【交流と影響:620の場合】

【交流と影響:620の場合】


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「お待ちしておりました……! ハンドラー・ウォルターの猟犬、お会いできて、光栄だ……!」


時間を遡る。

ある日の昼方、620はあるグリッド――から少し離れたエリアへ依頼で足を運んでいた。

生身ではなく輸送機と機体に乗って、だ。

今回の依頼人は大規模なドーザー勢力であり、発掘――と言えば聞こえはいいが、実際は放棄された大規模軍事施設での盗掘――の護衛を依頼されたのだ。


果たして現地に着いてみれば、指定ポイントには既にクライアント側の大軍が集結していた。

「ずいぶんな数だが――あまり質はよくないな」

620のオペレーターとして映像を共有するウォルターが呟く。

数十機単位で集っているMT達だが、作業機械とジャンクの中間じみた見た目のものばかり。

錆と土に塗れた継ぎ接ぎのようなボディ。無理やり取り付けたと思しき旧式の火器。

お世辞にも戦力としてアテになるとは言えないような機体ばかりだ。

あえて長所らしき点を挙げるなら、フレームの各所に廃材を流用したような増加装甲を何重にも取り付けた機体が多いことくらいだ。

護衛するはずの対象が余りに脆く、助ける間もなく瞬殺されてミッション失敗……となる不安は薄そうな所だけが評価点といえた。

他はと言えば運搬車両やホロの付いた人員輸送車がお供として居たものの、当然ながらこれらもまた、有事に頼れる物ではない。

「あるじ、あれが例の?」

「恐らくな」

ぐるりと機体を旋回させて、アイカメラ越しに620の視線が向く先。

粗末なMT達の群れに混ざる、唯一クライアント側の戦力として宛てになりそうな、黄色のAC。

それが、待ち合わせの『友人』が人混みの中からこちらを見つけた時のように、片手を挙げて歩み寄ってくる。

620機の眼前までやってくると、その機体は通信を送ってきた。

「お待ちしておりました……! ハンドラー・ウォルターの猟犬、お会いできて光栄です」

男の声。

低く、深みのある甘い声色。

心から嬉しそうに、そして親しげに音声が続く。

「よろしければ、この機体を降りて握手をして頂きたいくらいです。 いかがでしょうか」

「あるじ、どう――」

「断る。任務に不必要な干渉はやめてもらおう」

620の問いを寸断して、ウォルターが切って捨てた。

「そうですか、残念です……ああ! 失礼、名乗りを失念しておりました。依頼をさせて頂いたオーネスト・ブルートゥと申します。機体名はミルクトゥース。よろしくお願いたします」

「知っている。事前の打ち合わせ通り、俺がオペレーターを担当し、その猟犬が依頼を遂行する。よろしく頼む」

620本人には喋らせないまま、ウォルターが返答した。

「あの名高いハンドラーと猟犬の力を借りられるとは……! なんて心強い! そう言えば、そちらの猟犬の方はどのようにお呼びすれば良いのでしょうか? ハウンズは複数いらっしゃると聞き及んでおります」

