスすら敵に回す可能性まで有り得ると、ラスティは考えていた。
そして二人から六人目までは、戦友こと621を筆頭とする傭兵集団ハウンズ。ハンドラー・ウォルターが率いる猟犬達。
アリーナランキングで言えば上位から最低でも中位以上の実力を持ち、強固な団結力まで備えている。
独立傭兵でありながら――企業に比べれば規模は小さいが――戦力的にはヴェスパー部隊やベイラムのレッドガン隊に匹敵する一大戦力と言える。
彼女達は主人であるハンドラーに絶対の忠誠を誓っているが、それ故に、もしハンドラーが想像を絶する凶行を命じた時に、それに従ってしまうのでは、という恐れがラスティにはあった。
または――ハンドラーを失うような事態が起きた際に、暴走してしまうのでは、とも。
闘争が目的であり手段と化している戦闘狂フロイト。主命とあらば何をするかわからず、さりとて主を失えば暴走すら危惧される傭兵集団ハウンズ。
どちらも、状況次第ではどこへ向かって飛んでいくかわからない大量破壊兵器のような物だ。
「――おにーさん、ちょっと惜しかったね!」
と、ラスティとは対照的に明るい声で619は返した。
「おにーさんの心配はわかるよ。なんとなく。ちょっと前のわたしたちだったら、ぱぱが酷いことをやれって言ったら、そのままやってたと思う」
「……じゃあ、今の君達なら、どうするんだ?」
「とりあえずみんなでぱぱを問い詰める、かな。わけを聞いてほかの方法をさがすよ、みんなで。ぱぱが変になったら監禁してでもみんなで何とかする、ぜったいに」
慮外な返答にラスティは面食らってしまった。
彼女達の鉄より硬い忠誠心……は知っていたが、監禁とは穏やかでなく――それに沿わない答えと言える。
「意外だな。それではまるで、君達がハンドラーと対等な関係のように聞こえる」
「う~ん、ちょっとちがうっていうか……半分あってるっていうか……」
歯切れの悪い言い方をする619。
ラスティは無言のまま怪訝な顔をしながらも、彼女の言葉を待つ。
「――わたしたちは、ぱぱにしたがう『猟犬』。でも、ぱぱの『女』でもあるんだ♡ だから……ぱぱとわたしたちは『パートナーで家族』ってことだよ」
「………なるほど」
盲目的に従う強力な従者であり愛人説すら噂される彼女達――だが、少なくとも今の実態は『役割を分担して働く、相思相愛の一夫多妻』という事なのだろう。年齢差を考えれば随分な幼妻ハーレムと言えるが。
「ぱぱのためなら世界もてきに回したっていいけど……ぱぱが世界を敵にまわそーとするのは、まず止めるよ。だって――ぱぱとみんなで笑っていられるセカイだって、大事だから」
にこっ、と明るい笑顔で619は言ってみせる。
辿々しい口調ながら、その声には確かな熱と“芯”が籠もっていた。
「……私は少し、君達を見くびっていたようだ。申し訳ない」
彼女の声から真剣さを感じ取ったラスティは、ディスプレイの前で頭を下げた。
一方の619はまるで気にしない様子で話を続ける。
「知らなかったら、そういうふうに思うのも、しかたないよ。あとね、わたしたちでいい方法が見つからなかったら、ほかの人の力だってかりるつもり。きっとおにーさんのことも頼るとおもうし、その時はよろしくね!」
「頼る、か。それはいい考え方だな。君達は思った以上によく考えているんだと、私は認識を改めたよ」
いつの間にか、ラスティは自覚なく声と表情を柔らかくしていた。
619の言う『なんとかする』が、そう上手くいくとは限らないと思いながらも、しかし彼女達は考えなく従うだけの道具ではないようだ、と安堵して。
「しかし、これでも私には立場がある。頼ってくれても力になれる事には限りがあるぞ」
