交差点・1
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「はぁ~!?!?」
超人らしからぬぽかんと開いてしまった口から、そんな素っ頓狂な声を私は目の前の少女に向かってあげていた。
「もう一度お願いします!!アリスの勇者パーティに入ってください!!」
「いやですけど!?本気で言ってるんですかこのお子様は!?あなた私を殴り飛ばしたんですよ!?」
私が胸に超人的計画を秘め、シャーレに別れを告げんとしたその時に、私は目の前の少女に派手に殴り飛ばされて、文字通りシャーレに叩き返された。
で、それから数刻後痛む脇腹を抑えながら起き上がれば、そこはシャーレに誂えられた保健室で、ベッドの横に先ほど自分を大砲のようなもので吹き飛ばした少女が心配なような申し訳ないような顔でこちらを見ていたのである。
で、彼女が私にかけた第一声がこうであった。
『さっきはごめんなさい…リオから渡されていたエネミー一覧の一人とエンカウントしたと思って殴ってしまいました…。』
『そして、カヤにお願いがあります…私の…アリスの勇者パーティに入ってください!!』
そして私は超人に相応しくない声をあげたのである。
いやだってそうだろう。私はそういうゲームは退屈だと思っているが概念ぐらいは理解できる。
この私…この超人である私を初手で敵だと思っていた少女が、私を仲間に誘う…同行してくれといきなり言い出したのだ。凡人でも断るだろう。
「先生に聞きました!カヤは元・防衛室長で、頭がいいんですよね!今のキヴォトスを癒していくには必要な仲間だと思います!」
「…まあ超人足るだけの頭脳や人材を割り振る能力は当然あります。ですが、それがあなたに協力する理由にはなりません。」
「今回のアリスは勇者ですが、ヒーラー型のビルドなんです。…アタッカーも、タンクも…そしてバッファーもまだいません…まだ一人なのです。」
「そんな寂しそうな顔をしても私はなびきません。私以外の人を誘いなさい。それこそ先生に頼めば頼れる『お仲間』を紹介してくれるのではないですか?」
「…で、でも!アリスはカヤがいいのです!」
「…なぜですか?」
そこまで言われると流石に私も気になってきてしまう。彼女がこの元連邦生徒会防衛室長にして元連邦生徒会会長代理である私のことを知っていてもおかしくはない。だが、彼女がこちらに頼んでくる目つきは、かつての威光にすがろうとしているような弱者の目線でもなければ、私を値踏みしその利用価値にしか興味のない強者の者でもない。
ただただ純粋に、私を信頼できると思っている愚か者の目だ。関わりすらなかったのに、なぜここまでのラブコールを送られているのだ?
「…カヤは、あの砂糖のことを何も知らないですよね。」
「話には聞いていますよ?実に悪どくて、タチの悪いドラッグです。ですから、先生やあなたや各校が動いているのでしょう?さっさと摘発でも廃校でもすればいいのではないでしょうか。」
「違います!…そうじゃなくて…あの砂糖は、それだけじゃないんです!!」
このアリスという少女は、とても、とても表情が顔に出やすい。腹の内など探る必要がないほどに。だから、強い声ではっきりとそう叫んだ彼女の悲痛な顔を見れば、わかってしまう。ああ、この子の身内が、砂糖の被害にあったのだろうな、と。
「…先生とのお話やリオから渡されたマル秘エネミーリストのテキストから、カヤが囚人なこと、いろんな悪いことをしたことは知りました。」
「え?」
だから、思いもよらないその言葉に虚をつかれた。
嘘でしょ?この子そこまで知ってる?
…その上で、あんな顔で私を仲間に誘ったんですか?
「カヤのしたことはRPGのボスにすらならない背景の悪役でした。誰かを利用して、のしあがって、でも、主人公達の活躍であっさり失脚しました。」
「……ッ!まさか私を憐れんでいるんですか!?」
「違います!」
あまりにもな言い方に思わずカッとなってまた叫びそうになるが、彼女はただ先程と変わらぬ真っ直ぐな瞳でこちらを見ている。
嘘ではない。彼女が私に向けている感情は憐憫ではない。
「アリスは勇者なので、たくさんの人を助けたいです。」
「こうして出合ってしまったなら…このままだと何も知らないまま一人になってしまうカヤも、アリスは助けたいんです。」
「背景の悪役にだって、ジョブチェンジする機会があってもいいはずなんです!!」
これは期待だ。この愚かな少女は、私に期待しているのだ。
なんと傲慢で愚かなのだろう。キラキラとした目でこちらを見ちゃってまあ。
人がそう簡単に変われるわけないでしょう。
ただ、そんな彼女の様子に少し頭が冷えて、私は考える。
今、この子についていったらどんなメリットがあるだろうか。
(この子の先程だした『リオ』という名…現在は行方不明という話のミレニアムのリオ生徒会長のことではないでしょうか。真っ先にここにきたと言っていたあたり、先生とも懇意の間柄のようです。)
(つまり、彼女の行動はおそらくシャーレとミレニアム双方に保証された強固なものになっているのではないでしょうか。)
(彼女の味方として振る舞うのは、今の弱い立場よりもよっぽどメリットが多いと言えますね。)
(そう、立場!超人が再び返り咲くにはそれなりの功績が必要なのです。ならばえたいの知れないカルテルなどより、こちらの方が出し抜きやすいのではないでしょうか?)