「そちらで何か、希望のコールサインはあるか」

「では、ビジターと呼ばせて頂いても? 状況的に正しい意味合いではないかもしれませんが――」

「構わん」

いちいち感情を込めた声色で話しかけるブルートゥに対して、事務的に返すウォルター。

二人のテンションと口数は対照的なままで、二人の会話――簡単なミッション内容の再確認が行われていく。

620が口を開くタイミングが来ないまま。

手持ち無沙汰となってコックピット内シートに腰掛けていただけの彼女だったが、ふとディスプレイ上に通知が届いていることに気づいた。

音声無しのテキストメッセージ。

送信元は、クライアントと話している最中の主からだ。

ごく短い文章で、送られてきた文面は。

【評判の良い男ではない。十分に用心しろ。最悪、こいつを撃って離脱する状況が発生する事も想定しておけ】

出発前に620へ伝えられた言葉と、ほぼ同一の内容であった。


――やがて、ウォルターとブルートゥの簡易ブリーフィングも終わり、一同は目的の廃施設へと向かう事になった。

さほど長くない道のりではあったが、大所帯とMT達の低機動故に進行は遅い。

もちろんこうした過程と理由もブリーフィングで説明があった。

目的の施設は、廃棄されて以降も防衛設備が稼働している可能性があり、輸送機で目前まで行けば対空砲火で撃墜される恐れもある、と。

故に、目的地から多少の距離を保ったポイントでの合流となったわけである。

「それにしても、先程わずかに声が聞こえたのですが……かのハウンズに女性がいらっしゃるというのは本当だったのですね」

「……性別次第で問題でもあるのか」

露骨にウォルターの声が不機嫌を滲ませた。

無改造の徒手空拳ならばともかく、強化人間がACを駆って戦うのであれば性差は些細な問題である。

――筈なのだが、暴力と威圧で糧を得る業界であるせいか、猟犬達の性別を知ると明らかに舐めた態度を取る輩は非常に多い。

だからこそ、またその手の男かとウォルターはむっとした態度を見せたのだが。

「とんでもない。噂が事実だった事に感心しただけです……実に、ロマンチックだと思いませんか」

「……ロマンだと?」

「主の命を受けて刀槍の交わる戦場へ赴く乙女――まるで神話のようだ……素晴らしい」

「そうか。どう感じるかはクライアントの自由だが、俺の猟犬を甘く見るような事は無いようにしてもらおう」

「ご心配なく。頼りないと思う相手に護衛を頼む事は致しません。さて、皆様。そろそろ見えてきましたね」

620達の視界に入ってくる目的地。

広大であろう施設を囲む塀は、多少の汚れと損傷があるもののほぼ健在。

分厚い正面ゲートは中心に大穴が開き、ひしゃげて捻じれ、取り付けられた塀から外れかけている。

そこから見える敷地内には、格納庫や司令塔のような建造物が認められた。

「……開いているのか」

訝しむウォルター。

そこにブルートゥの説明が入る。

「これは予定内です。なぜなら、私達は数度に渡ってここへ発掘作業を試みてきたのですよ。

周辺を歩き回る厄介な人形達を片付けては、損耗の激しさ故に引き返し――ようやく清掃を終えた所で塀と門に阻まれる。

今度は爆薬(カギ)を携えて訪れ、ようやく門を開けましたが……ああ、私達の浅慮が悔やまれますね。

城の周囲を守る自動人形達が居たという事は、中にはそれ以上の『おもちゃの兵隊』が詰めているのでは? と気づいたのです。

杞憂であればいいのですが、そうでなければ私達は宝物庫を前に転がる骸の山になってしまう。

そこで、横取りの心配が無い独立傭兵、それも、主従揃って腕利きと名高いハンドラーへ依頼をさせて頂いた、という次第だ」

「……そうか、了解した。突入の段取りは?」

ゆったりと、しかし流れるように経緯を解説してみせるブルートゥに、やはりウォルターの反応は最低限だった。

「まずは耐久性を重視したMTいくらかを先頭に突入させ、様子を見ます。それからは状況次第、よろしいでしょうか、ビジター?」

「俺は構わん。620、それでいいか」

「――はい、あるじ」

「素敵な声色だ……! もっと聴かせて頂きたく名残惜しいですが、頃合いです」

そこで、ブルートゥは言葉とブースターの噴射を止めた。

率いられるMTや車両も足を止めていく。

ブルートゥの機体はゆるりと旋回して、背後の手勢達へ向け、両腕を広げて見せた。

まるでショーの司会が如く。

「手はずどおり、入場を開始――皆様、楽しい時を過ごしましょう!!」

ブルートゥが音頭を取り、MT達が突入していく。


こうして、ようやくミッションは本格的に開始された。

施設にドーザーの面子が立ち入ってすぐ、防衛・警備用のシステムが作動。

路面や施設外壁に隠蔽されていた大量の砲や機銃のターレットが姿を現して火を噴き、敷地内の格納庫からは無人の軍用MTが続々と出現。

三次元かつ多方向から、それも10や20では効かないほどの火点から為される射撃に加え、戦闘用のスペックを備えたMTによる迎撃。

ドーザー達の粗末な機体が抗しえる筈もなく被害が出始める。

「素敵なサプライズだ……残念ですが彼らでは踊りきれないようです。MT隊は後退を!」

ブルートゥは即座に彼らへ下がるよう指示。