「うん、しってる。だからきっと、その時にわたしたちが頼るのは、どこかの、じゃなくて個人のラスティおにーさん、だよ。それとね、もしおにーさんクビになったらぱぱに言って拾ったげるから、いっしょにおしごとしよーね♡」
「……はははっ、せっかくの大手勤めをクビになるのは困るな」
笑うラスティに、619もにやりと悪い笑みを浮かべると。
「うちに来たらおにーさんの大好きな“せんゆー”とおしごとできるんだよ? えへへ、どーお?」
「おいおい、余りにも楽しそうで魅力的なヘッドハンティングじゃないか。休み明けの出勤が辛くなるからそこまでで勘弁してもらいたいな」
「ふふふー♪ ……あ、おにいさん、つぎの用事あるんだっけ、じかん、だいじょぶそ?」
言われたラスティはディスプレイの時刻表示に目をやった。
まだ少し余裕はあるが、そろそろ出る準備を始めてもいい頃合いだ。
「ああ、丁度いい時間だな。今日は色々と聞けて良かったよ、ありがとう」
「こっちこそ、いっぱい相談にのってくれたし、おはなししてくれてありがとね、おにーさん♡ ……さいごに、ちょっといいかな?」
「ん? ああ、まだ少しなら問題ないよ」
「このやり取りって、ほかにだれか聞いてたりする?」
「いや。フロイトは帰ったし、ここは私の一人暮らしだ。ペイターも良く遊びには来るが……彼は任務中だな。それと通信のセキュリティには人並み以上に気をつけてはいるよ。途中の回線や設備に細工をされて傍受される可能性までは否定できないが、ね」
「そっかー……どうしよっかな」
考え込むような言い方の619。
ラスティが疑問の声を挟むよりも早く、彼女はまぁいいか、と言って続ける。
「わたしからも、お礼にちゅーこく、したげるね」
そこまで言うと、619の声は僅かに冷えたものへと変わった。
表情も楽しそうな笑みではなく、真面目な様子に。
「かいほー戦線の人たちとたたかう時は、きをつけて。おにーさん強いから、ふつーに勝てないならデマとか罠をしかけてくるかも。あとね、雪山は足跡が目立つから、しんちょうにやった方がいいと思うな。あとつけられて後ろからズドン! さすがのおにーさんも危ないよね? わたしからは、それだけ」
619の『ちゅーこく』を聞き終えたラスティは怪訝な表情を少しの間だけ浮かべると――すぐに、いつもの調子で応える。
「……忠告、感謝するよ。 さて、名残惜しいが時間だ。また、君と話せたら嬉しいな」
「わたしも、おにーさんとまたお話したいな♪ 621も誘うからいっしょに遊んだりもしよーね? またね~♡」
・ハンドラーと621、帰宅
619とラスティの通信が終わってから、数時間後。
「帰ったぞ、619」
「ぱぱっ♪ おかえ……り……?」
居住エリアの玄関にて、619が主人と仲間を出迎えたの、だが。
ウォルターの隣に居る621の様子が平素と違っていて、619は戸惑った。
ウォルターに肩を借り、脇から抱き寄せられて、ぼおっとした表情を浮かべる621。
「だ、だいじょうぶ? どしたの?」
おろおろとする619の前で、621はウォルターの腕からするりと抜けると、
「ただいまー……」
とだけ行って、自室へ歩いていく。
彼女はウォルター達を振り返って。
「ちょっと、つかれたから……やすむね。ごはんのときに、おこして」
明らかに疲れ切った様子で言うなり、621は廊下の奥へと消えていった。
「ちょっ――ああ、もう。 ねえぱぱ、なにかあったの? アーキバスの依頼、だったよね?」
「色々あってな、621は疲れている。だが深刻な話ではない。とりあえず、一息つきながら話そう」
「うん……わかったよ、ぱぱ」
そうして、ウォルターが楽な部屋着に着替えてきた後、二人は619の自室で話し始めた。
「――で、何があったの?」
ふかふかのクッションソファに並んで腰掛ける二人。
