【交流と影響:618の場合】

【交流と影響:618の場合】


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621を含め、ハウンズ達とウォルターは常に全員が行動を共にしているわけではない。

それはプライベートでも仕事――戦場でも同様だ。

ウォルターが事前に依頼内容を吟味し、情報網を駆使して『別々の勢力に雇われたハウンズ同士での殺し合い』という最悪の事態は避けるようにしてはいるが、

活動エリアがだぶらないのであれば、彼女たちは敵対する勢力から別々に依頼を受けて戦地へ赴く事も多々ある。

更には前述の通りプライベートに於いても個別の諸用によって都合が合わない事も然り。


その過程で彼女たちは公私どちらであっても、個々で様々な人物と関わっていく事になる。

味方、敵、どちらでもない――或いはどちらともつかない者と。

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【交流と影響:618の場合】


「隣、いいですか」

「……どうぞ……」

アーキバスからの依頼を受けてミッションを遂行してきた618は、帰りの便――輸送機の準備が整うまでの間を、ガレージ内の休憩所で潰していた。

ミッションの内容は、アーキバス所有施設と実質領土内で暴走する無人兵器の排除。

ブリーフィングでは弾薬庫内で爆発事故が発生――恐らくはその際に発生した爆発音と振動が原因で――付近のエリアで放置されていたと思しき朽ちかけた無人兵器群が起動。

混乱の中、弾薬庫の消火作業は遅々として進まないまま火災は燃え広がり、炎と煙で視界が遮られる事で救援・消火・無人兵器の排除いずれもままならず、

そこで猟犬に無人兵器の掃討作戦へ参加してくれと依頼をよこした、との事らしい。

敵の性能自体は低く脅威とは言えなかったが、現場の混乱と視界の劣悪さが凄まじく、更には無人兵器が民間の施設や廃墟エリアまで侵入した事で、日帰り不可の長期戦ミッションとなった。

炎と黒煙の中からスクラップ同然の無人MTが現れて、倒しても倒しても湧いてくる。戦闘中に入った救援要請に従いアーキバスの部隊や施設に群がるMTを蹴散らす。

いったん治まったかと思えばそこらの瓦礫や土中からゾンビのようにボロボロの無人MTが這い出てきて、それを始末した所で今度は周辺施設に無人MTが侵攻したので排除してくれと要請が入り駆けつける。