「ビジター、私は貴方と上手に踊れるでしょうか? 心配だ……けれどそれより、ずっと楽しみです。私達も入場いたしましょう」

と言ったブルートゥがブーストを噴射させるよりも早く、620機が突進していく。

「エスコートは不要、ですか。勇ましい……もっと魅せて頂けると期待しますよ、ビジター」

後退してくるMTを飛び越して、入れ替わるように620とブルートゥの機体が主戦力として施設へ突入する。

ブルートゥがチェーンソーや火炎放射で無人MTを撃破すれば、620は2機を狙ってくる砲台を射撃で破壊。

「ビジター……! 私のステップに合わせて下さるとは」

今度はブルートゥのミサイルが高所の砲台を吹き飛ばすと、彼の背後から突進してくるMTを620のブレードが切り裂く。

「素晴らしい――華麗な剣舞です、ビジター」

620の『味方を堅実にフォローする動き』が、ブルートゥの乗機が抱える『武器の火力は悪くないが、それ以外がよろしくない』点と上手く噛み合う形となっていた。

「スロー、スロー、クイッククイック、スロー」

リズムを口ずさむブルートゥに合わせるように、彼の隙を随時620機がカバーする。

「スロー、スロー、クイッククイック、スロー」

ライフル。ミサイル。ブレード。チェーンソー。バズーカ。

「スロー、スロー、クイッククイック、スロー」

ミサイル。バズーカ。ブレード。蹴り。火炎放射。

「スロー、スロー、クイッククイック、スロー」

620の機体がふわりと舞うように躍り出てライフルを射ながら敵の照準を引きつける事もあれば、

「ビジター、妖精もかくやという可憐さだ……! 私も、負けていられませんね」

機体の頑強さとチェーンソーを盾にブルートゥが敵射線を阻む事も。

「スロー、スロー、クイッククイック、スロー」

620へ殺到する敵を、ブルートゥが火炎放射で焼き尽くしながらチェーンソーで切り刻む。

その隙を突かんとする敵は620に撃たれて斬られ、掃討が進んでいく。

「スロー、スロー……ああ、残念ですビジター。せっかくの愉しい一時でしたが」

「――終わったようだな、620」

二人の連携は技量と機体構成の違いで少々歪ではあったものの、どうやら防衛設備と敵MTは品切れに出来たらしい。

「もう少しだけでも貴女とこの時を満喫したかったのですが……仕方ありませんね。全隊、邪魔者は退場いたしました。改めて内部の発掘へ取り掛かって下さい」

ブルートゥの指示を受けて、今度は輸送・運搬車両を伴ってMT隊が施設内へ戻ってくる。

この後の流れは、本格的な内部の探索や発掘――金目の物を運び出すという――作業となるが、そこはクライアントの仕事であり、620の請け負える部分でも無い。

成功報酬もすぐに振込みが行われ、あとは輸送機で帰還するだけ。

ミッションはほぼ終了となった。

ヒャッハァと快哉を挙げながら『発掘』および調査の為に建造物へ雪崩込んでいくドーザー達と、指示を飛ばすブルートゥ。

彼らを横目に帰還の便を待つ620機へ、ウォルターから通信が届く。

「よくやった620。だが、まだ気を抜くなよ」

そう。まだ油断してはならない。

警戒すべき対象は、防衛戦力だけではなかった。

クライアントはベイラムやアーキバスと異なり、賊に分類されるお世辞にも理性的とは言い難い者達なのだから。

――ややあって、ようやく帰りの輸送機が現地へ到着し、着陸する。

あとは620が機体ごと乗り込んで飛び立つのみ、だが。

「ビジター、お待ち下さい」

ブルートゥのミルクトゥースが、乗り込もうとする620機を引き留めた。

そのまま、通常の歩行動作でミルクトゥースは歩んでくる。

620はその様子をコックピット内から見つめながら、いざという時に備え、撃つ・斬る・蹴るのどれであっても先手を取って叩き込む覚悟で意識を研ぎ澄ませていく。

もう少しで、多少踏み込めば近接攻撃を当てられる距離――の手前で、ミルクトゥースは歩みを止めた。

「ハンドラー。少しだけ、ビジターとお話をさせて頂けませんか」

「……どうする、620」

「あるじ、わたしは大丈夫です。……すこしでしたら、おつきあい致します。どうぞ」

620の返答を聞き、ブルートゥは感慨たっぷりに鼻息を吸い込み、声を震わせる。

「感激だ……! まずは、ハンドラー・ウォルター、ビジター、今回のご協力に感謝を。私と部下だけでは、ここの制圧は不可能でした」

「お役に立てて、なによりです。わたしはあるじの命に従っただけ、なので、お気になさらず」

淡々と話す620だが、ブルートゥのテンションは冷めない。

「ビジター、私は貴女の可憐な声音と謙虚さ、主へのひたむきな忠に胸を打たれています……!」

「ありがとう、ございます」

ああしかし、とブルートゥは続けた。

「今回は私の技量が足りず、恥ずかしながら対等に踊れていたとは言い難いものでした。そこで、不躾なお願いなのですが」

ウォルターが眉間に皺を寄せた。

この男、まだ何かを要請してくるのかと。

「機体を降りて、生身の私と一曲踊って頂けませんか? いえ、他意はありません。エスコートも出来ずフォローされてばかりでしたので、せめて最後に、私がリードをさせて頂きたい」

