亡国の賢者(愚者)
残暑が残る季節だと言うのに見渡す限りの白一色に染まった都市。
いや、廃都と呼ぶべきだろうか。
自らが嘗て統治し、内紛の末に出奔したミレニアム自治区の防塵マスク越しに映る姿は記憶と全く合致しない。
「誰か…」
調月リオは静観していた。
『砂漠の砂糖』なるものがキヴォトスに蔓延し、その被害がミレニアムにまで波及している事を知りながら。
キヴォトスに終焉を齎す厄災への対策以上に、優先すべき事など無いと。
「誰か…!」
調月リオは信じていた。
自分には無い人柄の良さと面倒みの良さで学内での信頼も厚い会計のユウカ。
その才覚から常に自分のペースで物事を進められる余裕を持ち、冷静に理を持って相手を説き伏せる事にも長けた書記のノア。
信頼する2人であればヴェリタスやエンジニア部と言ったその道のプロ達と支え合い、
果てはあの大問題児のコユキすら使いこなして1つの国家とも言えるミレニアム自治区を上手く、いや、自分以上に良く運営してくれるだろうと。
「お願い…!!」
その結果が、これだ。
「誰でも良いから返事をして…!!!」
調月リオの目には文明の光が一切映らない。
映るのは星明かりに照らされ、キラキラと反射光を返す自治区を覆い尽くす白。
その白に埋まりきらない、他の自治区と比較すると近未来的建築物"だった"瓦礫の山。
そして、いつかの自分も羽織っていたミレニアムの制服を纏う肉塊の数々。
調月リオは自らの罪を自覚する。
盲目的に来るべき厄災にのみ目を向け、人の悪意によって齎される惨劇を座視していた事を。
自分はこの場所の長であるにも関わらず、長としての役割を放棄した事を。
自らの行いが最も正しいという傲慢。
『信頼』などという綺麗な言葉で自らを納得させ、後輩に責任を押し付け逃げた怠惰。
そして、今どうするべきか分からない無知。
それら全てが胸を締め付け、呼吸を妨げる。
ようやく辿り着いたミレニアムタワー。
他の瓦礫同様に倒壊しており、ふと足元を見遣ると赤褐色に塗れたホワイトブリムが薄汚れた姿を晒している。
直視する事が堪らなく恐ろしい。
そのホワイトブリムが誰のものだったのかを知る事が。
その誰かの今を見る事が。
瓦礫の中から自分の書斎だった場所を探し当てる。
本棚やサーバーマシンといったものは倒れてその中身をぶちまけているが、
居心地の良かった机と椅子は不自然な程在りし日のままの姿をしていた。
まるで今の自分の様だとも感じる。
この後に及んで一度冷静さを取り戻そうと、椅子を引き腰掛ける。
すると目の前から何かが転がる音がした。
「誰かいるの!?」
反射的に立ち上がり、歩を進める。
しかして足音は1つだけ。
音の発生源を目で追うとそこには1本のペンがある。
何処から転がってきたのか?
自分の机の方からしかあるまい。
椅子を引いた弾みに何処からか落ちたのだろう。
そう思い踵を返した瞬間、見てしまった。
「───」
座して寄り添うように机にもたれかかる、ピクリとも動かない
セミナーの認証カードキーを下げた三つの肉塊を。
「ぁ、あ、ぁ。」
白髪を風に靡かせる肉塊の、人で言う膝上には手記が遺されていた。
震える手でそれを拾い上げ、最後のページを開く。
そこには蚯蚓がのたくった様な字があった。
ノアはこんな字を書かない。もっと綺麗な字だった。
血と涙と思われる液体で滲んだページにはこう書かれていた。
『カイチ オウ コ'メレナ サイ』