アーキバス製ココア風味の合成ドリンクを飲みながら、619が問う。
ウォルターもベイラム製の緑茶風味のホット飲料が入った湯呑から一口飲むと、眼前の小さな強化ガラステーブルに湯呑を置いて。
「今日の依頼は、シミュレータを使った演習でな。ヴェスパー下位の二人――ⅥのメーテルリンクとⅦのスウィンバーンを相手として、621が戦うという内容だった」
「ん~? シミュレータなら、ここからのオンラインでもいいよね? それ、621のデータとられてない……?」
「ああ、流石だな619。俺もそう危惧して621に忠告はした。……あいつはどうしたと思う」
「手抜きした、とか」
「そうだ。その上で、ハンドガンやマシンガン、プラズマキャノンといった普段の依頼では殆ど使わん武装や組み合わせで戦ってな。他にも爆雷ミサイルとパイルバンカーだの、よくわからん装備で二人を叩きのめしていた」
「うっわぁ、ひどっ♡」
現場の空気を想像して619は笑ってしまう。手抜きの操縦と適当なアセンブルで蹂躙される側としては堪った物では無かっただろう。
――どこかで聞いたような戦い方だが。
「そこから更にV.Ⅱが現場の監督として、遅れてやって来てな。その後に休日だったらしいV.Iまで勝手に入ってきた挙げ句、621と戦わせろと言い始めて――」
「あの子、シミュでたたかったの!? フロイトさんと!?」
驚愕を露わに食いついてくる619に、ウォルターは若干気圧されながらも話を続ける。
「い、いや。V.Ⅱが反対して、621と戦ってみたいと言うⅠと戦らせたくないⅡで言い合いからの睨み合いになった。結局話は流れて俺たちは帰ってきたんだが……621の疲れはそこに関係しているんだ」
「……どゆこと?」
困惑の問いを向ける619。
ウォルターはふぅ、とため息をつくと、困ったような、微かに笑っているような顔を浮かべる。
「帰りの機内で、あいつがどっと疲れた様子でな。聞けば『ごちゃごちゃうるさい、二人とも、まとめてやってもいいよ』と、揉める二人へ啖呵を切るつもりだったらしい。しかも、俺の面子に掛けて絶対に勝つと意気込んで、だ。ところが不発に終わって、帰路で一気に気が抜けた。621はそう言っていた」
「…………」
開いた口が塞がらない。
まさしく619はぽかんと口を開けたまま、呆気に取られていた。
二大勢力の内、アーキバス側のトップ2――それもルビコン最強と名高いV.Ⅰフロイトを含めて――1対2で相手取ろう、などと。
加えてV.Ⅱのスネイルと彼の愛機も相当に強い。
ヴェスパーの二番手という地位相応に優れた操縦技術はもちろんの事、厚い装甲と強力な射撃装備で堅実にまとめられた機体構成。更にレーザーランスとアサルトアーマーで近距離戦闘力も高い。
そんな二人を同時に敵に回すなど――シミュレーターである以上、負けた所で傷一つ負う心配はないが――余りに荒唐無稽と無茶が過ぎる。
「わかるぞ、619。俺もそれを聞いた時は、誇らしい反面、どう言うべきか……唖然としてしまった」
「アホじゃないの、あの子」
その感想へノーコメントのまま、ウォルターは湯呑を取って茶を一口。
「あいつならもしかすると……という期待はあったが、結果的には実現せずに正解だったと、俺は思っている」
ウォルターの言に、619が続く。
「負けたらあのこ、ぱぱの前でかっこわるいとこ見せたってヘコんじゃうかも、だし。それに、そのじょーけんで勝ったらめちゃくちゃマークされそうだもんね。あっちのメンツ、たたきつぶしちゃうもん」
「そうだ。成果を出せば名声は上がるが、時と場所と状況は考える必要はある。聡いな、619」
正鵠を射た619へ称賛を送るウォルター。
そこに、619はふふんと鼻を鳴らして頬を緩めさせると、隣のウォルターにそっと頭を傾けた。