620は彼の言葉を最後まで聞き届けると。

――通信のみを返した。

「もうしわけありませんが――」

一呼吸おき、620は僅かに語気を強めて。

「わたしが『リード』を握らせるのは、終生、あるじだけと決めています」

それだけ言って620が通信を切り、輸送機へと乗り込んでいく。

誇らしい猟犬の言葉に、ウォルターは無言のまま口元を緩めたのだった。


――――620を載せた輸送機が飛び立って、とうに作戦領域から見えないほどに遠ざかってから。

「ボス、猟犬に手ェ出さないで帰したんですか」

「ええ。彼女が傀儡(ごゆうじん)になって下さったとしても、同レベルが何機も敵に回るのでは……単純に釣り合いません」

「そりゃあ確かに。それとボス、下層部でデータと文書の両方が手に入りました。鑑定は帰ってからになりますが、恐らくマジネタです」

「素晴らしい……!!」

配下からの通信を受けて、感嘆したブルートゥは声と体を震わせる。

「かの『機構』と交渉のテーブルに就くことが出来たなら、私達も……大きな舞台で踊れる目が出てくる」

陶酔の表情を浮かべながら、ブルートゥは機体を操っていく。

一つを残して武装をパージ。

唯一携えたままの武器、片手のチェーンソーを稼働させる。

ややあって、唸りを挙げて凶刃が廻り始めた。

空いた手も使い、機体の両手で握ったそれをダンスパートナーとするかのように、ミルクトゥースが踊り出す。

武装パージにより幾分か軽やかになった足運びで、ぐるりぐるりと剣呑な刃を振り回しながら。

「今回は袖にされてしまいましたが……いつか彼女と、いや彼女達と、より華やかなステージで踊る日が来るかもしれません――待ち遠しいですね、ミルクトゥース……!!」

配下達が頭目の狂態に恐れをなして黙り込む中、禍々しいエンジン音を響かせて、ミルクトゥースは歓喜に舞い続けた。


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例によって、帰宅後。

二人が一息ついてから。

ウォルターが件のミッションにおける620の働きを褒めた所、620は主へ耳掃除をさせてほしいと『褒美』を求めた。

620の自室ソファ上。

「終わりました。あるじ」

「ああ、気持ちよかったぞ、620」

620は、主の感想に、満足げに表情を緩める。

浮かべた微笑みはそのままに、彼女の唇から言葉が継がれた。

「何よりです、あるじ。では――次をはじめます」

「次とはなんだ、620。……ん? こう、座ればいいのか」

「はい。あるじ。それと、少々失礼な体勢ですが、おゆるしください」

当然ながら、猟犬達の溢れる愛情は耳掃除だけで事を終わらせる筈もない。

「あるじ……はむっ、んちゅ、ああ♪ あるじの耳、おいひいでしゅ」

「620、汚いから、やめ――んっ」

ソファに腰掛けるウォルターに、向かい合って彼の両太ももへ跨る形で、彼の耳を舐める620。

なぜかウォルターの目は、アイマスク――620の私物――で塞がれていた。

「ちゅ、むちゅ――♪ あるじの耳は、さきほど私がお清めしたではありませんか」

「そう……だが」

そもそも、ウォルターと猟犬たちはこれまでの情事において耳どころか色々な箇所を舐めあっているわけで、今更もいい所ではある。