消耗が無視できないレベルに達しては一旦補給と休憩の為に後退し、終われば即座に出撃する、というのを丸一日に渡って繰り返した。

ようやく翌日の夕刻で618の任務は完了となり、あとはアーキバスだけで救援や復興などに取り掛かるとの事だった。


そうして帰りの便を休憩所で待っていると――618の腰掛けるベンチへ、一人の青年がやってきた、というわけだ。

「お疲れ様でした、ハウンドさん」

「……618と、お呼びください。猟犬の仲間達は、複数、おりますから……」

「なるほど、確かにハウンドやハウンズでは区別がつかない。失礼しました――618さん。それにしても大変でしたね、お互い」

「ええ……とても、酷い戦場でした」

618の言葉に、青年は訝しげな表情を見せる。

「酷い、とは? ススと煙で臭いし汚れる、あの無人機達も延々と出てきて面倒な任務だったとは思いますが――」

「大勢のひとが……亡くなったはずです……遺体も、そこかしこに」

「まあ、それはそうですね」

極めて淡白な反応。

618が僅かに眉を顰めて問う。

「……あなたは、人の……同じグループの死に、なんとも思わない、のですか……?」

「残念だとは思いますが、特にそれ以上は。同じアーキバスとは言え見ず知らずの人間なら、実質他人だ」

それに、と青年は続ける。

「ましてや同じ陣営ですらない他人なら、なおさらその死に感傷を抱いてなどいられない、そうでなければ、あなたも私も――殺しを生業にはできないでしょう」

「……そう、ですが……」

沈黙。

静寂。

休憩所の外から響く機器の駆動音と作業音、整備員達の声。

しばらくの間を於いて、はた、と気づいた618が尋ねた。

「あの……もしかしてあなたは、ヴェスパー部隊のペイター様、ですか……?」

「ええ、はい。名乗っていないのによくわかりましたね。――ああ、レイヴンさんから聞いていたのかな」

618はこくりと小さく首肯して。

「外見まではうかがっておりませんでしたが……その……とても率直な方だ、と……」

「デリカシーがないだのドライだのとは、よく言われますね」

「いえ……そこまでは……」

「私も気をつけてはいるつもりですが、つい思った事が口から出てしまう。おかげでヴェスパー部隊になる所までは到達できましたが、協調性やコミュニケーションの面で評価が低いのか、そこからなかなか上がれずに居るんですよ」

ふぅ、とペイターがため息をつく。

やや間があって。

「その、上がるというのは、ナンバーのこと、でしょうか……?」

「そうです。基本はナンバーが若いほど上位。私は残念ながら末席のV.VIIIです。実力は上のメンツに劣っていると思えないんですが――ね」

悩ましそうに、天井を見上げるペイター。

「なるほど……」

618は相槌を打って少し考え込んだ後。

「ナンバーがあがる状況……というのは……?」

「まあ、シンプルに大手柄を上げるのが王道でしょうね。あとは――上位が脱落するか」

「その……脱落というのはやはり……」

と、その声をペイターは遮って。

立ち上がり、備え付けの販売機から飲料水のボトルを2本購入して、1本を618へ差し出した。

「いえ、あの……」と618が固辞しようとした所で、ペイターは微笑んで言葉を割り込ませる。

「私の愚痴を聞いてくれているお礼です。あるいは口止めの賄賂と言ったほうが正しいかもしれませんね」

618はきょとんとした表情から、少しだけ表情を柔らかくした。

「……では、頂きます……わたしも共犯……ですね?」

「ふふっ、そうですね」

二人でボトルを開け、少し飲む。

喉を潤したペイターが一息吐いて、休憩所のサッシへ目をやる。

周辺に人が居ない事を警戒・確認してから、彼は話を続けた。

先程言いかけた部分で、618が触れた『脱落』の意味。

「ストレートに言えば、クビになるか戦死するかです。上位がそうなればナンバーが空く。空席を放置する理由がないなら、必然直下のメンバーが空いた席次を継ぐことになります」