ウォルターは懐からハンカチを取り出して自身の手を拭いてから、彼女の髪へ手を伸ばす。
優しく、繊細な指の動きで。619の髪を梳いて、手のひらを彼女の頭へ乗せる。
ゆっくりと頭を撫でてくれるウォルターの手を感じて、619は無言のまま目を閉じ、喜びに浸る。
「お前は……少し、先走る事もあるが、周りの事を良く見て、考えてくれている。俺は評価しているぞ、619」
「……えへへ♡」
そうして数分ほど、頭と髪を撫でられる喜びに浸る619。
と、ウォルターが一つ問うた。
「今日は、お前一人で留守だったな。何か変わったことはなかったか?」
「悪いニュースはないけど、良いニュースはあるよ。わたしの機体、けっこう強くなっちゃったかも♪」
「……内装を変えたのか? ガレージの機体は変化が無いように見えたが……」
「オンラインのシミュで、ラスティさんに特訓してもらって、アセンもおしえてもらっちゃったんだ。シミュで使ったら前よりずっとつよいんだよ♪ あとで、機体もくみかえておくね」
ラスティの名を聞き、ウォルターの眉がぴくりと動いた。
どこか複雑な心中を表すように、その表情は困ったような笑みを浮かべている。
「ヴェスパーの番号付き、Ⅳのラスティか。あの男は――――いや、何かと、お前達の世話を焼いてくれるな」
そう言ったウォルターを横目で見やり、619の唇が悪戯そうに弧を描いた。
「ぱぱ、ひょっとして妬いてる?」
「……いや、そういうわけではない。他意は――」
619はウォルターの言葉を聞かずにすくっとソファの座面に両膝を立てると。
ウォルターの顔を頭ごと抱き寄せ、自身の胸に押し付けた。
ふわふわの部屋着と胸の感触にウォルターの言葉は断ち切られる。
「ぱぱもたまには、すなおになったり甘えたり、しよ?」
今度は619がウォルターの髪を撫で付けながら、甘い声で囁く。
「ぱぱ、いつもしっかりしてるけど……それじゃ、疲れちゃうよね? ぱぱも、ざこざこになったり、わがままになっていいんだよ……♡」
ウォルターの顔に伝わる619の体温、感触。
そして――芳香。
「甘い、香りがするな」
「シミュで熱くなって汗かいちゃったから、かるくシャワーあびたの。 ミルクのソープとバニラのぼでぃくりーむ、いいにおいでしょー?」
少なからずウォルターの神経も張り詰めて疲労していた所へ、濃厚な甘い匂いが鼻へ流れ込む。
安らぎを与えるような香りと感触に、思わずウォルターは深く呼吸をしてしまった。
「あはっ、ぱぱの鼻息あっつい……♪ つかれたときの甘いもの、いいよね」
619の手がウォルターの耳を撫でて、後頭部へと滑る。
とん、とん、と指で優しく叩く。幼子をあやすように。
ウォルター自身が猟犬達へ、よくしてやっているのと同じように。
「ねえ、ぱぱ。他にも甘いものあるんだけど、食べたくなあい?」
619が片手でウォルターの頭を愛撫しながら、もう片方の手がすす、と、彼女が履いているボトムスに伸びた。
部屋着のボトムスと――中に履いた下着ごと、腰のゴムへ指を滑り込ませて、前へ引っ張る。
「……っ!」
開放された619の下腹部から、籠もった熱と共に甘い香りがより濃さを増して、ウォルターの鼻孔へ立ち上って入り込む。バターとミルクに混じって異なる匂いが鼻をくすぐった。
愛しい主を抱擁して昂ぶった雌の、淫靡な匂い。
「みんな帰ってくるまで、時間あるし――おやつ、食べちゃお? ぱぱ……♡」
このあと――V.Ⅳラスティに影響されて『余裕ある大人っぽさ』を見せようとした619は、真の大人であるハンドラー・ウォルターに敗北する事となる。
「わたしがぱぱを甘やかそうとしたのに、いつのまにかぱぱに抱っこされて甘えていた。幸せすぎてあたまがふっとーしそうだった」
彼女は仲間たちへ、そんな恐ろしい体験談を語る事となった。