620はウォルターの肩に乗せていた手を、すぅ、と彼の耳へ。

耳たぶやヒダを揉み、なぞりながら、耳孔へ舌を差し込む。

「ぐ、ぬぅ……うっ、あっ」

聴覚もろとも犯すように舌先を出し入れされ、もう片方の手では鎖骨や首元をなぞられるウォルター。

視界が覆われた暗闇の中、彼の聴覚は平素よりも敏感さを増している。

その状況で、620の声音と舌での愛撫が脳へと浸透して。

ウォルターの荒くなっていく息と顰められる眉が、快による物だと見抜いた620は微笑んで、孔から舌を抜くとヒダへ唇を滑らせていく。

外周の耳輪を唇で食み。

「ちゅ、しゅロー、スロー……ん、ねちゅ」

耳の中央で盛り上がった上脚と下脚を舌先で擽りながら。

「クイック、クイック、ちゅ、はぁ」

リズムを聴覚へ吹き込み、指で耳を撫でて揉む。

首元をなぞっていた方の手は、ウォルターの頬へと指を這わせて、そっと頭を引き寄せる。

「すろぉ~……♡」

620の囁きが、彼女の熱く湿った吐息を纏ってウォルターへ吹き込まれる。

彼の背と首筋へ寒気のような震えが走り、一方で体は熱を帯びていく。

密着して責めている620の体もまた欲情に火照り、襟元から立ち上がった体臭がウォルターの鼻孔へ吸われていった。

触覚と聴覚と嗅覚の同時攻撃を受けて、ウォルターの『雄』は血をかき集めて準備を始めてしまう。

自身へ愛と忠誠を誓い、尽くし続けてくれる戦乙女の中へ、己を沈めていく為の用意を。

「――あっ。あるじの、固くなっています♪ 嬉しい……あるじ、私のおふとんでつづきを、し――」

彼女の要望に応えたのは、言葉ではなく行為だった。

ウォルターは片手でアイマスクを外して傍らへ置くと。

無言のまま620の腰を掴み、ぐりぃっ、と服越しに持ち上がる先端を押し付ける。

「んんぅっ! あるじ……ここで、ですか?」

「焦らされて俺も限界でな。お前が奴の誘いを切って捨てた時から、俺は――抱きたくて仕方なかった。いいか、620」

「…………っ!!」

主の求めに、感激を覚えた620は瞬間的に反応した。

見開かれて潤む目。

跳ね上がる鼓動と、紅に染まる頬。

既に体内で準備をしていた彼女の中は更に湧いて、620はその余波が及んだ下着ごと服を脱ぎ捨てる。

「どうぞ、あるじ――あっ、入っ……んうっ! きゅうぅぅぅぅぅんっ♡」

我慢の限界を迎えた主に貫かれた620が鳴いて、寝床へ移らないまま『続き』が始まったのだった。


事後、なんとも言えない顔のウォルターから、

「あの男が脳裏を過るから、少なくとも情事の場でリズムを口ずさむのは控えてほしいんだが」

と言われた620は少し残念そうな声と顔をしつつも「わかりました、あるじ」と即答。

したの、だが。

しばらくの間『家』の中で、620が例のリズムを口ずさみながら、タンゴとは程遠い我流らしき『奇妙な踊り』を楽しむ姿をウォルター達は目撃することとなる。

誰かに目撃されるたびに顔を赤らめて気まずそうに去る620に、経緯を知らない他の猟犬達が困惑する事になった。

そんな、些細な余談である。


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