「……ペイターさまは、それをお望み、なのですか……?」

問われたペイターは眉間に皺を寄せて、首を捻る。

「ううむ。それは難しい所ですね。当然私には出世欲がありますが、良くしてくれる先輩達に凶事が起きてほしくないという気持ちもある」

そう述べたペイターは。

しかし、あ、と思い出したように続ける。

「一人ムカつく人は居ますね」

「それは……?」

「具体的な名前は出しませんが、もうなんというか、常にイライラしててねちねちしている奴です。能力は確かに凄い方でそこは尊敬できるんですけど、まあムカつきます」

「イライラで……ねちねちですか」

「そう、常にこんな感じで、周りもピリピリしてこんな風になります」

こんな、の所で思い切りペイターは眉間に皺を寄せてみせる。

思わず618も少し笑ってしまった。

「……ふふ、それは確かに……嫌ですね」

「私も空気が読めずに雰囲気を悪くしてしまう事はあるのですが、あの人は常時なので。困った方です」

もう一口、ごくりとボトルの中身を飲んでペイターは続ける。

「――はあ。 何かの間違いであの人が消えて私がV.Ⅱになれたら――V.Ⅱペイター。ヴェスパーの実質支配者――素晴らしい響きだ」

もうナンバーを口にしている時点で人物名を出しているも同然である。

が、618はそこで不思議そうな顔をした。

「ひびき、ですか……それは、呼称とはそんなに重要な、ものなのでしょうか……」

と問う彼女に、ペイターは当然と言わんばかりの態度で返す。

「もちろん。実質的な権力を持つだけではなく、他人から役職や称号と言った明確な記号で認められる、というのは、恐らく万人にとって心地よいものですから」

ちら、とペイターは618を見やって。

「あなたたちハウンズも、主人に特別な呼び名で認められるのは嬉しいのでは?」

「……それは、確かに……!」

まるで理解できなかった感性や欲求が、とてもわかりやすい形で自身に通じてきたというショック。

予想もしない所からの跳弾が命中したような衝撃に、618ははたと――ではなくポフッと控えめに膝を打った。

「でしょう? ――そう言えば618さんは、他の呼び方は無いのですか?」

618は少し考え込んで。

「……特には……だんなさまがわたしをお呼びになるときは、618、ですね……」

「ふむ」

そこでペイターはボトルに口を付け、喉を潤す。

視線を巡らせて、とんとんと自身の膝を指で叩き。

「何か、そうですね――618さんが仲間の皆さんと比較して抜きん出ている点や、任されている役割はありますか?」

「……戦場での、という事でしょうか」

「戦場でも、プライベートでも」

と聞かれた621は即答する。

「……家事と、だんなさまへの愛、ですね……」

「――なるほど。でしたら」

ペイターの唇が弧を描き、得意げな表情を作った。


「だんなさまの専属メイド、618――こういった称号は、いかがですか」


その言葉を聞いて、618は、ほぅ、と息を吐いた。

これまで大きなアクションをしていなかった所から、突然ペイターの両手を自身の手で包むと。

「ペイターさま……『だんなさまの専属メイド・618』は素晴らしい響きです……!!」

目を輝かせる618。

そんな彼女にペイターもまた会心の笑みで応える。

「わかっていただけましたか、称号の素晴らしさを」

「ええ……とても……!!」

――――そうして意気投合した二人は。

「もしアーキバス上層部が壊滅して私がトップへ指名されればアーキバス社CEO:ペイター、良い響きだと思いませんか?」

「……もし、すべてのグループ構成員が滅びたとしてペイターさまがのこったら……?」

「それは――――アーキバス社内最後の男“ラストマン”ペイター!? なんて……背徳的だが、至高の響きだ」

「……さらに、そうなればアーキバスではなく……もはやペイター社のペイターさまとよぶべきかもしれません……」

「そ、そんな――」

息を呑むペイター。

自身以外の全てが消えて、天上天下唯ペイター独在。

「ペイター中のペイター、それでは“ペイター・オブ・ペイター”ペイターじゃないか……!! ううっ、究極の響きだが“ラストマン”も捨てがたい!!」

「つまり……至高と究極のどちらをえらぶか、ですね……」

「こんな贅沢が許されて良いのか――悩ましい!」

こうして二人は大いに盛り上がった談笑を楽しみ、されど楽しい時は速く過ぎる。

やがて輸送機の離陸準備が整い、自機の積み込みもとうに終わって。

「……とてもたのしくお話ができました、ありがとうございます」

「こちらこそ、非常に有意義な時間でした」

二人は固い握手を交わす。

「……お元気で、ラストマン・ペイター・オブ・ペイターさま……」

「そちらこそ、息災を。だんなさまの専属メイド・618さん」

輸送機のエンジン音でこの奇怪なやり取りが周囲へ聞こえなかったのは、実に幸いと言えただろう。


帰宅した618は早速その日の晩、ウォルターとの情事の際に。

「……だんなさまの専属メイド、618とお呼び下さい……♡」

「何があった、618」

「えんりょなさらず……だんなさまのどんな淫靡な要求にも、専属メイドの618はおこたえいたします、さあ……♡」

と服従のポーズを取って、主を少し困惑させたのだった。


――さて、その後のペイターはと言えば。

「ペイター君、なんだか最近機嫌がいいじゃないか」

「そうですか?」

「任務の時も迂闊な行動を取らなくなった、何かあったのかい?」

戦果を挙げようと逸った動きが目に見えて減り、周囲からの評価も多少上がっていた。

「いいえ、特には。ただ――何があっても『最後に生き残れば勝ち』で焦る必要はない、とヒントをもらったから、でしょうか」


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