(あの生徒に甘く理想ばかりかかげる先生と、このアホそうな子を誤魔化しつつ、人や資金をこっそり集めるなど、超人の手腕をもってすれば余裕のはずですし…)
(『帰ってきた超人』計画のためには、多少の苦汁は飲まなくてはならない、ということですか…)
そうだ。これはどんなに腹立たしくとも私の前に垂れ下がった好機には違いないのだ。掴んで利用しない手はないのである。
「あ…すいません、カヤ。言い過ぎました…その、また勧誘イベントに来ます…」
私が少し黙ってじっと考えこんでいると、アリスはしゅんとした表情になってこちらに背を向けてでていこうとしている。
ダメだ、ここを逃す手はない。まだ、コーヒーを味わうには仕事が山積みなのだ、一刻も早く取り掛かる必要がある。
だから思わず、去ろうとする彼女の腕を掴んでしまった。
「待ちなさい。」
「!?」
掴まれたことに一瞬びっくりしたアリスの顔がほんの少しの期待に滲んでいる。ここは超人として彼女の欲しい言葉をかけてあげることにしよう。
「私も、ついていきますよ。アリスちゃん。」
「カヤ!パーティに入ってくれるのですか!」
「…ええ。ここまで熱烈に呼ばれてしまっては根負けです。この超人足る私を助けてくれるのでしょう?期待していますよ。」
ええ、期待していますよアリスさん。あなたが子供っぽい理想ばかり信じているおまぬけさんであることを。
「テレテレテーン!カヤ が 仲間にくわわった!!やりました!早速仲間を増やすのに成功しました!まずはカヤのジョブを確認です!」
「ジョブ?…仕事ですか?超人として連邦生徒会の防衛室長と生徒会長代理など務めていましたよ。」
「元!ですね!」
「…え、ええまあ。ですが務めていたことは事実です。」
落ち着け。落ち着くのだ私。
効果音と共に掴んでいた腕を馬鹿力で一気にあげられて少し痛いことや、一々妙に神経を逆なでしてくる悪気は無い発言程度、超人ならば気にしないことなど造作もない。
「では…カヤの現在のジョブは……囚人?」
「お断りです。やっぱりパーティ入りはなかったことにします。」
「え~!?事実ですよ!」
「囚人は!この超人の役割を示す単語が囚人はないでしょう!?私はその手のゲームに詳しくはないですが、もっと適切なものがあるはずでは!?」
「カヤはあまりゲームをしたことがないのですね。今度おススメのゲームをカヤにもプレゼントします!…でも、囚人がイヤなら…う~ん……」
落ち着け落ち着くのだ私。私は超人だ。こんなアホそうな子の言う事を一々真に受けてどうする。確かに囚人という身分には忸怩たる思いではあるが、事実には違いないのだ。大きく深呼吸をして受け入れるのだ。むしろ囚人から成り上がるなど、実に超人的ではないか。
「あ!ありました!今のカヤにぴったりなジョブが!!」
「……なんですか?」
妙に嫌な予感がする。
「遊び人です!!!!!」
…(吸っていた息が止まる)
…(わなわなとしながら息を吐く)
……………。(三秒ほどの沈黙。アリスはきょとんとした目でカヤを見ている。)
「アリスちゃん!!!あなた私にパーティ入りして欲しいんですよね!?!?先ほどから言わせておけばっ!超人の超人たる所以を教えてあげますっっ!!」
「うわ~ん!事実を言っているだけなのにカヤがキレました!早くもパーティ崩壊の危機です!!」
「ん、いい加減うるさい。保健室では静かに。」
「え、あれ?ちょっとあのドローンはなんです?…ひゃあっ!!ちょっと!うるさかったからってホントに撃つ人がありますか!?でていきますから少しは手加減…する気ないですね…銃をベッドの脇から出してますね…!」
「パーティとして初戦闘ですよカヤ!頑張りましょう!」
「なんでこんなことで戦わないといけないんですか~!?」
この後、保健室を滅茶苦茶にしたことに三人揃って先生からお叱りを受けました。…おかしいです。この超人のシャーレからの旅立ちはこんなことではなかったはず…なんでこんなことになったのでしょう…?